三菱電機は「循環型デジタル・エンジニアリング企業」の実現に向け、デジタル領域のアセット強化や、ソリューション提案に注力する姿勢を打ち出している。漆間啓社長CEOは「グループ内外の知見を、融合と共創によって進化させた統合ソリューションとして提供し、幅広い社会課題の解決に貢献することが循環型デジタル・エンジニアリング企業の姿だ」と語る。
(取材・文/大河原克行 編集/齋藤秀平)
四つのステップを高度化
循環型デジタル・エンジニアリング企業とは、顧客から得たデータをデジタル空間に集約、分析するとともに、グループ内が強くつながり、知恵を出し合うことで新たな価値を生み出し、社会課題の解決に貢献する企業のことを指す。漆間社長CEOは「循環型デジタル・エンジニアリング企業は、デジタルを活用し、それぞれのステップを迅速に循環させること」が重要だと説く。
ここでいうステップとは、▽多様なデータの収集▽顧客の潜在課題・ニーズの把握▽新たな価値の創出▽幅広い顧客への価値の還元―の四つで構成し、三菱電機は、各ステップを循環させて高度化を図る方針だ。
四つのステップは、まず顧客が利用している三菱電機製のコンポーネントやシステムから、利用時に生まれるデータをデジタル空間に集約する。次にデジタル空間でデータを分析し、顧客の潜在課題やニーズを把握する。そして顧客の潜在課題やニーズを基にコンポーネントやシステム、統合ソリューションを進化させ、新たな価値を創出する。さらに創出した新たな価値を幅広い顧客に還元し、顧客とともに社会課題の解決に貢献する流れになる。
漆間 啓 執行役社長CEO
漆間社長CEOは「三菱電機は、それぞれの事業において、顧客とともにモノづくりを行ったり、プラントの建設や生産ラインの構築を行ったりすることが多い。このつながりの強さを生かし、データを共有することが顧客のメリットになると理解してもらえれば、顧客のデータを活用したビジネスや新たな提案が実現する」と語る。
未来指向の事業モデルへ
三菱電機は2022年4月から、社会システムや電力・産業システム、防衛・宇宙システムで構成する「インフラ」、FAシステムや自動車機器を担当する「インダストリー・モビリティ」、ビルシステムやリビング・デジタルメディア(空調・家電)を担う「ライフ」、情報システム事業を行う「ビジネス・プラットフォーム」の四つのBA(ビジネスエリア)による経営体制を敷いている。
循環型デジタル・エンジニアリングを推進するために、重要になるのが、事業DXと業務DXを推進する「循環型デジタル・エンジニアリング経営基盤」だ。
同基盤では、市場動向調査サービスや営業活動向けサービスなどの「ニーズ探索・コンサルティング」、データ分析基盤サービスやビジネスモデル検討サービスなどの「データ分析・事業構想」、PoC環境(データ)活用サービスや高度DX人材活用サービスの「価値創出」、技術・サービス開発プラットフォームやWebAPI連携基盤活用サービス、アジャイルプロジェクトマネジメントサービスなどによる「統合ソリューションの実現」、販売促進サービスやソリューション展開サービス、グローバルO&M(運用・保守)サービス、データマネジメントサービス、IT人財活用サービスなどの「価値の提供・拡充」を提供する。
同基盤で提供するこれらのサービスを活用することで、各BAの新たな事業開発を短期間で行うことができるほか、統合ソリューションを効率的にの運用できるようになり、事業本部は本業である価値創出活動に注力できるようになるという。
漆間社長CEOは「三菱電機は、多くの製品を持ち、活用される現場の多様な知識、知見、ノウハウを強みとしてきた。これらをデータとして集約するデジタル基盤や空間を構築し、データを分析することで、潜在的なニーズに応えることができる未来指向の事業モデルに変革していきたい。社会や価値観の変化を捉えて、大学やスタートアップ、顧客とともに未来社会を予測して、新たな価値をタイムリーに創出したい」と見据える。
機能やデータを容易に連携
循環型デジタル・エンジニアリング経営基盤に向けて、三菱電機は、データの解析や利活用を行う「デジタル空間」、デジタルによって経営や事業を変革する「DX人材」、新たな市場を開拓する「共創」、AIやモデルベースの深化を行う先進的な「技術開発」、経営インフラとなる生産および業務プロセスのDXを図る「プロセス改革」の五つの領域からデジタルアセットへの投資を進める。
三谷英一郎 常務執行役 ビジネス・プラットフォームBAオーナー
このうち、「デジタル空間」「DX人材」「共創」への取り組みを加速させるために、23年4月に社長直轄組織としてDXイノベーションセンターを新設した。狙いについて、常務執行役の三谷英一郎・ビジネス・プラットフォームBAオーナーは「幅広い顧客を横通しするデジタル領域のアセットを強化し、コンポーネントやシステムを進化させる」と説明する。
具体的には、三菱電機の各事業や、他社が持つソリューションをWebAPIで連携させ、顧客の要件に合わせて柔軟に構築できるデジタル基盤を提供する。それに加え、使用環境の違いやデータ種類や形式の違いなどにより、製品の設計データや現場で生まれた各種データが横断的に活用できなかった環境を改善し、再利用可能な形式で格納できるデジタル空間を実現するという。
三谷常務執行役は「各事業領域がさまざまなソリューションやデータを保有している点は三菱電機の強みだが、現時点ではそれぞれの事業特性に合わせて開発されてきた経緯から、データを相互活用するためには多くの時間と労力が必要となる。WebAPI連携基盤やデータ分析基盤を整備することで、機能やデータを容易に連携できるコンポーザブルなアーキテクチャーが実現できる」と展望する。
DXイノベーションセンターでは、各事業が保有する社内ソリューションやベストプラクティスの活用、顧客やパートナーとのアジャイルな共創活動などを推進し、DX基盤の構築や統合ソリューションプロジェクトの加速を支援。リスキリングによるデジタルリテラシーの醸成と底上げに加え、外部からの高度DX人材の積極的な採用を進める。また、全社特許出願に占めるデジタル関連特許の比率を25年度には30%まで拡大。AI関連出願比率を13%以上に高める計画も策定している。
コングロマリットとしての経験が強みに
循環型デジタル・エンジニアリングの取り組みによって蓄積した成果は、情報システム・サービス事業として外販する考えで、既に製造業向けDXソリューションやIT・OT(Operational Technology)セキュリティソリューションなどに取り組んでいる。
製造業向けDXソリューションは、三菱電機の業務DXによって蓄積された各種業務プロセスや、システム構築手順などを基に、製造業向けにコンサルティングやシステム導入、グローバルO&Mサービスを提供する。IT・OTセキュリティソリューションは、三菱電機グループに導入したセキュリティ基盤の構築ノウハウを活用して、顧客のセキュリティ監視や対策業務の代行などを行う。
加賀邦彦 専務執行役 インダストリー・モビリティBAオーナー
また、インダストリー・モビリティBAが持つE&F(エナジー&ファシリティ)ソリューションを事業化する計画もある。三菱電機が持つOTの強みと、セキュリティベンダーの技術を組み入れながら、OTとITのデータを統合した監視や分析の強化、OT資産の自動管理を目指す内容で、専務執行役の加賀邦彦・インダストリー・モビリティBAオーナーは「リスクアセスメントからセキュリティ機器の導入、運用保守までをワンストップで提供することができるようになる」と解説する。
三菱電機は、航空管制や鉄道などの社会インフラにおける大規模システムや、製造業や大手金融機関を中心とした顧客基盤に加えて、三菱電機グループ全体を対象とする大規模サイバーセキュリティシステムの構築や運用に関する実績などがある。その上で、WebAPI連携基盤やデータ分析基盤の整備によって、各事業のソリューション機能やデータを相互に連携、統合できるアーキテクチャーの構築を進めており、顧客やパートナーと連携するための「DXイノベーションハブ」の活動を通じた成果も出てきている。こうした経験が、情報システム・サービス事業における強みになると自信を見せる。
ビジネス・プラットフォームBAの22年度実績は、売上高が前年比5%増の1347億円、営業利益は12%増の87億円だった。23年度の見通しでは、売上高は1400億円、営業利益は70億円、営業利益率は5%と見込んでおり、25年度の売上高は2000億円、営業利益率は9%が目標。情報システム・サービス事業のうち、循環型デジタル・エンジニアリング事業が占める割合については、22年度の15%超から30年度には40%超に拡大させる計画も示している。
三谷常務執行役は「従来はコンポーネントやシステムを中心に事業展開をしてきたが、これからは統合ソリューションを追加していくことになる。サービス提供型事業では、既存パッケージ製品をサブスクリプションによって事業化することにも取り組みたい。今は海外売上高比率が低いが、海外事業を展開している事業本部とともに海外に進出することを考えており、必要に応じてM&Aも検討すべきだと考えている」と力を込める。
循環型デジタル・エンジニアリング企業となり、成果をソリューションとして提供し、社会課題の解決に貢献するのが、三菱電機が描くシナリオだ。さまざまな事業を展開するコングロマリットとして、社会インフラを含めた多くの顧客からなデータを収集できる立場にある三菱電機ならではの特徴を生かした戦略だといえる。