テレワークの普及を機に、国内でも電子契約の必要性や利便性への認知が高まった。コロナ禍が収束しつつある現在でも、法改正によって電子契約を利用できる業務が増加したことで、市場は成長を続けている。
その一方で、単に契約の締結を電子化するだけでなく、契約業務のプロセス全体を見直し、業務効率化を図ろうとする動きが加速しており、契約前後のプロセスも含めたワークフローを提供する「CLM(Contract Lifecycle Management、契約ライフサイクル管理)」への注目が集まっている。CLMを提供する各ベンダーは、他サービスとの連携によって機能強化を図るとともに、SIパートナーの獲得を進め、普及を促進する構えだ。
(取材・文/大畑直悠)
複数部門のワークフローを統合
CLMとは、契約書の「作成」に加え、「交渉」「署名・捺印」「保管」「検索・分析」「更新」といったプロセスを統合することで、契約業務の大部分を自動化し、複雑なプロセスを一元管理できるようにするソリューションを指す。加えて、紙で締結された契約書と電子契約書が混在する状況を避けるために、文書管理プラットフォームの役割も提供する。
CLMでは、社内の複数の部門を巻き込んだワークフローを構築することがポイントとなっている。例えば契約書の作成時、法務部や営業部といった関係部門が共同編集できるコラボレーション機能や、承認ワークフローを提供することで、プロセスが部門ごとに分断されていることで発生する手間の解消につなげる。グローバルなサプライチェーンを持つ大企業など、日常的に大量の契約書を処理する必要がある企業を中心に、CLMの導入によって、全社的なワークフローの見直しを図る動きが活発化している。
現在、米国を中心に急成長を遂げており、米調査会社IMARC Groupが2022年11月に発行したレポートによれば、CLMのグローバルの市場規模は22年に19億米ドルであり、28年には37億米ドルに達すると予測されている。
CLMを提供する各ベンダーは、顧客管理システムや基幹業務システムとの連携を進めることにより、データ連携やワークフローの統合を可能にし、全社的なDX推進の一部として契約業務を効率化しようとする提案に力を入れている。加えて、業界ごとに特化したシステムを持つ企業とのアライアンスを進めることで市場の拡大を目指している。
ドキュサイン・ジャパン
電子署名前後のプロセス改善にニーズ
電子署名ソリューション市場でのグローバルメジャーである米DocuSign(ドキュサイン)の日本法人ドキュサイン・ジャパンは、大手企業を中心に、契約業務全般を網羅する統合プラットフォームとして、CLMの提案を進めている。同社の竹内賢佑社長は「今はCLM市場をつくり上げる段階」としつつも、「昨年あたりから明確にCLMという単語での問い合わせが増えてきた」と語る。
ドキュサイン・ジャパン
竹内賢佑 社長
電子署名自体の需要としては、国内では特に中小企業への導入が遅れているとし、今後も普及に向けた取り組みを進める必要がある。一方で、大企業では、契約書を作成するプロセスの複雑さや、紙の契約書の保管にかかるコスト、契約書の効率的な活用といった課題が顕在化している。竹内社長は「CLMに対するニーズは、必ずしも電子署名に付随してくるわけではない」と話し、契約書管理に関する引き合いに対応していくとした上で、「電子署名単体のポイントプロダクトから、プラットフォーマーとしてのCLMに販売戦略を進めている」。
同社の「DocuSign CLM」は、社内の複数部門間や取引先とのコラボレーション機能、電子署名・捺印機能のほか、締結後の文書の管理機能などを備える。また、ノーコード/ローコードでワークフローを開発できる。
ERPや営業支援システム、顧客管理システムなどと連携し、データの共有やワークフローの統合が可能なのが特徴。さらに他社のリーガルテック製品との連携も進めており、AIによって契約書を分析するソリューションをDocuSign CLM上で活用したり、他社のソリューションで電子契約された文書を保管したりできる。竹内社長は「(一見競合になるようなソリューションとも)パズルのピースを組み合わせるように、お互いにウィンウィンな関係をつくり上げ、市場を活性化させていく」と力を込める。
パートナー戦略としては、電子署名単体の製品は比較的導入が簡単なのに対し、CLMでは技術連携や社内システムとの統合が必要なため、市場開拓に当たってはSIerの力が必要になるとし、「まさしくパートナーを選定中のフェーズだ」という。加えて、コンサルティング企業との協業を進める考えを示し「ワークフローを改革したいという顧客のプロジェクトに当社も関わり、課題解決のための一つの要素となっていきたい」と話す。
リセラー網の拡大に関しては「今は市場をつくり上げる段階。CLMの価値が正しくが伝わるまでの初動は、ある程度自分たちで手綱を持つ」とし、性急な販売チャネルの拡大は考えていない。一方で、「市場が大きくなれば、電子署名と同じようにリセールチャネルを拡大したい」と展望する。
また、CLMの普及に向けて竹内社長は、「業務プロセスを改革するプラットフォームであるため、業務全体を見渡せるような上の立場の人が旗振りする必要がある」との考え方を示す。
弁護士ドットコム
多彩なサービスとの連携を提供
弁護士ドットコムが提供する電子契約マネジメントプラットフォーム「クラウドサイン」は、電子契約の締結や文書管理などの機能を備え、大企業を中心に導入が進んでいる。加えて、紙の契約書の電子化や書類情報のインポートを代行する「クラウドサインSCAN」や、AIにより契約書の文字を認識し入力するAI-OCRサービス「クラウドサインAI」といった、クラウドサイン上で、紙で契約した文書と電子契約した文書を一元管理できるように支援するサービスを提供しており、こうした文書管理支援サービスへの需要も高いという。
弁護士ドットコム
橘 大地 取締役執行役員
クラウドサイン自体はあくまで電子契約に強みを持つ製品だが、100以上の外部サービスと連携できることを特徴としており、他のサービスとつなぐことでCLMとしての役割を実現する。例えば、社内稟議などのワークフローと契約締結業務をつなぐことで、部門を横断した業務改革につなげられる。顧客が既に利用しているシステムとの親和性の高さから導入につながるケースも多いという。同社取締役執行役員の橘大地・クラウドサイン事業本部長は「今後も、日本でエンタープライズに親しまれる製品との連携を進めていきたい」と語る。
そのほか、不動産業に特化した業務フローサービスを提供する企業との連携により、クラウドサインを彼らのソリューションに組み込んだ代販が進んでいるという。また、クラウドサインはLGWAN-ASPに対応しており、国産のプラットフォームとして自治体における導入シェアが約70%と高い。橘取締役執行役員は「適法性の高さや、中央省庁がクラウドサービスのセキュリティを評価する制度『ISMAP(イスマップ)』の認定を受けていることなど、顧客に安全・安心を提供できる」と意気込む。
販売戦略としては、新規顧客の獲得に加えて、既存顧客に対して全社利用を促していく構えだ。橘取締役執行役員は「電子契約の市場はまだまだ初期段階だ。まずは、契約書の枚数が多い大企業や行政機関の経営者の意識改革をしつつ、しっかりとサポートしていくのが優先事項だ」とし、「大企業や自治体、また地場のビジネスに強い建設業、不動産業などでの導入が進めば、取引先の中小企業での浸透も加速していくだろう」と語り、今後も認知度やユースケースの拡大に努めていく考えだ。
また、地方への販路を持つパートナーとの協業を進め、全国的な拡販に力を入れる。橘取締役執行役員は「ただパートナーのラインアップに加えてもらうだけでは意味がない。しっかりとクラウドサインの価値を訴えていき、有用性を理解してもらう」とした上で、「地方も含め、パートナーが全国に持つ拠点を支援する体制は整っている」とアピールする。
freeeサイン
中小企業の契約業務効率化を支援
文書の作成、締結、管理といった契約業務に関するプロセスをワンストップで提供する電子契約サービス「freeeサイン」 は、昨年3月に「NINJA SIGN by freee」からサービス名を変更し、freeeグループのプロダクトの一つとしてのブランディングを強化した。freeeグループが提供する、バックオフィスに必要な機能を連携していく統合型プラットフォームのプロダクトとしてクロスセル・アップセルを推進し、中小企業の契約業務の効率化を支援する。
freeeサイン
鬼頭政人 代表取締役
同社の鬼頭政人代表取締役は、中小企業の電子契約の導入は、コロナ禍で生まれたテレワークにより進みはしたものの、依然として導入率は低いままだと指摘する。その要因としては「電子契約への理解が進んでいないために抵抗感が強いということもある。大企業と比較すると契約書の枚数が少ない中小企業は、電子契約を使わなくても今まで業務は回ってきたという意識がネックになっている」と指摘する。
しかしコロナ禍以降も、不動産取引における電子契約の使用が解禁された昨年5月の宅地建物取引業法の改正のような法改正が今後も続き、電子契約に対する需要の創出を後押しすると見通す。こうした需要をつかみ拡販を進めるとし、具体的には業界に特化したシステムを販売する企業とのアライアンスを強めていく。freeeサインを電子契約“単品”の製品としてだけではなく、契約周辺の業務も改善できる付加価値の高いソリューションとして提案していく考えだ。
鬼頭代表取締役は「業務を効率化する上では、カバーできるプロセスが大きいほうが当然、大きな効果を見込める。ただ、さまざまなソリューションをAPIでつなぐことでも実現できるとはいえ、それができる中小企業ばかりではない」と話す。その上で、freeeサインを「freee会計」や「freee人事労務」といったソリューションと統合することで、バックオフィスに関連するデータの一元管理が可能になり、経営の効率化につなげられると呼びかける。