米IT大手による日本市場への投資に関する発表が相次ぎ、日本へのコミットメント強化が顕在化してきた。各社が投資を拡大する理由は何か。その背景を探ると、国内企業のIT利用における変化が浮かび上がってくる(記事中のドル/円の為替レートは発表当時の金額)。
(取材・文/大河原克行 編集/藤岡 堯)
DCのインフラ拡充を中心に各社が巨額計画を展開
2024年1月、米Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス、AWS)は23~27年にかけ、日本市場に対して、149億6000万ドル(約2兆2600億円)を投じると表明した。東京、大阪両リージョンのデータセンター(DC)の増強などの内容で、新たなリージョンへのDC整備ではなく、リージョン内での新規DC建設、サーバー導入、DC間をつなぐネットワーク機器などの各種設備、長期的に発生するDCの運用などにかかる費用が含まれている。
発表時に日本法人AWSジャパンの社長だった長崎忠雄氏(現在は米OpenAI=オープンエーアイ=の日本法人社長)は「ますます重要になるデータの利活用において、日本の顧客、パートナー、スタートアップ企業、産業界、地域経済、クラウドコミュニティー全体に対するAWSのコミットメントである」と強調。「日本の顧客は、国外にデータを持ち出すことなく、低遅延でクラウドサービスを利用できる。また、日本における雇用の確保、クラウドに関する教育、AIなどの先端技術の活用、地域コミュニティーの支援、再生可能エネルギーの開発や導入といった点でも貢献できる」と、いくつもの効果を並べた。
AWSは新規投資を通じて368億1000万ドル(約5兆5700億円)のGDP効果と、年間平均3万500人以上の雇用創出を見込んでいる。これまでを振り返ると、11~22年に日本のDCなどに対して100億ドル(約1兆5100億円)を投じ、GDPでは累計97億ドル(約1兆4600億円)を創出したという。また、DCのサプライチェーン上にある国内企業の雇用創出効果は、年間平均で7100人以上、累計で8万5200人に達したとの試算も示している。
日本で数十万社がAWSのクラウドサービスを利用し、主力となる「Amazon EC2」では、750種類以上のインスタンスを提供し、あらゆるワークロードやビジネスニーズに対応。23年10月には「Amazon Bedrock」の提供を日本でも開始し、生成AIの利用が急増している。こうした日本におけるAWSの利用増加にあわせて、日本への投資を急拡大したことになる。
米Microsoft(マイクロソフト)は24年4月、日本市場に向けたAIおよびクラウド基盤の強化に向けて、今後2年間で29億ドル(約4400億円)の投資を行うことを発表した。訪米した岸田文雄首相と、マイクロソフトのブラッド・スミス副会長兼プレジデントが、ワシントンで会談。同社の沼本健・エグゼクティブバイスプレジデント兼CMO(チーフマーケティングオフィサー)、日本マイクロソフトの津坂美樹社長らも同席する中での公表となった。
スミス副会長兼プレジデントは、「マイクロソフトが日本で事業を開始した1978年以来、最大の投資を行うことになる。デジタルインフラやAIスキル、サイバーセキュリティー、そしてAI研究を含む総合的な取り組みは、日本のデジタル競争力を高めることになる。AIがけん引する堅調な経済成長を実現する上で、重要な一歩になると確信している」とコメントし、単独では最大規模の投資になる点をアピールした。
対象となるのは、東日本、西日本両リージョンのDCであり、新規のDC建設は含まれない。AIに関する能力強化を目的に、主にGPUの増設を図る考えだ。同社は「基盤の処理能力を大幅に向上し、AIワークロードの高速化に不可欠な最先端のGPUを含んだ、より高度な計算資源を日本に提供する」と説明する。
マイクロソフトはこれまでにも継続的な投資を行っており、最近では、23年3月に西日本リージョンの拡大に向けた投資を発表している。だが、具体的な投資額を発表したことはなく、今回の金額公表は異例にも映る。AWSの投資戦略を意識したと受け取ることもできるが、23年10月には、オートスラリアで50億豪ドル(約5000億円)、24年2月には、ドイツで32億ユーロ(約5200億円)の投資をそれぞれ発表しており、一連の流れに沿った動きと捉えるべきだろう。
1年あたりの平均投資規模でみると、マイクロソフトはAWSの半分程度となる。しかし、AWSの金額にはDCの建設費用が含まれていることを考慮すれば、単純比較するのは正しくないと言える。
米Oracle(オラクル)は、24年4月に都内で開催した「Oracle CloudWorld Tour Tokyo」の基調講演にサフラ・キャッツCEOが登壇。それに合わせ、日本のDCに対して10年間で80億ドル(約1兆2000億円)以上を投資すると発表し、「Oracle Cloud Infrastructure(OCI)」の事業拡大を図る姿勢を鮮明にした。
国内のソブリンクラウドに対する要件をサポートするために、人員を大幅に拡大する計画である。具体的には東京と大阪のリージョンにおいて、国内カスタマーサポートチームと、「Oracle Alloy」「OCI Dedicated Region」の国内運用チームの体制を拡充する。キャッツCEOは、「世界中の政府が国内にデータがなくてはいけないと考えており、規制された業界でも、データを国内に置くことが求められている。オラクルはこれらのニーズに対応するために、世界各国にソブリンリージョンを有している。最も機密性が高いデータについては隔離したリージョンを用意しており、一つの妥協もないソブリンクラウドを導入できる」と述べた。
ソブリン関連では、富士通との新たなパートナーシップも発表。富士通が運用するDCにOracle Alloyを設置し、経済安全保障の観点からもデータの機密性やソブリン性の要件を実現できる環境を整えていく。富士通の古賀一司・執行役員SEVPシステムプラットフォームビジネスグループ長は「オラクルは富士通が必須とした100以上の要件に真摯に向き合い、それを解決した。経済安全保障関連法案を見据えるとともに、経済安全保障推進法で特定された14業種へのサービスも提供できる。AI活用においても、データ主権要件に対応できる強みを生かすことで、顧客の期待に応えられるクラウドサービスが実現できる」と自信を見せた。
ネットワーク整備、日本法人の立ち上げも
米Google(グーグル)は22年10月、各社に先んじるかたちで、21~24年に7億3000万ドル(約1050億円)を日本に投じる計画を明かし、その一環として23年3月、千葉県印西市に日本初のDCを開設。さらに24年4月には日本と米国を結ぶ二つの海底ケーブルの敷設に10億ドル(約1500億円)を投じる方針を示した。
グーグルによると、日本におけるGoogleネットワークへの投資は、過去10年間のGDPにおいて、400億ドル以上の付加価値をもたらしているとし、「デジタルサービスにアクセスする人が増えることで、より多くの人がスキル向上やキャリアを形成できる。また、企業や公的機関はよりよいサービスをお客様や市民に提供できる。一般の人々やグーグルの顧客に長期的なベネフィットをもたらすことになる」とする。
オープンエーアイによる日本法人の設立も、日本への積極的な投資の表れとして捉えていいだろう。24年4月15日から事業を開始した日本法人はオープンエーアイがアジア地域に進出した最初の拠点であり、本社がある米サンフランシスコを除くと、英ロンドン、アイルランドのダブリンに次いで3拠点目であり、この点でも日本市場を重視していることがうかがえる。
オープンエーアイのサム・アルトマンCEOは「日本が技術とイノベーションのリーダーシップを発揮してきた経緯を考えれば、私たちの拠点として、東京への進出は自然な選択だった。日本の政府、企業、研究機関と、長期的なパートナーを組む最初のステップになる」とコメント。ブラッド・ライトキャップCOOは、「オープンエーアイにとって、日本は、もう一つのホームになる。日本における週間アクティブユーザーは200万人以上であり、投資によって生成AIのテクノロジーの可能性を広げることができる」と述べた。
背景には「クラウド」「ソブリン」「生成AI」
なぜ、ここにきて米IT大手による日本市場への積極的な投資が加速しているのだろうか。
一つは日本のクラウド利用が着実に進展していることが挙げられる。新型コロナ禍を経て働き方が大きく変容し、クラウドの活用がさらに進展。加えて、確実性よりも、アジャイルやスピードを重視するシステム開発が浸透したことで、それに最適なクラウドの活用がこれまで以上に促進されている側面も見逃せない。
二つめは、政府や自治体、金融機関など、これまでクラウド利用を敬遠していた組織や企業が積極的に利用しはじめている点だ。ガバメントクラウドや自治体クラウドの活用が推進されたり、基幹システムのモダナイゼーションが進んだりする中でクラウド利用が広がっている。これらの業界において、データを国内にとどめておきたいというニーズは確実に高まっており、対応は待ったなしの状態だ。オラクルが日本におけるソブリンクラウドへの対応を明確にしたのも、こうした流れが背景にある。
三つめは生成AIの広がりである。各種調査から明らかになっているように、日本における生成AIの認知度は高く、さらにこれを活用する機運が一気に高まっている。個別企業や業界などに特化し、日本語処理に優れた大規模言語モデルを活用する動きが顕著であり、生成AIの学習の文脈で、クラウドの利活用がさらに促進される動きは見逃せない。
最後に付け加えるならば、米国に本社を置く大手IT企業にとっては、昨今の円安基調が、日本への投資を行いやすくしているという要素もあるだろう。日本への投資が活性化することは、日本のIT産業の活性化や、経済発展にもプラスになる。とはいえ、日本のIT産業が得意とする領域はしっかりと守る必要がある。国内のIT業界がそのバランスをいかに保っていくかが、今後の課題になりそうだ。