【米ラスベガス発】米Broadcom(ブロードコム)は8月26~28日(現地時間)、米ラスベガスで「VMware Explore 2024」を開催した。米VMwareの買収後初めて行う年次イベントで、企業のプライベートクラウド活用の支援に焦点を当てた戦略を披露した。クラウド環境の構築や管理、運用のための統合基盤「VMware Cloud Foundation(VCF)」に各製品を統合したことによるITインフラ運用の簡素化など、買収後の製品体系やライセンス体系の変更で生まれたメリットを説明した。
(取材・文/大畑直悠)
「エンタープライズITインフラの未来がある」
ブロードコムは2023年11月のVMWareの買収後、売り切り型の永続ライセンスを終了し、従来のCPU単位からコア単位で課金するサブスクリプションライセンスに切り替えるなど、製品提供体系を見直した。加えて、これまでサーバー仮想化基盤の「vSphere」、ストレージ仮想化の「vSAN」、ネットワーク仮想化の「NSX」、マルチクラウド管理の「Aria」の四つのユニットの下で168種類あった製品やエディションを、大企業・中堅企業向けの統合製品となるVCF、中堅・中小企業向けに基本的なサーバー仮想化環境などを提供する「VMware vSphere Foundation」など、四つのエディションに集約した。
このうち、今後の製品展開の主軸となるのがVCFだ。イベント初日の基調講演でホック・タンCEOは「エンタープライズのITインフラの未来はプライベートクラウドにある」と力を込め、VCFによる顧客のクラウド環境の構築・運用の支援を基軸に据える方針を明確に示した。
ブロードコム ホック・タン CEO
タンCEOは、「10年前に企業の経営層は、パブリッククラウドがもたらすメリットにまるで恋をしているようだったが、今ではコストの高さや運用の複雑性、コンプライアンス管理の煩雑さといった課題を抱えており、オンプレミスに回帰する大きな動きが生まれている」と指摘。その上で「パブリッククラウドの柔軟な拡張性などは適宜活用しつつも、プライベートクラウドがAI、データなどの自由なコントロールを可能にし、イノベーションをけん引するだろう」と続けた。
ここでの「プライベート」には、ユーザー企業が自社で保有するデータセンターだけでなく、パートナーが保有するデータセンターなども含まれる。データのプライバシーやセキュリティーの制御、一貫したポリシーの適用を担保し、統一された管理基盤で運用可能なクラウド基盤という意味が込められている。
加えてタンCEOは、買収後のVMware製品について、「三つのことを約束する。まずは製品群の簡素化。二つめは製品の機能強化や連携性を高めることへの投資、三つめはパートナーや顧客のエコシステムをさらに強化することだ。彼らの成功がわれわれの成功でもある」と呼び掛け、プライベートクラウドの構築・活用に向かう顧客ごとの習熟度に応じて、ITインフラ運用の段階的なモデルを提示することで、そのメリットを享受できるように支援していくとした。
単一プラットフォームの価値を訴求
イベントでは、製品開発への投資継続という約束の裏付けとして、VCFの新バージョンとなる「VCF 9」を発表した。サーバーやストレージ、ネットワークの仮想化機能などの統合に加えて、従来は別々だった各製品の管理コンソールや認証を統一し、運用を簡素化したことが特徴だ。
ブロードコム ポール・ターナー バイスプレジデント
ポール・ターナー・VCF部門製品担当バイスプレジデントは「(従来のようなコンポーネントごとの製品提供によって)アーキテクチャーがサイロ化した状態では、運用管理やセキュリティー、ビジネススピードの確保などのため、結果的にコストの増大を生んでいた。VCF 9はこうした課題を解決する戦略的な選択肢だ」として、プライベートクラウドの構築・運用に必要なさまざまな機能を単一プラットフォームとして提供するメリットを訴求していく考えを示した。
VCF 9は三つのレイヤーから構成する。アプリケーションの開発や運用を担うインフラレイヤーでは、タスクの自動化やリソースの最適な振り分けなど、運用負荷の軽減に焦点を当てた。アプリケーションの稼働を担う開発者インターフェースのレイヤーでは、仮想マシンやコンテナ環境の「Kubernetes」をネイティブにサポートしたり、AIや機械学習に対応したアプリケーションの利用を支援したりできる。
また、アドバンスドサービスとして、セキュリティーやロードバランサー、エッジ環境の管理・運用のほか、米NVIDIA(エヌビディア)との協業により24年5月に一般提供を開始した、VCF上でAIモデルの構築や運用を支援する「VMware Private AI Foundation with NVIDIA」などのサービスをVCF 9上に組み込めるレイヤーも用意した。
VCF 9のリリース時期は明確にはしなかったものの、現行のバージョンから容易にアップグレードできる仕組みを用意していく予定だ。
今後のVCF 9の提供後のリリースサイクルについては、9カ月ごとに機能面を強化するバージョンアップを提供するほか、四半期ごとにセキュリティーパッチを実装する計画だ。各バージョンのサポートは6年間を基本とし、有償での延長サポートも提供する。
ターナー・バイスプレジデントは「vSphereやvSAN、NSXはそれぞれ市場でリーダーポジションのプロダクトだった。これらを統合し、アップグレードのサイクルを統一したり、管理を統合したりすることで、アプリの迅速なデリバリーを可能にすることが重要だ」とし、今後もVCF上でのITインフラの運用を効率化するための開発に力を入れる考えを示した。
イベントではそのほか、ソフトウェアのデリバリーを支援する「VMware Tanzu Platform 10」も発表した。生成AIを利用したアプリの開発や、運用の効率化、安全の確保を支援する「Tanzu AI Solutions」などを実装していることが特徴。Javaの開発者が生成AIを搭載した機能をアプリに組み込むための仕組みや、生成AIモデル向けのオブザーバビリティー(可観測性)を確保する機能、VMware Private AI Foundation with NVIDIAとの連携をサポートする機能などを組み込んだ。TanzuとVCFとの連携にも力を入れており、開発者がセルフサービスで開発環境を構築し、迅速かつ安全にアプリを開発できるよう機能強化を続けている。
日本市場に丁寧な説明を継続する
ブロードコムがVMware製品の体系やライセンス形態を大幅に変更したことが、市場に大幅な混乱をもたらしたことは否めない。こうした変化に対する顧客の反応を同社はどう受け止めているのか。イベントに出席したシルヴァン・カザール・アジア太平洋地域ソフトウェア部門プレジデントと、ヴイエムウェアの山内光社長が日本の報道関係者の取材に応じた。
ブロードコム シルヴァン・カザール プレジデント
山内社長は買収に伴う製品体系の変化について、「(プライベートクラウドの推進といった)当社の方向性が明確になったことは評価されており、変化に対してもポジティブに受け止められている」と話した。また、製品体系がシンプルになったことで、パートナーは販売やシステム構築・運用のリソースを集中しやすくなり、市場開拓に向けた施策の幅も広がると理解を求めた。
ヴイエムウェア 山内 光 社長
サブスクリプションモデルへの変更については「VMwareはソフトウェアを永続ライセンスで提供していた最後の企業の一社だ。オンプレミスの環境であってもクラウドのような使い勝手のITインフラを提供できるVCFは、サブスクリプションと相性がいいだろう」とし、契約中は継続的にアップデートを提供するサブスクリプションモデルであれば、技術の更新に迅速に対応できることなどを訴求する。加えて、新たなライセンスでは、オンプレミス環境やハイパースケーラーが提供するパブリッククラウドの上であっても、追加費用なしでVCFを稼働できることもメリットとしてアピールした。
VCFは従来、大規模事業者向けに統合ITインフラ製品として展開していたが、買収後のライセンス体系などの変更により、これまで個別のVMWare製品を組み合わせて自社のITインフラを構築・運用してきた企業にとっては、運用の簡素化が図れると言える。カザール・プレジデントは今後の日本での商機として、「レガシーシステムのモダナイズを推進する波が来ていることがユニークな点だ。また、プライバシーやセキュリティーへの懸念が高く、全てのデータをパブリッククラウドに移すことを避けたい、品質の高いインフラを持続的に使いたいというニーズも強い。VCFによるプライベートクラウドの導入と相性がいい」と話した。
ただ、多くの中小企業にとっては、ベースのライセンス価格の上昇や、個別の製品の購入ができなくなったことで継続的な利用が難しくなり、他社製品への移行を検討している企業があるとの見方もある。この懸念に対しては、VMware vSphere FoundationといったVCF以外のエディションで、顧客が要望する仮想化環境に対応できるとしている。
カザール・プレジデントは「顧客やパートナーに買収後の変化に対応してもらうには時間を要するのは事実だ。しっかりと理解してもらうために、イベント以降も時間をかけて会話し、これまでのように単一の機能だけ使いという顧客に対しては、プラットフォームとして利用する方がより付加価値が高いということを丁寧に説明していく」とし、永久ライセンスを購入し、コンポーネントを一つ一つ組み上げる従来のITインフラの構築方法では、ビジネス環境の変化に対応する柔軟性が損なわれる点などを顧客に訴える構えだ。また、「この説明段階が終われば、顧客が離れていくことはないはずだ」と付け加え、VCFを中心とする新たな市場戦略に自信を見せた。