【米ラスベガス発】米ラスベガスで9月9~12日(現地時間)に開催された米Oracle(オラクル)の年次カンファレンス「Oracle CloudWorld 2024」。10日の基調講演でオラクルのラリー・エリソン会長兼CTOが、分散・マルチクラウド以外に時間を大きく割いた話題は、「AI」と「セキュリティー」だった。新たに発表された多くの取り組みを見ると、クラウドと同様に、競合にはない優位性を生かし、独自の路線を進む姿が浮かんでくる。
(取材・文/藤岡 堯)
ゼタスケールのインフラ
生成AIブームの過熱により、この領域での投資競争は激しさを増す一方だ。少しでも早く市場に投入し、優位に立つためには、生成AIに超高速で学習させ、実用性を高める必要がある。ただ、そのためには万単位のGPUによる巨大なクラスターが必要になるとも言われ、ユーザーが生成AIのワークロードを実行するためにも相当のインフラが求められる。
この流れの中で、オラクルは大規模AI開発インフラの担い手としての存在感を高めている。例えば、米OpenAI(オープンエーアイ)はAIインフラのキャパシティー拡張のために「Oracle Cloud Infrastructure」(OCI)を活用しており、米Microsoft(マイクロソフト)は検索サービス「Bing」の対話型検索にOCIを取り入れ、需要増加に対処している。
そのインフラ基盤となるのは、GPUを搭載したベアメタルインスタンスを中核に、RoCEネットワーク、HPCストレージなどで構成するAIインフラサービス「OCI Supercluster」だ。CloudWorldの会期中には、OCI Super
clusterの拡張が発表された。最大13万1072基の「NVIDIA Blackwell GPU」を搭載可能で、2.4ゼタFLOPSのピーク性能を実現。オラクルは「業界初となるゼタスケールのクラウド・コンピューティング・クラスタ」(ゼタは10の21乗を表す)と表現し、HPCの世界ランキング「TOP500」で現在首位の「Frontier」の3倍以上、ほかのハイパースケーラーの6倍以上のGPU数が提供できるという。
レオ・リャン GVP
米国時間の9月11日に実施されたセッションで、OCIなどのプロダクトマーケティングを担当するレオ・リャン・グループバイスプレジデント(GVP)は「現時点で市場には1000を超える大規模言語モデルがあり、今後も増え続けるだろう。私たちの目標は、そうした顧客やパートナーに必要なインフラを提供することだ」と述べ、AI開発を支える重要な役割を果たす姿勢を強調した。
アプリ開発の新たな方法論「GenDev」
CloudWorldでは、生成AIをシステム開発の現場で活用する新しい方法論が示された。OCIによるエンタープライズ向けアプリケーション開発において「Oracle Database 23ai」に組み込まれた複数のテクノロジーを掛け合わせ、生成AIによる開発支援効果を引き出す「エンタープライズ向け生成開発」(GenDev)である。JSONデータをリレーショナル表に格納・管理し、JSONドキュメントとしてアクセスを可能にする「JSON Relational Duality Views」、ローコード開発基盤の「APEX」、ベクトル検索機能の「AI Vector Search」などによって開発を簡素化するとともに、生成AI利用のリスクを軽減し、メリットを高める手法だという。
エンタープライズ向けアプリの問題の一つに、アプリが複雑になるにつれ、より多くのデータを共有する必要が生じ、構造がさらに複雑化する点がある。この課題に対しオラクルは、アプリを完全に独立した機能モジュールの集合体としてつくり上げることを提案する。JSON Relational Duality Viewsを使えば、アプリがデータを保存する方法と、アプリがデータにアクセスする方法を分けられ、モジュールごとにデータを持つことを避け、よりシンプルにデータを扱える。データの機密性や整合性、拡張性などはデータベースのレイヤーで一元的に担保され、エンタープライズ用途に応える信頼性も備えるとする。
また、23aiには、データが有する「意味・意図」を宣言できる仕組みが導入された。例えば、データベース内に「PC」というフィールドがあった場合、「Personal Computer」や「Private and Confidential」(親展)、あるいは「Payment Card」(支払いカード)など多様な意味が考えられる。23aiでは「PC」のフィールドにどのような意味があるかを宣言でき、AIが人間の意図に基づいてコードを生成しやすくする。APEXには、実装したい機能を自然言語で指定するだけでアプリの設計図を生み出せる機能を搭載。宣言型プログラミングのように「何をしたいか」を明確にし、かつ、それを自然言語で記述することが容易となった。
ホアン・ロアイザ EVP
10日に行われたGenDevに関する基調講演で、ホアン・ロアイザ・ミッションクリティカル・データベース・テクノロジー担当エグゼクティブ・バイスプレジデント(EVP)は「馬を車に置き換えるだけでは、車のメリットを最大限に享受できない。舗装道路のように車中心のインフラに変える必要がある。開発インフラを変えずにAIでコード生成を高速化することは、レースカーで馬の道を走るようなものだ」と例え、AIの効果を引き出すには、開発インフラそのものをAIを中心したかたちへと進化させる必要があると強調した。
AI開発関連のインフラ面だけでなく、自社ソリューションについても、データベース、IaaS、PaaS、SaaSと全方位でAIによる強化を図り、幅広い領域で顧客の業務を支援し、生産性向上に寄与する構えだ。
新たなネットワーク保護技術を提供へ
「オラクルはAIを活用して、クラウドのセキュリティーを10倍、100倍にも強固にできる」
エリソン会長は基調講演で、AIを中心とした自動化によるセキュリティー強化のメリットを繰り返し語った。この中で強調されたのは、ネットワークセキュリティーの「Zero Trust Packet Routing」(ZPR)だ。米Applied Invention(アプライド・インヴェンション)が開発した技術をベースとし、ネットワークアーキテクチャーとセキュリティープロトコルを分離し、人間の設定ミスに起因する攻撃・事故を防ぐ試みだ。
一般的にファイアウォールなどのネットワークセキュリティーはネットワーク設定に密接に関わっており、人的エラーによってぜい弱性が生じる恐れがある。特にクラウドではアプリケーションの導入やスケーリングの操作などによってネットワーク構成が頻繁に変わることもあり、危険性はより大きい。
ZPRは人間が認識可能な自然言語で定められたポリシーに従って、組織内のリソースやインスタンスにタグ、属性を付与し、ネットワーク内のすべてのトラフィックを監視する仕組みで、ネットワークの構成に関係なく、ポリシーに反するトラフィックはブロックされることになる。エリソン会長は「全く新しいネットワークセキュリティーシステムだ」と話した。
エリソン会長はネットワーク以外にもデータやアプリ、ユーザーIDに対してもAIなどによるセキュリティー強化が重要との見方を示した。データベースやアプリに関しては、チューニングからパッチ適用、アップデート、メンテナンスなどを自律的に実行する「Autonomous Database」を挙げ、25年までに自社のすべてのアプリをAutonomous Databaseへ移行すると明かした。またAPEXによるコード生成によって、プログラムの脆弱性を手作業に比べて抑えられるとし、ユーザーIDに関しては、パスワードは「時代遅れで危険」として生体認証がより効果的であると指摘した。エリソン会長はこれらの要素を組み合わせることで「ほとんどの深刻なサイバー攻撃は阻止できる」とし、クラウドセキュリティー領域におけるオラクルの価値をあらためてアピールした。
UX、UIをよりシンプルにし顧客に支持されるシステムにSuiteWorldも開催
CloudWorldに合わせ、オラクルのクラウドERP「Oracle NetSuite」のプライベートカンファレンス「SuiteWorld 2024」が開催され、AI機能のアップデートをはじめとしたソリューションの最新動向が紹介された。エバン・ゴールドバーグ・Oracle NetSuiteエグゼクティブ・バイスプレジデント(EVP)兼創業者は基調講演で、過度に複雑化したテクノロジーは顧客の成長を阻害すると指摘。一方で「AIは皆さんを迅速かつ効率的に成長させる能力をさらに高めている」とし、複雑なシステムのユーザー体験(UX)をAIによってシンプル化し、顧客により支持されるシステムを目指すとした。
エバン・ゴールドバーグ Oracle NetSuite エグゼクティブ・バイスプレジデント(EVP)兼 創業者
拡充されたAI機能については、財務上の例外をAIで自動検出し、リスク軽減に貢献する「Financial Exception Management」、自然言語インターフェースを介してAIがワークブックから情報を抽出し、レポートを作成する「SuiteAnalytics Assistant」といった業務に直接関係する機能のほか、AIが生成する応答の形式やトーンなどの詳細を設定できる「Prompt Studio」、生成AI機能をNetSuiteの拡張機能やカスタマイズに組み込める「SuiteScript」のように、AIの活用方法を広げる仕組みも多く含まれている。いずれも日本での提供時期は具体化していないが「できるだけ早い段階で持っていきたい」(ゴールドバーグEVP)とした。
基調講演後の会見でゴールドバーグEVPは「人間が対話によって進化したように、コンピューターとも対話できるようになれば、複雑なシステムは利用しやすくなる。AIとの対話は必ずやベストなインターフェースになる」と話した。今回の製品強化はその考えに基づく進化だとし、「究極的な目標はAIを使うことではなく、ベストなUXを提供することだ」と、UXを重視する姿勢を改めて鮮明にした。
AI以外では、オラクルのアプリケーションにおけるルック・アンド・フィールに関するデザインの標準となる「Oracle Redwood Design System」をNetSuiteのアプリ全体に展開する方針も示された。ゴールドバーグEVPは従来の製品にはUIやUXの面で課題があったとした上で、Redwoodの導入は「私たちにとって、(顧客が)『使いたい』と感じてもらうシステムにするための、大きな飛躍となる」と話した。
Netsuiteは幅広い領域でオラクルとの協力関係を深めており「オラクルとの協力関係はNetSuiteの顧客にとって大きな可能性を秘めている」(ゴールドバーグEVP)とも語った。