家電量販大手のビックカメラが、デジタルによる企業変革を加速させている。6月にはその意思表示となる「DX宣言」を公表。米Salesforce(セールスフォース)や米Amazon Web Services(アマゾン ウェブ サービス/AWS)などのソリューションによる基幹システムのクラウドリフト、CRM基盤の構築などを進める方針を掲げた。さらにはIT子会社を設立し、システム開発を内製化する体制も整える考えも示す。業界2位の売上規模を有する同社だが、DXの陣頭指揮を執る野原昌崇・執行役員デジタル戦略部長は「私たちはマーケットで一番、変革圧力に晒されている」と危機感を隠さない。「顧客中心」を掲げ、企業像を抜本的に変える挑戦の先に何を目指すのか(文中の発言はすべて野原部長)。
(取材・文/藤岡 堯)
他社に「取り残された」
同社が改革に乗り出した背景には他社に「取り残された」状況がある。2015年と20年の市場を比較すると、マーケット全体は横ばい傾向にある中で、ビックカメラは傘下のコジマを合わせて売上規模で業界2位の位置は変わらないものの、競合と比べ営業利益が伸び悩んでいる。売上高は確保している一方、成長にはつながっていない、ともいえる。
野原昌崇 執行役員
この現状を打破するための試みがデジタルによる変革となる。そのキーワードに据えるのは「顧客中心」の考え方だ。
家電小売は、単価の高い製品を取り扱う特性上、顧客マーケティングが効きにくい傾向にあるという。納得できる買い物をするために、顧客の大半は販売員による説明を経て購入に至る。その点で、出店などのマーケティング戦略にミスがあっても「『最後は俺が売ればいいんだろう』という発想になる」。
目の前の顧客のニーズに適切に対応できていれば売り上げはつかめるものの、関係性は散発的なものにとどまる。しかし、マーケットは大幅な拡大が見込めず、顧客接点が多様化する中で、刹那的な関係だけで成長を続けていくのは困難である。さらに、買い替えまで5~10年はかかる耐久消費財の家電は、購買履歴からのレコメンデーションといったデジタルマーケティングの一般的な手法はあまり意味をなさず、それゆえにデジタルの導入が遅れている面は否めなかった。
とはいえ、デジタルによるビジネスモデルの再構築が無意味なわけではない。むしろ、これまでデジタルが入り込みにくかったからこそ、効果を発揮する面は大いにある。「新しい顧客体験、長期的な関係を築きたい。それは、顧客を中心としたマーケティングであると考える」。顧客を中心に置いてビジネスのあり方を変革し、顧客体験を向上させる。そのためにデジタルの力を取り入れる。これがビックカメラにおけるDXの「一丁目一番地」だと強調する。
パートナーには「内製化への伴走」を期待
DX宣言では、店舗とECのシームレスな結合を通じて顧客体験を向上するOMO(Online Merges with Offline)戦略を推進するため、「Salesforce Lightning Platform」とAWS、RPAツールの「BizRobo!」を活用し、システム開発の内製化を図るとしている。その実現に向け、IT子会社を設立し、自社でエンジニアを抱える方針も示す。
DXを具体化する手法として、セールスフォースとAWSを選んだ理由は極めて単純だ。セールスフォースは「Webアプリケーション開発のプラットフォームとして一番合理的」であり「スクラッチ開発に比べて、非常に速く安くシステムがつくれる」。そして、基幹系やPOSサーバーなど、セールスフォース上で内製しないシステムついては外部ベンダーに開発を依頼し、AWS上に乗せる。クラウドプラットフォームをAWSとしたのは「圧倒的にシェアが違う」ためだ。シェアが大きいということは、必要とする機能を備えるだけでなく、プラットフォームの事業継続を含めた将来的な可用性も担保されていることを意味するからだ。
DXの文脈で言えば、必ずしもクラウドへ移行する必要はないのかもしれない。それでも基幹系を含め大半のシステムをクラウドリフトする意義はどこにあるのか。「本当にコストリーズナブルなのはオンプレミス」と話す一方、「リーズナブルにするには、ハードウェアのサイジングやメンテナンスができる人間が内部に必要になる」と指摘する。専門人材を保有するコストや、仮にその人材が退職した場合の対応なども考慮すると、多少のコスト制約は受けるものの、スケーラビリティやメンテナンス性の点でクラウドに分がある。また、ハードウェア更改によるビジネスへの影響や、DXのために進めているシステムのダウンサイジング作業などの複合的な要因を踏まえ、最終的にクラウド移行を決めている。
内製化を進めているのも、コストダウンと運用のスピードアップを考慮した結果だった。DXに協力するベンダー、SIerなどのパートナーには「内製化への伴走」を期待する。現時点では、複数の外部企業にセールスフォース上でのシステム開発プロジェクトを発注し、各社に内製チームが加わるかたちでノウハウを学んでいる。もちろん、将来的には、ある程度の開発は自分たちのみで実行できるようにする狙いだ。
見方によっては、スキルトランスファーが済んでしまえば、最終的にSIerなどの出番は激減する可能性もあるが、短期的な視点では大きな商機になると野原部長はみる。「(事業会社における)内製化は加速していく。今、走り出していく段階で、内製化のリード役としての実績があれば、しばらくは安泰とも言える」。大きな流れとして内製化が避けられない以上、積極的に伴走のニーズを取り込んでいくことがまずは重要ということだろう。また、内製化が進んだとしても、より高度な開発にはSIerの支えが不可欠である。伴走によって関係性を構築することは、将来的なビジネスチャンスを得る可能性にもつながる。
イノベーションを生む組織へ
DXを進めた先にどんな企業像を描くのか。野原部長は、会社を代表した答えではなく「デジタル戦略部長としてどう見ているのか、という答えになる」と前置きした上で、「これからの小売業は(従業員が)共創して、イノベーションを生み出すことが必要」と話す。
一般的に規模の大きい小売業はトップダウン型の「上位下達」の組織構造であることが多い。加えて、プロパー従業員を徹底的に教育し、単一的なジェネラリストを揃えることに重きが置かれる傾向もある。規律と均一的な人材が相乗効果を発揮し、会社を前進させる力の源泉になっていたのも事実としてある。
しかし、顧客のニーズが多様化し、対応にスピード感覚が求められるようになった現代では、その手法は通用しにくいだろう。従業員がそれぞれの個性や強みを生かし、一緒になってアジャイル的に顧客の満足度を高めるイノベーションをつくり出す。「これからは自分たちの頭で考えて意見を言うことは、店舗のメンバーを含めた全員に必要だと私は確信している」と言い切る。
「失敗しない買い物」を顧客は求める。店頭でもECでも、販売側は「お客様が納得して失敗しない買い物のお手伝いをする」ことがミッションである。そして、そのサービスを実現するためのツールとしてデジタルは存在する。「デジタルは目的ではなく、お客様にご提案をするためのツール。これを提供するのが私たちデジタルチームの課題」だと意気込む。
家電販売に限らず、今後の大幅な市場拡大が見込めない業態では、オンライン、オフラインに関わらず顧客とのエンゲージメントを高め、長期的な関係性を構築することは必須であろう。日本を代表する家電量販の1社であるビックカメラがDXへ本腰を入れたことは、単なる一企業の事象ではなく、国内企業が突きつけられている現実を浮かび上がらせているとも言えるだろう。
競合他社もアクセル踏み込む
ビックカメラ以外にも、家電量販大手各社はDX戦略の展開へアクセルを踏み込んでいる。
ヨドバシカメラの親会社であるヨドバシホールディングスは5月、ソフトウェア開発の内製化支援、アジャイル開発・DX推進などを手掛けるクリエーションラインと資本業務提携を結び、新規開発サービスなどに共同で取り組むことを発表した。
リリースによると、クリエーションラインが持つ技術ノウハウや新規事業アイデアと、ヨドバシカメラ、ヨドバシホールディングスが持つ経営資産と実績を融合させ「『小売業』という大きな市場にイノベーションを起こすプロダクトやサービスの開発を進めていく」考えだ。
サービス開発以外に、アプリケーション開発エグゼキューションセンターの共同運営、内製化支援とソフトウェアエンジニア育成、クラウドやオープンソースソフトウェア技術の導入推進などを図る。
ノジマは、日立製作所の傘下である米GlobalLogic(グローバルロジック) の日本法人とタッグを組み、DX戦略の実行・具現化に向けた協創プロジェクトを開始した。リアル店舗のデジタル化や自社雇用の従業員による「コンサルティングセールス」にグローバルロジックの知見や技術を掛け合わせ、新たな顧客体験価値の創造を目指す。
ノジマは、DX戦略の一環として、サービスや業務プロセスのデジタル化による生産性向上や、デジタルを活用した質の高い接客スタイルの確立など、DXを通じた業務効率向上、新たな領域の価値創造に努めている。
プロジェクトの内容については、日立を含めた3者で協議している。将来的には、顧客満足度向上のための取り組みの設計や、デジタルエンジニアリング技術を活用したプラットフォーム構築、顧客接点強化のためのアプリ開発などに連携して取り組むことも視野に入れているという。