国内のビジネスや生活を支える物流業界で、IT活用を目指す動きが広がりつつある。これまで指摘されてきた人手不足や過酷な労働環境といった課題に加え、時間外労働への規制強化を背景とする「2024年問題」もあり、変革の必要性が一層高まっているからだ。関連市場は右肩上がりで拡大するとみられており、ITベンダーは「物流DX」を後押ししようと、ソリューションの開発や提供に注力している。
(取材・文/齋藤秀平、岩田晃久、大向琴音)
迫る「2024年問題」へ対応は急務
21~25年度を期間とする国の「総合物流施策大綱」において「物流は、我が国における豊かな国民生活や産業競争力、地方創生を支える重要な社会インフラ」とされているように、物流は国の発展にとって非常に重要だ。しかし、業界を取り巻く環境は明るいとはいえない状況が続く。最近は、インターネットショッピングの台頭で小口配送が急増し、物流プロセスの効率が悪化。ドライバーの高齢化やなり手不足、長時間労働が慢性的な課題となっている。それに加え、24年4月以降、自動車運転業務の年間時間外労働時間が制限されることで、配送できる貨物量の減少や運賃の高騰などの混乱が生じる「2024年問題」への対応も必要で、事業者が既存業務の見直しに迫られている。
物流業界ではこれまで、技術革新やデジタル化の遅れが指摘されていた。一方、最近は官民による取り組みは進んでおり、徐々に新しい技術を活用し、生産性の向上を図る動きが活発になっている。
富士経済が22年12月に発表した調査レポート「23年版 次世代物流ビジネス・システムの実態と将来展望」によると、22年は、EC需要の増大による物量の増加や、複雑なオペレーションへの対応を背景に、人手不足解消、業務効率化に向けて、ロボティクスやAI、IoTなどの先端技術を活用した機器・システムの導入が進み、市場は21年比7.4%増の7114億円に達する見込みだ。さらに30年は同比78.6%増の1兆1831億円まで拡大するという。
レポートは「ドライバーの労働環境の整備と人材確保のための取り組み、新たな輸送スキームの構築などが進められており、その中で『物流DX』のニーズが増加し、ビジネスチャンスが広がっている」と展望している。
物流業界は、山積する課題を解決し、国の成長を支える役割を果たすために変わろうとしている。既に市場が盛り上がりの様相を示す中、ITベンダーはビジネスの拡大を見据えて動き出している。多様なニーズに応えるために、どのような手を打つのか。各ベンダーの戦略を紹介する。
BIPROGY
提携を広げてビジネスを強化
BIPROGYは、日本ユニシス時代から長年にわたって物流関連システムの構築を手掛けてきた実績があり、提携の枠組みを広げてビジネスのさらなる強化を進めている。2月27日には、物流スタートアップのHacobuと、物流・輸配送領域における資本業務提携を締結した。BIPROGYグループであるEmellience Partnersからの出資に加え、物流サービスのノウハウを集結させることが狙いだ。
今回の提携では、BIPROGYが提供するトラック予約受付サービス「SmartTransport(スマートトランスポート)」を譲渡し、Hacobuが展開する競合製品「MOVO Berth(ムーボ・バース)」と統合する。BIPROGYはMOVOの販売も手がける。BIPROGYの既存顧客に対しては、引き続きSmartTransportのサービスを提供するが、順次MOVOへの切り替えを進める。企業・業種の垣根を越えたデータ活用を推進することで物流プラットフォームを拡大し、人手不足の解消や温室効果ガス削減、サプライチェーンマネジメントの最適化につなげたい考えだ。
BIPROGY
佐藤秀彰 業務執行役員
これまでのオープンイノベーションでは、スタートアップの事業を大企業が買うというプロセスが多かった。しかし今回は反対に、大企業の新規事業をスタートアップに譲渡するかたちになり、BIPROGYの佐藤秀彰・業務執行役員は「新しいことにチャレンジした」と話す。
これとは別に、BIPROGYは20年6月、GROUNDと物流エコシステムの構築を目的とした資本業務提携を締結。21年8月には販売パートナー契約も結び、同社製品の販売を開始している。
GROUNDは、ロボットソリューションと物流施設統合管理・最適化システム「GWES」を提供、ハードウェアとソフトウェアの両方で、物流DXに取り組む企業を支援している。
GWESは、20年9月に発売したAI物流ソフトウェア「DyAS」を機能拡充したパッケージシステムで、物流施設で導入されているハードウェア(マテハン・ロボット)やソフトウェアと連携できる。既存システムのデータをGWES標準データに変換することで、システム間のデータ入出力が容易になったり、ハードウェアのリソースの最適化を図ったりできる。自律型協働ロボット(AMR)「PEERシリーズ」とも連携し、業量や業務の進捗の可視化、分析、管理が可能になった。
PEERシリーズに関しては、22年12月に新製品「PEER 100」が発売された。既存モデル「PEER ST」の土台面積を拡張するなどして可搬重量を既存製品の2倍以上の100キログラムに高めた。提供を開始して以降、複数の企業から引き合いがあるという。
PEER 100
新機能である「PEERシミュレーター」によって、施設の面積やピッキングの情報、作業員数、PEERの台数などを基に作業時間や生産性をシミュレーションでき、PEERの最適な台数と必要な作業員数が割り出せるという。今後は同機能を活用し、PEERの導入を検討する企業に対して営業やコンサルティングを推進する方針だ。
NEC
倉庫業務の人手不足解消を支援
近年、物流倉庫の領域では物量の増加に加え、荷物を輸送する際の外観を指す「荷姿(にすがた)」の多様化によって、倉庫内の環境や作業内容が変化しているという。従来、このような変化には人力で対応してきたが、新型コロナの影響で人手不足が再び問題となったことで、人力に頼った倉庫運営の困難さが浮き彫りになった。NECはこの課題を解決する技術として、「作業内容の変化に柔軟に対応できるロボット制御技術」「アプリケーションアウェアICT制御技術」を新たに開発した。同社の持つソフトウェアの技術と、今まで物流領域にアプローチしてきた知見を組み合わせて、物流領域におけるDXを支援する狙いだ。
ロボット制御技術は、物品を運んだり、置いたりといったハンドリング作業を自動化できる。特徴は、現実世界の常識を基に「ある行動の結果として何が起こるか」を臨機応変に予測・判断するAI技術をロボット制御に応用したことだ。生成された複数の動作候補について、動作を実行する前にシミュレートし、成功率の高い動作候補を算出して実行する。
「ロボット制御技術」によってハンドリング作業を自動化するロボット
これにより、作業環境が変わり、過去に経験のない状況でも、柔軟かつ繊細で的確なハンドリング作業が可能になるため、多様化した荷姿にもロボットが対応できるようになる。ロボットを作業に適応させる場合、膨大な学習時間がかかることが課題だったが、この技術では短時間で学習できるため、ロボットの導入を迅速化できる。24年度中の実用化を目指す。
アプリケーションアウェアICT制御技術は、作業現場などに設置された複数のカメラ映像について、AIを活用してリアルタイムで分析できる技術。作業者などの分析対象のみを映像から抽出し、重要度や負荷に応じて処理をエッジデバイスとクラウドに割り振るため、処理能力や通信帯域が限られた環境でも利用できる。
大量の映像を人力で処理する場合、これまでは人手が足りなくなるケースがあった。同社は、AIが自動解析することで、多数のカメラが設置された大規模な現場でも状況を把握できるとしており、作業効率の向上によって人手不足の解消を狙う。23年度中の実用化に向けて物流倉庫や建設現場などで実証を進める。
NEC データサイエンス研究所
酒井淳嗣 所長
NECデータサイエンス研究所の酒井淳嗣所長は「倉庫の運営全体のソリューションをパッケージ化して提供していくことも考えている」と今後の展望を語る。同社は、引き続き新しい技術の開発を進める方針で、将来的には物流領域における幅広い技術を提供していくとする。