国内大手を中心に、小売業でのDXが広がっている。消費者の購買行動が変化する中で、売り上げや利益の確保、顧客体験の改善はもちろん、長時間労働の改善、生産性向上といった内部課題の対処に迫られるなど、激動する事業環境を前に、デジタル技術を活用したビジネス変革は待ったなしの状況だ。DXを支援するクラウドベンダーの動向から、小売りDXの今を探る。
(取材・文/袖山 俊夫 編集/藤岡 堯)
アマゾン・ウェブ ・サービス・ジャパン
小売業者としての知見で貢献
「重要度が増しているのが、オンラインと実店舗をまたいだユーザー体験だ」。アマゾン・ウェブ ・サービス・ジャパン(AWSジャパン)技術統括本部技術推進本部の小林正人・本部長はこう指摘する。販売チャネルや顧客接点が分散する現代において、さまざまなチャネルで統一的なサービスを顧客に届けるために、システム連携は不可欠だが、実際は分断されている例は少なくない。
AWSジャパン 小林正人 本部長
この問題を解決する考え方として、小林本部長が言及したのが「ユニファイドコマース」だ。多様な顧客情報を集約・統合し、パーソナライズされた消費体験を提供する取り組みである。その実現にはデータの扱いがかぎとなる。小林本部長は「チャネルとデータベースを分離し、マイクロサービスを使用してチャネル間で共通のコマース機能を使用する。そのためには変化に適したプラットフォームが必要であり、クラウド活用が有効だ」と説明する。
AWSは、小売業を主力とする米Amazon(アマゾン)が展開するクラウドサービスだ。その特性はスタートアップの俊敏性とエンタープライズリテールリーダーとしての経験を融合して、変革の推進を支援している点にあるという。「これが小売企業にわれわれが貢献できるポイントだ」と小林本部長は強調する。
AWSで何ができるのか。小林本部長は「インサイトの改善と運用の最適化、顧客体験の変革の三つの柱がある」とする。例えば、良品計画はECや店舗サービスなどの顧客領域、マスタ管理や商品計画・発注をはじめとする商品領域、販売・購買管理に代表される会計領域、データウェアハウスといった共通基盤の各領域でクラウドシフトを進め、業務改革につなげている。
加えて、AWSが近年注力しているのがデータ利活用への挑戦だ。多くの小売企業がデータの重要性を認識しているものの、十分に利活用できていない。こうした状況を改善していくための方法論として、「モダンデータストラテジー」を提唱する。これには三つの要素がある。一つめが拡張性、信頼性、安全性に優れたクラウド環境に移行する「MODERNIZE」、二つめがデータサイロを解消しデータの重ね合わせを容易にする「UNIFY」、三つめが新しい体験を発明しビジネスプロセスを再構築する「INNOVATE」だ。AWSは、これらを包括的に支援しているだけでなく、さまざまなサービスと組み合わせることでさらなる価値を創出することが可能とみる。
現在、大きなトピックとなっているのは生成AIである。「AWSはこのテクノロジーを既に多様なサービスで使っており経験も豊富。お客様の用途に合わせて最適な基盤モデルを提供できる」(小林本部長)とアピールする。
その上で「われわれは、お客様に『執着』することを重視している。パートナーと連携しながら、大きな価値を提供したい」(小林本部長)と意気込む。
マイクロソフト
顧客の視点に立ち「伴走」する
米Microsoft(マイクロソフト)は、小売業向けに「Microsoft Cloud for Retail」を展開している。昨今掲げているスローガンが、「Resillient Retail」。その意味合いについて、マイクロソフトの藤井創一・ワールドワイドリテイル&コンシューマーグッズ日本担当インダストリーアドバイザーは「デジタルシフトの加速に加え、世界的なコスト上昇圧力などによって過去にない厳しい事業環境にある。変化に柔軟かつ迅速に対応していけるよう、レジリエントなリテイラーになってもらえるように支援していきたい」と語る。
マイクロソフト 藤井創一 日本担当インダストリー アドバイザー
具体的な取り組みとして、四つが挙げられる。「データによる新たな価値創出」「顧客エンゲージメントの向上」「リアルタイムでサステナブルなサプライチェーンの構築」「従業員の業務効率化と働き方改革」だ。「これらをパートナーとともに提案することで、小売業のDXに寄与していきたい」という。
既に事例も出ている。「顧客エンゲージメントの向上」では三越伊勢丹が「Microsoft Azure」をベースに仮想都市プラットフォームを立ち上げた。「データによる新たな価値創出」ではツルハドラッグが、ユーザーの顧客体験の向上と革新を目的とし、広告の仕組みとも融合したリテールメディアを構築している。
顧客のDX支援において、マイクロソフトは「伴走」のスタンスを重視する。確かにマイクロソフトはデジタル基盤を提供するテクノロジー企業であるが、そこに重きを置いた提案だけではDXは進まない。大切なのは「お客様の視点で施策を展開すること」(藤井日本担当インダストリーアドバイザー)である。
具体的には、より小売業に最適な基盤の開発と提供、マイクロソフト自身が持つDXナレッジの提供、デジタル人材・データ人材の育成支援、パートナーエコシステムの提供などを付加価値として、小売業者に伴走しているという。
AIの活用も進めている。流通業のDX推進に向けて生成AIの利用価値を検証することを目的に実施している「Microsoft Retail Open Lab」やAI、IoT製品などを活用した顧客企業の効率化支援、人材育成の拠点として今年秋、神戸市に開設する「Microsoft AI Co-Innovation Lab」などの取り組みはその一環だ。
今後のパートナー戦略について、藤井日本担当インダストリーアドバイザーは「パートナービジネスやソリューションにAIを実装し、付加価値を高めて事業を革新していきたい。既にグローバルでは独立ソフトウェアベンダーに『Copilot』の実装やプラグインの開発をしてもらっている。日本のリテールパートナーにもそうしたトランスフォームを促し、ともに成長していきたい」と展望する。
グーグル・クラウド・ジャパン
データ駆動型経営を支援
DXが進展する一方、予測が難しい消費者行動にどのように対応するかが課題となっている。グーグル・クラウド・ジャパン流通小売事業本部の渕上和寿・事業本部長は「需要主導型で消費者の本音を探りながら商品開発や仕入れをどう行うか、1to1マーケティングにどう本格的に取り組むか、さらにはサステナブル経営にどう結びつけるかなど、バリューチェーン全体でのデータ駆動型経営において、引き続き大きな挑戦が続いている」と捉えている。
グーグル・クラウド・ジャパン 渕上和寿 事業本部長
DX支援の中軸は「Google Cloud」だ。データ活用やインフラ、アプリケーション開発、そして需要予測などの機械学習まで多岐にわたる範囲をカバーしており、業界で広く利用されている。小売り向けのソリューションとして渕上本部長が取り上げたのが、「Discovery AI」という商品検索のサービスだ。「eコマースでの、自社のモバイルアプリの検索品質の改善や商品レコメンデーションの強化に最適。最近では、生成AIの活用に関する相談も多数寄せられている」と語る。
活用事例で挙げたのはセブン-イレブン・ジャパンだ。同社はセブンセントラルと呼ばれるデータ利活用基盤を中核に、変化に対応する能力を重視したGoogle Cloudの活用を推進している。イオンリテールでは「イオンお買い物アプリ」とデータ分析基盤でGoogle Cloudを利用している。
小売業向けGoogle Cloudの営業戦略としては、何に注力しているのであろうか。渕上本部長が強調したのは、「One Google」というキーワード。「小売業界に向けては、広告やデバイス、クラウドを連携させた『One Google』のかたちで、多くの領域で価値を提供できると考える。データ駆動型経営の全体的なバリューチェーンに貢献することを契機として、本質的なDXモダナイゼーションを提案することが当社の営業戦略だ」と力説する。
その戦略を推進していくためにも、パートナーとの連携を重視している。「パートナーエコシステムは事業の核心。バリューチェーン全体での共創を促進するために、パートナーにもアプローチの方針を転換していただくことを望んでいる」と語る。
このほか、他社のパブリッククラウドにも長けた“クラウド二刀流”エンジニアの育成や、内製化を目指す小売企業の支援に向けてアジャイル型のワークショップ「Tech Accerelation Program」などの支援策を展開する。
「Google Cloudの使命は、データに基づいたイノベーションを通じて、あらゆる組織のDX能力を加速させること。データ分野の専門家として、今後の小売業界で求められるバリューチェーン全体のデータ駆動型経営の本質に取り組み、業界を変革するイノベーションを起こし続けたい」と渕上本部長は語る。