人工衛星のデータをユーザー企業の業務で日常的に活用するためのサプライチェーン(供給網)整備が急ピッチで進んでいる。ユーザー企業の業務に深く入り込んで衛星データ活用を推進するデータ活用ベンダーや、衛星データプロバイダーからデータを調達して卸売りするディストリビューターが登場し、川上から川中、川下へと続くサプライチェーンが整いつつある。金融、流通・小売り、商社、農業、防災、経営コンサルティングなどさまざまな業務での衛星データの活用が進むことで、生産性の大きな改善が期待されている。
(取材・文/安藤章司)
野村総合研究所
民需開拓の最前線を担う
民需を中心とした衛星データの活用推進で主導的な役割を果たしているのは、サプライチェーンの川下に相当するデータ活用ベンダーだ。ユーザー企業の業務に入り込み、衛星データの活用によって業務変革を推し進める伴走型の業態をとる。システム構築を通じてユーザー企業の業務変革を後押しするSIerと業態が似ており、「衛星データ活用に特化したSIer」と呼ばれることもある。
衛星データ活用では、これまで気象庁の天気予報や防衛省の安全保障の分野など官需が多くを占めていたが、ロケットや人工衛星の技術革新やコスト削減が進んだ今は民需での活用が急速に進むことが期待されている。民需の事例としては、気候変動の分析に活用して農業の生産性を維持・向上させる、物流や人流の定点観測を行って投資会社や流通・小売業が商圏分析を行う、といった用途が挙げられる。
野村総合研究所 藤吉栄二 チーフリサーチャー
ただ、実際により幅広く衛星データ活用を促進させるためには、「ユーザー企業の業務に深く入り込み、潜在的な需要の掘り起こしが必要」だと、宇宙ビジネスに詳しい野村総合研究所の藤吉栄二・IT基盤技術戦略室チーフリサーチャーは話す。ユーザー企業と伴走しながらさまざまな活用方法を試行し、投資対効果に優れ、生産性を高める活用方法を見つけ出す取り組みが欠かせない。
民需市場の需要が明確になってくれば、それを川上の衛星データプロバイダーに還元し、衛星機材の設計開発や観測スケジュールに反映することで、「より需要に見合った衛星データの提供が可能になる」(藤吉チーフリサーチャー)ため、バリューチェーン(価値連鎖)の拡大が見込める(図参照)。
天地人
水道補修と稲作支援に活用
データ活用ベンダーの天地人は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が出資するスタートアップとして2019年に設立された。自治体が管理する水道管の埋設情報と衛星データを照らし合わせて水道管補修に役立てる「天地人コンパス・宇宙水道局」や、米卸売り大手の神明ホールディングスなどと協業して米の品質向上に役立てるプロジェクト「宇宙ビッグデータ米」などを手掛けている。
天地人 百束泰俊 COO
網の目のように張り巡らされている都市部の水道管は、経年劣化を予測して補修しているが、敷設から40年たって破損した箇所がある一方で、同じように40年経過してもほとんど劣化していない箇所もある。宇宙水道局ではこの点に着目し、地面の寒暖の差や断層のズレ、地形の歪みなどを衛星写真から分析。経年劣化が進みやすい箇所を検証して、「補修の優先順位の基礎データとして活用してもらう」(百束泰俊COO)ことで、保守作業の効率化を支援。24年7月時点で全国17自治体で採用されており、「今後も採用数は増える見通し」(同)と手応えを感じている。
ほかにも神明ホールディングスと業務提携し、同社傘下の事業会社の神明、ならびに農業ITベンチャーの笑農和と協業して稲作を支援するプロジェクトを展開している。米農家はこれまで、品種改良や栽培技術の向上によって南北に長い日本列島のどこでもおいしい米づくりを実現してきたが、近年の気候変動によって「おいしい米づくりが難しい局面に差しかかっている」(同)という。そこで衛星データによって気候変動の推移を分析し、気候変動の影響がより大きいところを順位付け、優先的に栽培支援が行えるようにすることで業務効率を高めている。
水道管補修、稲作のいずれも既存のデータや業務に衛星データ分析を加味して、優先順位をつけることで合理化や効率化している共通点がある。国内での実績や知見をもとに欧州やASEAN市場への進出にも意欲を示す。
Tellus
流通・卸を担う橋渡し役に
衛星データの流通で重要な役割を果たすのが川中に位置するディストリビューターである。さくらインターネットの子会社で衛星データの流通を担うTellusは、国内外の衛星データプロバイダーから衛星データを調達してデータ活用ベンダーに卸売りするとともに、データ活用ベンダーやユーザー企業の要望を衛星データプロバイダーに還元する橋渡し役も果たしている。
本年度(25年3月期)中をめどに、データ活用ベンダーがデータプロバイダーに一括して問い合わせできるサービスをスタートさせる予定。これまではプロバイダー各社に必要なデータの有無を1社ずつ問い合わせていたが、複数プロバイダーに一括して問い合わせ、該当するデータを持っているプロバイダーに発注できる仕組みにすることでデータ流通の円滑化を目指す。
Tellus 山崎秀人 社長
川下のデータ活用ベンダーがユーザー企業の潜在需要を発掘し、明らかになった需要を川上のデータプロバイダーに伝えて「需要に合った衛星データを収集できるよう観測スケジュールを組み直してもらう」(山崎秀人社長)仕組みも充実させていく。また、親会社のさくらインターネットが生成AI用のGPUサーバーを運用していることから「衛星データと生成AIを組み合わせて、データの検索や活用が簡単にできる仕組みづくり」(同)の開発も検討する。
Tellusの衛星データ流通はもともと経済産業省の事業として18年にスタート。受託運営していたさくらインターネットが23年に経産省から同事業の払い下げを受けて、24年4月1日付で企画会社だったTellusに事業が全面的に移管された経緯がある。無償で公開されている衛星データの利用者も含めて直近のユーザー登録数は約4万件。今後は国内のみならずASEANなど海外市場への進出も視野に入れ、有償データを売買する取引先を向こう3年で国内外100社以上に増やすことを目指す。
Ridge-i
解析サービスの売り上げが倍増へ
映像や静止画、音声、言語などのデータを複合的に解析するマルチモーダルAIを強みとするRidge-iは、昨年度(24年7月期)の衛星データ解析サービス事業セグメントの売上高が前年度比で倍増する見込みだ。売上高全体の7割余りをAI活用コンサルティングが占めるが、AI活用の知見や技術を衛星データ解析にも応用することで、衛星データの業務活用をより使いやすく、身近なものにしている。
例えば、強みとするマルチモーダルAIの技術をもとに、衛星データと大規模言語モデル(LLM)を組み合わせることで、自然言語で簡単に使える“衛星データに特化した生成AI”の開発を試みている。
Ridge-iの市來和樹取締役(左)と畠山湧リードエンジニア
市來和樹・取締役は、「ChatGPTが生成AIを身近なものにしたように、衛星データ活用の有用性を実感できる仕組みづくりが重要」だと指摘。データ解析やAIプロンプトの知識がなくても、「シンガポール周辺の船の往来数の19年と23年の比較」などと入力すれば、生成AIが衛星データを引用して往来数を自動で計算するといった用途を想定している。
汎用的な生成AIをインターフェースとしつつ、その裏側に衛星データ活用に特化した専門AIを配置することで、AI活用の一環として衛星データも活用できる流れをつくることで利用のハードルを下げる狙いだ。
並行して「AI活用と同様にユーザー企業の業務やビジネスに深く入り込んで伴走型で業務変革を支援する」(畠山湧・開発部VPリードエンジニア)ことを重視。同社は従業員全体の約3割がユーザー企業の業務やビジネスに精通したコンサルタントが占めており、データ解析などの技術者と二人三脚となって「ビジネスと技術の両面からAIや衛星データの活用を後押しする」(同)体制を組む。本年度は利用ハードルを下げる仕組みづくりを急ぐことで、来年度以降、再び衛星データ活用ビジネスの大幅な成長を目指す。
活用場面の事例としては、駐車場会社向けに駐車場の候補地となる空き地を衛星データと地図データを照らし合わせて検出する、再エネ事業者向けに屋根に太陽光パネルが載っていない家屋と顧客リストを突き合わせることで訪問営業の優先順位を決める、会計監査法人が顧問先企業が所有する資材の現場確認の優先順位付けに衛星データを利用するといった提案で、民需開拓に取り組んでいる。