生成AI活用が、顧客対応の場面で具体化してきた。独自の大規模言語モデル(LLM)を使いながらも、セキュリティーも担保したコンタクトセンター向けソリューションや、オープンモデルのLLMによって音声対応を実現したサービス、FAQの検索性を高める製品と、ユースケースが広がっている。いずれも省人化に加え、スムーズな対応でユーザーの満足度を高め、企業の課題解決を支援する。生成AIを活用した顧客対応ソリューションの動向をまとめた。
(取材・文/堀 茜、大畑直悠)
NTTコミュニケーションズとトランスコスモス
独自LLM「tsuzumi」をコンタクトセンター向けに展開
NTTコミュニケーションズ(NTTコム)は7月17日、企業の間接業務を請け負うBPOでトランスコスモスと協業すると発表した。NTTが開発した独自のLLM「tsuzumi」に、コンタクトセンターをはじめとする幅広いBPO事業を展開するトランスコスモスのノウハウを掛け合わせ、生成AIを活用したコンタクトセンター向けソリューションを共同開発し、2024年度中に提供を始める。
NTTコミュニケーションズの小島克重社長(左)と
トランスコスモスの牟田正明社長
協業の背景について、トランスコスモスの牟田正明社長は、オペレーターの人材不足や、カスタマーハラスメントなど顧客からの問い合わせ対応の難解化といった課題解決のため、生成AIへのニーズは高い一方、導入に際してはプライバシー確保の懸念から万全のセキュリティー対策が求められると解説。電話での問い合わせが減少し、SNSやチャットなどテキストコミュニケーションが好まれるとのユーザー動向調査結果を示した上で、「これらの課題を解決するコンタクトセンターソリューションを開発していく」と述べた。
NTTコムは24年3月から、tsuzumiの商用提供を開始。500件超の導入相談が寄せられ、CX(顧客体験)・顧客対応改善が希望する用途の3割超を占めた。金融や保険業界を中心に、コンタクトセンターやフロント顧客対応の効率化に使いたいというニーズが高い。
共同開発するソリューションについて、NTTコムの小島克重社長は「トランスコスモスのデータ作成サービスの活用によるAIの回答精度の高度化、クローズドデータの利用によるセキュリティーの担保、対話型AIによる回答の自動化の三つの価値を提供する」と説明した。
tsuzumiは、性能の指標となるパラメーター数が70億。グローバルのオープンモデルと比較して軽量かつCPUで動作するため、顧客の自社環境下でも安全に利用できる。高いカスタマイズ性も特徴で、業界や組織の保有データを効率的に学習できるという。
まずはチャットの応対から始める。利用者がチャットに質問事項を入力すると、AIが要望に応じた最適な回答を提示する。オペレーターの応対時には、画面上で専門的な回答を提示することで、電話応対の心理的負担を軽くするといった活用を想定している。「(問い合わせの)最終手段として電話は残るので、当社の強みである電話での対応も組み合わせていきたい」(小島社長)として、段階的に生成AIによる音声の自動応対に向けた開発も進めるとした。
小島社長は「業界特化もしくは個別企業での活用を想定し、しっかりとデータをインプットすることで性能は出ると考えている。tsuzumiは日本語の表現も優れているので、国内で多く利用していただけるだろう」と展望した。
牟田社長は、自社が提供している米OpenAI(オープンAI)の「ChatGPT」を使ったコンタクトセンター向けソリューションとの違いについて「安全性、日本語での回答精度、コスト面では、既存製品を超える可能性が非常に高い」と期待を寄せた。高いセキュリティーが求められる金融業界などを中心に、27年末までに100社の導入を目指す。
トゥモロー・ネット
音声での自然な対話が可能に使い勝手の良さに優位性
トゥモロー・ネットは、チャットボットとボイスボットを一つのプラットフォームで利用できる、顧客対応向けのAIコミュニケーションツール「CAT.AI(キャットエーアイ)」に、生成AIとの連携など新機能を搭載しサービスを大幅に拡充する。今秋の提供を予定している。
サーバーなどのITインフラ構築事業が主力だが、22年からAIを活用した顧客対応サービス事業に参入。生成AIを使った新しいボット「GEN-Bot」を開発し、7月9日に発表した。GEN-Botは、CXマルチモードAIに生成AIを掛け合わせることで、より自然に人と会話しているようなやりとりを可能にするのが特徴だ。
トゥモロー・ネット 澁谷 毅 本部長
澁谷毅・AIプラットフォーム本部長は「国内では、ハルシネーションなどの問題で、社外や顧客向けの生成AI活用には課題があったが、当社はユーザー向けに活用できるものを開発した」と性能に自信を見せた。
顧客がテキストや音声で問い合わせをすると、質問の回答に必要なデータを基に、生成AIが回答を作成し、内容を補正して回答する。用途を顧客企業が指定したものに限定するため、学習データは顧客企業内部の情報のみで、オープンデータにはアクセスできないよう制限。ハルシネーションは起こらないとしている。
生成AIは、米Google(グーグル)の「Gemini」などのオープンモデルを活用するほか、国産LLMやユーザー企業が自社開発したLLMなど、希望に応じて構築する。澁谷本部長は「多様なLLMと連携できる。問い合わせをする人にわかりやすい回答ができるよう、AIを制御してアウトプットする」とサービスの特徴を解説した。顧客対応に使いたいと数社から引き合いがあるという。
顧客からの問い合わせの際、音声を誤認識してしまうと、離脱率が高まってしまうことから、住所、氏名、英数字、数字の4用途で音声を認識する専用エンジンも独自に開発した。住所エンジンは、全国の住所データと自動マッチングすることで認識率が向上し、マンション名など認識困難な建物名もAIが特定。誤認識によるオペレーターへの転送を抑制する。英数字の認識は、製品に関する問い合わせなどで、製品番号を認識する際の精度を高める。
また、既存ユーザー企業からの要望に合わせて、AIだけで問い合わせ対応が完了しないときは、有人チャットへシームレスに連携できる新機能も開発した。澁谷本部長は「独自のCX理論と高度なAI技術によって、最適な顧客対応をデザインするサービスになっている。ユーザーにとってより良いコミュニケーションを築きたい」と、使い勝手の良さを優位性として強調した。27年に売り上げ85億円を目指し、パートナー経由の販売を強化する。
Helpfeel
自己解決率の向上で問い合わせ対応を効率化
Helpfeelは、FAQの検索性を高めるSaaS「Helpfeel」の提供を通してエンドユーザーの自己解決率を向上し、企業の問い合わせ対応の効率化を支援している。導入サイト数は24年5月時点で400を突破。半年弱で100サイト増加させた。大手企業を中心に、幅広い業界で利用されている。
Helpfeelは、FAQに組み込む検索機能で、入力したキーワードから問い合わせの意図を推測し、あらかじめ用意した回答記事から候補をエンドユーザーに表示する。キーワードが回答記事に含まれていない場合、単語の意味から推測して候補を提示する。1~3カ月ほどで導入できる。
24年6月には、自社のAI技術とオープンAIの生成AI技術を組み合わせた検索アルゴリズム「意図予測検索2」を搭載。文章の意味に基づいた検索に対応したほか、音声検索の精度も向上した。生成AIは検索性の向上に利用し、回答記事自体は人が用意する仕組みのため、ハルシネーションを回避できることが特徴。金融や医療、行政といった情報の正確性が求められる業界での導入を見込んでいる。
エンドユーザーの問い合わせ行動の分析機能も搭載。検索される頻度が多いキーワードや表示回数が多い回答記事をレポーティングする。洛西一周CEOは「FAQでの検索行動から自社の課題を明確にできる。問い合わせ対応は顧客の疑問や不満を解消して終わりという場合が多いが、製品開発に生かすなど生産的な業務につなげられる。顧客の疑問や不満を収益に変換できるサービスだ」と強調する。
また、回答記事がヒットしない単語や、エンドユーザーが目的の情報を得られなかった際に再検索した単語も可視化。自社のFAQサイトに不足するコンテンツを特定できる。新たに回答記事を作成する際は、単語や箇条書きのメモからタイトルや本文を自動作成することも可能だ。
Helpfeel 洛西一周 CEO
洛西CEOは「Helpfeelは、問い合わせの分析を基に回答コンテンツを充実させ、ユーザーが求める情報を適切に表示するサイクルを回すことで、継続的にエンドユーザーの自己解決率を向上できる」とする。その上で「カスタマーサポート部隊の業務効率化やコストの削減も実現できる」とアピールする。中期目標としてはARR(年間経常収益)50億円を掲げる。
拡販に向けて、パートナーとの協業に力を入れる。現在、コンタクトセンター業務のBPOを提供するパーソルプロセス&テクノロジーと連携しているほか、ソフトバンクの法人向けビジネスにおいて再販契約を結んでいる。今後も販売チャネルの開拓に取り組むほか、SIerが提供するシステムやアプリケーションに組み込んでもらう方向での協業も進める。
洛西CEOは「特にサブスクリプションビジネスに取り組み、カスタマーサポートを充実させたいと考える企業からの引き合いが多い。こうした企業を対象に、コンサルティングやシステムの導入・運用などを支援するパートナーにHelpfeelの導入も提案してもらいたい」と呼び掛ける。