Special Feature
新型コロナ禍ですべてが変わったPC市場の現在と未来
2021/07/29 09:00
週刊BCN 2021年07月26日vol.1884掲載
topic3 新たな活用シーンやサービスに商機を見出す
立ち上がるエッジ端末市場既存のビジネスだけでなく、時流に沿った新たな取り組みも盛んになってきた。働き方改革やデジタルトランスフォーメーション(DX)の波を受け、製造現場や設備保守といった場面に向けてもPCの新たなビジネスを加速させる動きが出ている。エッジコンピューティングのブランド「dynaEdge」を展開するDynabookでは、ここ1年ほどでニーズが大きく高まっているという。
同社国内マーケティング&ソリューション本部長・建設業担当の柏田真吾・執行役員は「従来のPCだけでは切り込んでいけなかった業種、業界からの引き合いが増えており、さらに強化していきたい」と述べ、デバイスについて、リモート業務に特化した後継機を検討しているとした。同じシャープグループであり、1月にDynabook子会社となったAIoTクラウドと連携してAI技術も盛り込み、各種現場のDXを支援する仕組みづくりにも力を入れる考えだ。
レノボ・ジャパンは7月6日に、エッジコンピューティング用デバイスブランド「ThinkEdge」を立ち上げた。合わせて新製品2機種を投入し、高性能端末として市場に訴求していく。
安田副社長は「(エッジコンピューティングは)新しいオポチュニティだと思っている。今までは産業分野専用の高価な製品が多かった。レノボがやれば汎用的な(部材やアーキテクチャーを用いる)ものにできる。それが大きい」とアピールする。
テレワーク促進によって関心が高まっているセキュリティに商機を見出しているのは日本HPだ。HPは従来からPCに独自開発したセキュリティチップを組み込むなど、ハードウェアベースのセキュリティ技術に強みを持つ。ユーザーの関心が高まった今だからこそ「評価してもらえるタイミング」(九嶋専務)であるとし、プロモーションの強化を図る方針を示す。
デル・テクノロジーズはサステナビリティの取り組みで差別化を図る。30年までの目標として「販売した製品と同等量の製品を再利用・リサイクルする」「梱包材の100%をリサイクル素材または再生可能な素材から作成する」「製品内容の半分以上が、リサイクルまたは再利用可能な材料で作る」を掲げている。
サービスが新たな収益源に
また、各社とも力を入れているのが、出荷時点でユーザー企業の要求に応じた設定を施すキッティングサービスや、PCの調達から導入、運用、ヘルプデスク、廃棄時のデータ消去まで、PCのライフサイクル全般を支援するLCMサービスだ。
テレワークの拡大により、PCを社外で使用する時間が増えている。IT管理者は従業員からの問い合わせに遠隔で対応する必要があるほか、業務用PCの従業員自宅への発送、故障時の交換など、PCが社内にあったときと比較すると運用の手間は大きく増大している。このため、メーカーが提供する運用支援サービスの需要も高まっているという。
このようなサービスは顧客満足度の向上につながっているだけでなく、売り上げのアップにも寄与していることから、各社ともさらにサービスメニューを拡充し、対応可能なシーンの幅を広げていく姿勢を示している。
グーグルの動向、鍵握る
今後の国内PC市場を占う上で鍵を握るのはグーグルの動向だ。GIGAスクール構想におけるChromebookの大量採用によって、グーグルのPC市場での存在感は日に日に高まっている。文教市場で一定のプレゼンスを確保したことで、次は一般法人向け市場への浸透を目指しているとされる。あるメーカーによると、グーグルがハイタッチ営業を積極的に繰り広げており、企業側からは「製品を見たい」との声掛けや、実機検証に向けた相談が増えているという。現在はChromebookを取り扱っていないメーカーも興味を寄せる。法人向けではGIGAスクールで展開したラインアップよりも性能が高い機種が求められることは十分に考えられ、新たな商機も見込まれる。グーグルが国内市場でどのような手を打つか。各メーカーは熱い視線を送っている。
epilogue
需要と供給、両面で激変 転換期迎えるPC市場
PCはコモディティ市場と言われることが少なくない。CPUをはじめとする主要部材は標準化された汎用パーツであり、各メーカー共通。エンドユーザーに訴求する主な差別化要素は価格である――といった見方だ。本当にPCはコモディティ化しているのか。この問いに対するメーカー各社の答えを一言でまとめれば「YesでもありNoでもある」だった。確かにGIGAスクール構想で主力となったエントリークラスの製品は価格と量が物を言う世界であり、コモディティであることを否定することは難しい。デスクに据え置く大型ノートPCも、コストパフォーマンスを売りにしたコモディティ的な機種が少なくない。一方、テレワーク需要で高機能モバイルへの関心が高まったことを踏まえれば、付加価値を有する機種へのニーズは確実に存在する。進化するテクノロジーをキャッチアップし、新しい需要に応えていくことは、当たり前だが、コモディティ化に抗うために必要不可欠だ。
「今のPCが100点じゃない。ニーズにあった製品づくり、販売はまだまだなくならない」(VAIOの宮本執行役員)。「無駄なものを組み込む必要はないが、世の中のニーズにあったものをサポートしていく。もっとPCは使いやすくなる」(レノボ・ジャパンの安田副社長)。法人、個人を問わず、コロナ禍はデバイスの性能に価値を見出し、対価を認める流れを生み出した。ユーザーのニーズに真摯に耳を傾け、その流れを維持できれば、市場が広がる可能性もある。「顧客に与えるエクスペリエンスを訴求していく」(パナソニックの三宅氏)ことは各社が追求すべきテーマになるはずだ。
20年1月時点で、Microsoft TeamsやZoomなどのコラボレーションツールがここまで利用されることを予想した人がどれだけいただろうか。「ITそのもののあり方が大きく変わっている」(日本HPの九嶋専務)とは各メーカーが共有する見解だろう。コロナ禍を契機にユーザーがさらに成熟し、PCで実現したいことが多様化している。その要望をくみ取り、適切な製品を提案できれば、たとえ高価格な製品でも受け入れられる土壌は育ってきた。この好機を生かせるかは、販売パートナーの腕の見せ所でもある。
新たな分野の開拓も急務となっている。Dynabookの柏田執行役員は「まだまだ提案できていない市場ニーズはある。オフィス以外に、文教系や(製造、建設などの)現場、ヘルスケア・医療など、アプローチしきれていない市場がある」と語る。エッジコンピューティングのように従来のPCにはとどまらない領域への挑戦や、ソリューション・サービスと合わせたパッケージングビジネスも付加価値を高めることにつながる。
タブレット端末が普及し始めたころ、「PCはなくなる」「キーボードはいらなくなる」と言われていた。しかし、リモートワークや巣ごもりをきっかけに、PCの利点に気付いたユーザーは増え、スマートフォンやタブレット端末からの回帰もみられる。「PCはほかのものに置き換わることはない」(デル・テクノロジーズの三井本部長)との言葉も、今は力強い響きがある。他のデバイスでは代用できない価値を示し続けることも重要になってくる。
喫緊の課題は半導体不足による供給の遅れだ。市場のデマンドは十分あるにもかかわらず、サプライが追い付いていない状態は、メーカーにも販売パートナーにも悩ましい事態だろう。各社の地力が試される局面は今後も続く。
需要と供給、どちらの面でも大きな環激変化に見舞われている国内PC市場。この先数年は、さらなる未来の方向性に影響を与える転換期になりそうだ。

「想定外」。2020年から現在に至るPC市場をめぐる環境を一言でまとめるとこう表現できるだろう。当初見込まれていたWindows 7の更新需要による反動は、新型コロナウイルス感染拡大がもたらした新たな需要でかき消され、PCの使い方そのものが大きく変わりつつある。一方、世界的な半導体不足が供給体制に与える影響は色濃く影を落とし、市場全体には不透明さも漂う。週刊BCNはこの秋、創刊40周年を迎える。40周年記念特集の第1弾では、本紙が長年見つめてきたITビジネスの「1丁目1番地」とも言えるPC市場について、現在と未来を占う。
(取材・文/藤岡 堯 編集/日高 彰)
話は19年にさかのぼる。この年は「Windows 7」の延長サポート終了前の買い替えや消費増税前の駆け込み需要が発生し、PC市場は過去最大規模となる出荷数を記録。20年はその反動減が見込まれていた。しかし、ふたを開ければ、結果はそれとは真逆となった。MM総研の調査によると20年の国内PC出荷台数は1591万台(前年比1.3%増)で、1995年の調査開始以来最高だった19年を上回り、過去最高を更新した。
topic1 GIGAスクールとテレワークが牽引した20年度
台数増に寄与も価格競争は厳しく予想に反する台数増の要因は、コロナ禍による市場の激変だ。小中学校において児童生徒1人あたり1台ずつのPCを整備する文部科学省の「GIGAスクール構想」はコロナ禍を受け、当初計画より前倒しで展開され、教育用の端末が大きく伸びた。加えて、外出自粛を受けたテレワークの急速な拡大も追い風となった。GIGAスクールとテレワーク、性格の異なる二つの需要に対し、メーカー各社はさまざまな戦略を繰り広げた。
レノボ・ジャパンは20年、国内PC市場でトップに立った。好調の背景はGIGAスクール市場での飛躍にある。同社の安田稔・執行役員副社長は「GIGAスクールの貢献は大きかった。ゲームチェンジのきっかけになった」と強調する。
国内生産をはじめとする供給面での改善の積み重ねが奏功したほか、パートナーとの協業によるソリューション提供が後押しとなったとし、「(文教市場向けの)管理ツールやコンテンツを持っているパートナーは教育委員会へのパイプも太い。戦略がうまくはまった」(安田副社長)と胸を張る。
一方で、政府が端末1台当たりの補助上限を4万5000円に定めたことが結果的に価格競争を加速させた面もある。
あるメーカーは「(GIGAスクールは)価格競争に陥った部分があり、体力を削るビジネスになってしまった」と指摘し、別の関係者からは、利幅が小さいことから地場のパートナーにしわ寄せが及んだとの声も漏れる。
各メーカーにとっては明暗が分かれる結果となったが、PC市場全体にとっては子どもたちに広くPCがいきわたったことを評価する向きは多い。日本HPでパーソナルシステムズ事業統括を務める九嶋俊一・専務執行役員は「(GIGAスクール向け製品のスペックは)予算の中で“better than nothing”というものだが、読み書きレベルのようなものであり、登竜門としてはいい。デジタル後進国の日本において、限られた予算の中で正しい選択だったのではないか」と話す。デル・テクノロジーズ クライアント・ソリューションズ統括本部ビジネス・ディベロップメント事業部の飯塚祐一氏も「ITの民主化の基礎に取り組んだことは素晴らしい。現在のPC市場のように成熟していくためには、継続的な製品の供給が重要」とし、文教市場の成長に期待を寄せつつ、学校のIT化を一過性のもので終わらせず、持続可能なビジネスとなるよう中長期的な視野をもって取り組む必要性を強調する。
21年度は高校向けGIGAスクールも控えるが、高校向けの補助は低所得者層の購入に限られることから、各メーカーとも小中学校向けほどのインパクトはないとの見方だ。ただ、生徒が個人所有の端末を持ち込むBYOD(Bring Your Own Device)や、教育委員会や学校側が機種を推奨し、個人で購入するBYAD(Bring Your Assigned Device)の動向に注目するメーカーは多い。DynabookはBYODをターゲットにしたWeb販売の仕組みを強化していく考えを示す。同社の荻野孝広・国内マーケティング&ソリューション本部副本部長は「学校からも要望を受けている。高校向けのGIGAスクールをしっかり取り込んでいく」と力を込める。
企業が性能不足に気付き始めた
GIGAスクールと並んで市場をけん引したのがテレワーク需要だ。テレワークの広がりを受け、ノートPCを中心にニーズが高まった。とりわけモバイルノートへの関心は高く、電子情報技術産業協会(JEITA)の統計によると、20年度(20年4月~21年3月)の国内出荷台数は前年のおよそ3.4倍、出荷金額で6割増となった。これはGIGAスクールの影響も当然大きいが、廉価なエントリー機種が中心であるにもかかわらず、金額が6割増となったところをみると、ある程度は高価格帯も伸びたと推測できる。持ち運ぶための軽さはもちろん、オンラインでビデオ会議をしながら業務ソフトを動かすなど、テレワークを円滑に行うにはある程度スペックの高さが求められるため、高機能モバイルを選ぶ動きがみられた。
ここで存在感を示すのが、高機能モバイルを主戦場とするパナソニックとVAIOだ。パナソニックコネクティッドソリューションズ社モバイルソリューションズ事業部で東アジア営業を統括する三宅貴彰氏は「PCの使い方が(コロナ前の)3年前からがらっと変わった。高機能モバイルを一つのポジションとしているわれわれには追い風となっている」と手応えを示す。VAIOで法人営業本部の本部長を務める宮本琢也・執行役員も「会社のデスクにあるエントリークラスのA4ノートを持ち帰らせて、カメラを買わせて、オンライン会議をしてとなると、(使用までのプロセスが煩雑で)使い物にならないのがわかった1年だったと思う。この機にしっかりとしたデバイスを購入したい顧客が増えているようだ」と分析する。
また、内蔵カメラはもちろん、マイクやスピーカーなど、これまではあまり着目されていなかった機能もチェックされているという。加えて、画面サイズではこれまでモバイルノートの主流だった12~13インチに加えて、14インチの機種が新たな商機を生むとにらむメーカーが多い。コロナ収束後にはオフィス勤務とリモートワークの使い分けが進むとみられ、持ち帰りしやすく、ある程度大きい画面で作業ができる点にニーズがあるとする。
2社以外のメーカーでもテレワークを機にPCの使い方が大きく変わったとみるメーカーは多い。日本HPの九嶋専務は「数年前には『PCがいらなくなる』と言われていたが、コロナを経験したことで、PCが必要不可欠となった。PCがより深く使われるようになっている」と話す。
市場全体で見ると、徐々に高機能・高付加価値製品の販売が増えるとの予想も広がっている。パナソニックの三宅氏は「これまで遠くにいたものが交わってきたと感じられる」と述べ、高価格帯市場に他メーカーも興味を示していることを示唆した。
調達側の反応も変わってきている。実際、企業の調達部門が示す要件定義において、求められるスペックが上がってきたとするメーカーもあった。さらに、これまではカタログスペックやコスト面のみで選定するケースも少なくなかったが、実際にメーカー担当者からの説明や、実機の試用を要望する顧客が増えているそうだ。「説明して、費用対効果を考えてもらえれば、課題を抱えている顧客には評価してもらえる」(VAIOの宮本執行役員)。丁寧に説明を重ねることで、高価格帯の製品でも導入につなげられる。そんな実感がメーカー側にも広がっているようだ。
コロナ禍は運用や保守、廃棄に至るまでのライフサイクルマネジメント(LCM)、キッティング支援など関連するソリューションへのニーズも広げた。リモートワークの増加で、顧客企業のIT部門や情報システム部門の負荷が高まる中、故障対応やトラブルへのサポート体制も付加価値となってくるだろう。
この記事の続き >>
- 半導体不足でブレーキも市場ニーズは底堅く テレワーク需要、継続の兆し
- 新たな活用シーンやサービスに商機を見出す 立ち上がるエッジ端末市場 LCMサービスが新たな収益源に
- グーグルの動向、鍵握る 高まるグーグルのPC市場での存在感
- 需要と供給、両面で激変 転換期迎えるPC市場
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