AIの社会実装が広がる中、第一次産業でのユースケースが盛り上がりを見せている。人手不足や物価高騰などを背景に、第一次産業ではテクノロジーによる業務改善が急務となっている。ITベンダーはさまざまなプレイヤーと協業しながら、社会課題の解決に取り組んでおり、酪農、林業、水産業と幅広い分野で具体化しつつある。
(取材・文/藤岡 堯、大畑直悠、大向琴音)
BIPROGY 広島大学 広島県
多様なデータから牛の乳量を予測
BIPROGYは広島大学、広島県とともに、AIによる牛の乳量予測に取り組んでいる。「畜産データプラットフォーム」と呼ぶ基盤を活用して、牛舎内に設置した機器やロボットなどの多様なデータを一元化し、AIが分析して1~2週間先の乳量を提示。酪農家は予測に基づき、牛舎の環境や餌などで対策し、安定生産につなげることができる。2025年4月からは県内の酪農場で実証実験を開始し、精度検証を進めており、26年度内の実用化を目指している。
今回の取り組みでは、牛舎内の個体監視センサーや、送風機、ミスト噴射機をはじめとする機器、掃除や、「餌寄せ」作業、搾乳などを担う各種ロボットといったエッジデバイスから、APIを通じて自動的にデータを収集。牛舎内だけではなく、外部の気象データなども組み合わせて、プラットフォーム上でAI分析まで実行する仕組みを構築した。集めるデータは、行動時間分析、牛の体重・体尺推移、実乳量、飼料摂取量、採食時間、飲水回数、搾乳回数、乳質、相対湿度、送風ファン回数など多岐にわたる。
基盤技術にはBIPROGYが提供する空間認識プラットフォームサービス「BRaVS Platform」を利用している。プラットフォームからは各機器の監視や制御も可能で、担い手不足が続く酪農現場の改善にもつなげる。加えて「iPad」で写真を撮影するだけで、牛の大きさや重さを推測できるアプリケーションも用意し、「スマート酪農」の具体化に貢献する。
乳牛は、気温や湿度、季節変化、飼料など、さまざまな外的要因でストレスを感じると、ホルモン分泌量が変化し、乳量や乳脂肪率が低下するとされ、牛舎の環境管理は効率的な生産のために重要と言われている。ただ、どれほど気温が高くなると、どの程度乳量が減るのかといった具体的な数字は検証されておらず、経験や勘で対応しているケースがほとんどだという。
BIPROGY
武井宏将 上席スペシャリスト
4月からの実証では、具体的な関係性を「統計解析、機械学習などの手段でさらに詰めていく」(BIPROGYプロダクトサービス本部第四部の武井宏将・上席スペシャリスト)ことになる。どの要因が、どの程度乳量や乳脂肪率に影響するかを高精度で把握できれば、牛舎内の温度や牛に与える栄養補助剤の量などの対策をより細かく対応でき、実効性がさらに高まるとみている。
実証を終えた後は、まずは広島県内での普及を進め、将来的には全国へ広げたい考えだ。一方で、酪農家は経営的に苦しい事業者が多く、一時的には自治体の補助金などが利用できたとしても、継続的に利用料を徴収するビジネスモデルの展開は難しい面がある。BIPROGYでは直接的な利用料に頼らないビジネスのあり方を模索しており、サービスイノベーション事業部ビジネス一部の三善直樹氏は「例えば、酪農関係の企業から広告を募り、広告料でクラウド基盤を維持するといったことが挙げられる。今のうちから次のステップを考えなければならない」と話す。
BIPROGY
三善直樹氏
肉牛や豚、鶏といった乳牛以外への応用についても、ストレス要因の分析をはじめ、ある程度の研究が必要になるものの、「データが集まりさえすれば、技術的には全く問題なく、畜産全体のプラットフォームのようなものも可能」(三善氏)という。その上で「まずは酪農の予測が成功しない限りは先には進めない」とも述べ、広島での実証の成果を見極めたい考えだ。
日立システムズ
人工林の管理を効率化
日立システムズは3月、森林の状態を可視化するサービス「森林調査DXサービス」の提供を開始し、林業の支援を進めている。AIを用いて森林データを解析し、企業などが森林の保護・植林などで生まれた温室効果ガスの削減効果をクレジットとして発行し、取引できるようにする仕組み「カーボンクレジット」を活用する際の証跡にできる点が強み。全国への販売網を生かして人工林を管理する自治体や森林組合などに販売する。
森林調査DXサービスはドローンでの測量から解析データの作成、AI解析ソフトウェアによる植生状態の把握までをワンストップで提供する。ドローンは写真データに加え、レーザーを用いた測量技術である「LiDAR」を使ったデータも取得する。
AI解析ソフトウェアは、日立システムズが特約店契約を結んだ、森林解析技術の開発を手掛けるスタートアップDeepForest Technologiesの製品を利用する。樹木1本あたりのサイズや体積、種類に加え、CO2固定量まで把握できる点が特徴で、長期的な森林管理の計画に寄与できるとともに、将来的に創出できるカーボンクレジット量の推定にも使える。
日立システムズ
宮本裕樹 主管技師
AIでの森林環境の把握は、業務効率化や標準化による人手不足への対応に加え、林道の整備にも有効だとする。日立システムズ金融DX事業部(Digital Transformation)第一本部グリーンゲートウェイサービス部の宮本裕樹・主管技師は「放置林が増える要因の一つは、資材の搬出入に必須な林道から遠い場所に人手を加えづらいことだ。(サービスで)地形の把握も可能になるため、林道を通す場所を検討できるようになる」と紹介する。転落や滑落の危険性がある傾斜地などを把握するのにも役立つという。
近年では、適切な経営管理が行われていない森林を対象に市町村が仲介役となり森林所有者と管理の担い手をつなぐ「森林経営管理制度」の開始や、カーボンニュートラルの意識向上などを背景に、整備されていない森林での間伐、保全活動が活発化しているという。
金融事業グループ事業企画本部金融サステナブルトランスフォーメーション事業企画部の北出晃人・部長代理は「販売ターゲットとなる人工林は国内で約800万ヘクタール、森林組合は600以上ある。(ドローンやAIといった)使ったことのないテクノロジーに対する抵抗感が多少はあったとしても、それを使って課題を解決したいという姿勢を見せる林業従事者の方が多い」と話し、市場のポテンシャルは高いとの認識を示す。
今後は、カーボンクレジットの創出から取引までの支援ができるようにサービスを拡充する方針だ。また、生物種の保全を支援する機能の開発も計画している。
日立システムズ
北出晃人 部長代理
北出部長代理は「当社は数年にわたって森林組合と連携しながら林業に詳しいSIerとなってきた」とした上で、新サービスを「林業発展と生物種保全、脱炭素推進のいずれも取り残さずに森林を管理できるデジタルサービスへ発展させたい」と意気込む。
富士通 ソノファイ イシダテック 東海大学
超音波で冷凍魚の脂のりを検査
富士通と、スタートアップのソノファイ、食品加工機械を製造販売するイシダテック、東海大学は、冷凍ビンチョウマグロの脂のりを判定するAIを搭載した自動検査装置「ソノファイT-01」を共同開発した。従来は人に依存していた作業を自動化することで、効率化や選別の質の向上、作業員の安全性確保などが期待できる。6月から国内販売を開始し、水産加工業や漁協を中心に、今後5年間で100台の提供を目標とする。グローバルでの展開も進める姿勢だ。
「ソノファイT-01」による判定の様子。
中央部で魚に超音波を当て、分析結果が外部モニターに示される
冷凍マグロの選別では、切断した尾の断面から、専門家が目視で脂のりなどを評価する「尾切り選別」が一般的となっている。しかし、尾切り選別は危険な作業を伴い、多くの人手や時間、高い専門性が必要であるため、流通・加工の過程で、全ての冷凍マグロを対象に調べることが難しく正確性にも課題があった。
超音波解析AI技術を有する富士通は、マグロの食味に関する研究に知見を持つ東海大学と22年4月から共同研究を開始。超音波検査は、マグロに超音波を当て、反射データを読み取る仕組みだが、冷凍物は超音波が通りにくい上、反射データにノイズが多いため、解析が困難とされていた。富士通と東海大学は検査に適した周波数を発見し、AIでノイズによる影響の抑制も実現。23年12月には尾切り選別以上の正解率でビンチョウマグロの脂のりを判定することに成功していた。
一方で、実用化に向けた装置開発のノウハウに乏しかったことから、食品製造機器に強みのあるイシダテックとの協業によって、具体的なビジネスへと落とし込んでいった。イシダテックは市場に対してよりスピーディーに動けるよう自社から独立・分離させるかたちでソノファイを設立。ソノファイには富士通から超音波解析AI技術のライセンスが供与され、これを基にソノファイがイシダテックにハードウェア製造を委託する。富士通にはライセンス料のほか、ソノファイの新株予約権が交付される。
ソノファイT-01は、食品衛生に配慮したステンレス素材製で、装置内に超音波解析AIが搭載されている。10~20キログラムのビンチョウマグロを対象に、冷凍物を尾切りすることなく検査できる。従来の脂のり判定と比較して、かかる時間は最大80%程度短縮できるとした。選別作業の自動化・高速化が可能となるほか、人手の問題で難しかった全数検査も実現する。職人より高い精度での目利きや、同一基準での検査が可能となるほか、危険な作業が減るため作業員の安全にも貢献できる。
現状の用途はビンチョウマグロの脂のり判定だけだが、鮮度や、硬さ・粘り気といった身質などの判定機能を追加機能として搭載を予定する。対応魚種も増やす方針で、具体的には、26年度にキハダマグロとカツオ、27年度にはメバチマグロを追加するロードマップを示している。
ソノファイ
石田 尚 社長
ソノファイの石田尚社長(イシダテック社長)は「水産業の持続的な発展に寄与できる機能が多く出てくるだろう。例えば、水産資源管理や、生産管理・トラッキング、ブランディングや認証にも活用できると考えている」とし、水産業発展にも貢献する姿勢を見せた。