年の瀬が迫り、人の移動が激しくなる師走。道路の渋滞や、観光地・商業施設の混雑を実感することも多いのではないだろうか。データとテクノロジーの力で人の動きを可視化できれば、ビジネスや施策の最適化につながり、社会へのインパクトは小さくない。技術は、災害時の混乱回避といった課題解決にも一役買う。人流や位置情報にフォーカスして価値を生み出すソリューションを扱う3社を取材した。
(取材・文/下澤 悠)
KDDI
ビッグデータ生かした豊富なソリューション ユースケース広め、価値の訴求続ける
スマートフォンなどの位置情報を基にしたビッグデータを保有するKDDI。端末ユーザーの同意を得た上で取得した全国数百万人分のGPS位置情報をベースに、匿名性を十分に高めたうえで加工したデータを用いた、さまざまなソリューションのラインアップを用意している。
一番の売れ筋は、ユーザー企業自身がWeb上のUIを操作しながら、性別や年齢、居住地別などで来訪者数を表示して分析できる「KDDI Location Analyzer(KLA)」だ。GPSの位置情報だけでなく国勢調査などのデータも組み合わせており、2018年から最短で3日前までのデータを参照できる。“鮮度”の高いデータを提供していることに加え、他社に先駆けて事業を始めたため、保有するデータの期間が比較的長いのが特長だという。CSV形式でデータ自体を提供して、ユーザーサイドで分析を行う「KDDI Location Data」もあり、企業の要望に合わせてサービスを提供できる。
24年8月からは、マーケティングや各種予測、店舗開発業務などを幅広く支援するサービス「KDDI Retail Data Consulting」の提供を始めた。スマートフォンのアプリから収集する行動傾向、興味・関心や決済のデータといった幅広い情報を位置情報に加え、ユーザー企業側が持つ会員や商品などのデータと組み合わせて分析。ビジネスを前進させる提案につなげる。ほかには、車の走行情報であるプローブデータと人流データなどを組み合わせ、さまざまな観点で事故リスクを可視化できるツール「交通安全インサイト」なども手掛ける。
小売りや飲食業、広告業、建設業など幅広い業界に向けて展開しており、ユースケースとしては、集客が期待できる場所へ出店計画を立てるときや、建物の出入り口の位置を決める際などにも利用される。企業だけでなく、街づくりや都市計画のために自治体で利用されるケースも多い。
販売の50%前後は、コンサルティング企業や地図システムを扱うベンダーなど約20社のパートナーが担う。KLAの再販のほか、データをパートナーのソリューションに載せて提供したり、パートナーがデータを購入して分析した結果をその顧客に納品したりする。
(左から)KDDIの佐々木黄菜チームリーダーと石橋弘志グループリーダー
こうした携帯電話の位置情報を利用したデータは、一般的に価格が高いという指摘がある。プロダクト本部AIビジネス企画部データビジネス2グループの石橋弘志・グループリーダーは、「確かに高い傾向はあるが、データ自体に(価格に見合う)価値があるとまだ認識されていない面もある。今は、自治体などはエビデンスに基づいて計画を立てるようになっており、そこでわれわれのデータを使ってもらえる場面は多い」とする。同社は今後もユースケースの紹介に力を入れるなどして価値を訴求する方針だ。同グループの佐々木黄菜・企画推進チームリーダーは「伸びる市場だと予測している。しっかりと魅力ある商品をつくっていきたい」と意気込む。
ジオテクノロジーズ
ポイ活アプリ通じた人流データ取得 ユーザーへの直接アンケートも可能
カーナビ向けの地図データの作成や、企業向けの地図データベース「MapFan DB」などを手がけるジオテクノロジーズは、スマートフォンでポイントをためられる「ポイ活」アプリを通じた人流データ事業を展開している。アプリのアクティブユーザー約215万人のデータを保有しており、国内人口の約2%をカバーする。八剱洋一郎社長は、「ユーザーは実際の人口分布とほとんど同じ割合で全国に居住している。同意を得た上でさまざまな属性情報を集め、頻繁に位置情報を取得しており、アプリを通じたユーザーへのヒアリングなども可能だ」と強みを解説する。
ジオテクノロジーズ
八剱洋一郎 社長
同社のデータの源となるアプリは、20年にリリースした「トリマ」。ユーザーは登録時に性別や年代、家族構成などの属性情報を入力し、自身が移動することによってポイントを得られるというインセンティブがある。同社が外部にそれらのデータを提供する際には、統計化して個人が特定されないように加工をしている。
同社の人流データの表示例
企業は、地域や訪問場所などの条件を満たすトリマのユーザーに宛てて、ピンポイントでアンケートを送れる。例えば、その場所に来た理由や、店舗を訪れたユーザーが商品やサービスの価格をどう感じたかなど、細かな質問を聞くことができる。応じてくれるユーザーに報酬を提供することで回答率を上げる工夫をしており、おおむね10~20%ほどのユーザーが回答するという。企業はこれらの結果をビジネスや施策に生かすことができる。
また、頻繁にユーザーの位置情報を取得しているため、ユーザーがどのように移動したのかが詳細に分かるという。データは大学などの研究機関や自治体、企業などに提供。企業は店舗への集客などに活用し、学術機関では防犯につなげるための研究に生かされる例などがある。イベントなどの経済効果を測る際の活用でも需要が底堅い。八剱社長は「例えば、コンサートのために地域に5万人が飛行機で来たのに、そのまま帰られてしまうと経済効果は少ない。訪問客が寄り道や買い物をしてくれるためにはどうしたらいいか、検討するためのデータのニーズは高い」と指摘。訪問者が5万人なら、1000人ほどは同社のアプリユーザーがいると考えられるため、さまざまな効果の測定が可能で、かつアンケート機能は分析の核になるという。
人流データに関する事業が同社の売り上げに占める割合は数%程度だが、「今後は伸びていくと思う。まだ始めたばかりだが、いろいろな場でお使いいただいている」(八剱社長)と期待を寄せる。
バカン
混雑可視化のプラットフォーム提供 全国の避難所や投票所でも活用
16年創立のスタートアップであるバカンが提供するのは、混雑状況を可視化して施設の運用改善を支援するソリューションだ。現地に設置したセンサーで人流データを取得するところから、解析を経て可視化まで一連のプロセスを一元的に扱えるプラットフォームを持つ。混雑状況をサイネージやWebサイトを通じて施設利用者らが確認することができ、行列を解消したり回転率を良くしたりすることにつなげられる。
バカン
田巻 流 執行役員
開発本部本部長の田巻流・執行役員CTOによれば、「(データを収集するために)『どのセンサーやカメラを使うか』ということにはこだわっていない」点が他社にない強みだという。業界では特定のデバイスにしか対応しないシステムが多い一方、同社のプラットフォームは映像を収集するIPカメラや入退場センサー、ドアなどの開閉が分かるマグネットセンサーのほか、人の動線を追える3D LiDARなど、顧客にとって最適な機器を選んでデータを取り込むことができる。基本的なデバイスのラインアップは同社からも提供できるよう用意しているが、他社が扱うシステムからデータを連携して活用することなども可能だという。
田巻執行役員は「『このデバイスを使って』とパッケージで売るケースはよくあるが、当社は違う。コンサルのように支援策を提案できるので、課題を抱える顧客にとっては『とりあえず相談できる』相手だと思う」と自信を見せる。
人が多く集まる商業施設やトイレのほか、宿泊施設の食事会場や大浴場、飲食店、イベント会場など、展開先は幅広い。例えば、観光地内の駐車場がどれくらい待つ必要があるのか、またいつなら比較的空いているのかなどを伝えることができ、全体的な混雑分散につながるという。「店舗なら、混む時間が分散することで購買のタイミングや売り上げを増やすことにつながるだろう」(田巻執行役員)と、ビジネスを後押しすることが可能だ。
同社のソリューションは2万カ所以上の場所で活用されているが、うち1万3000カ所ほどは災害時に地域住民が利用する避難所だ。特に新型コロナウイルス感染症が流行した頃から、避難所の混雑を避けるためにニーズが拡大したという。加えて、選挙の投票所向けにも混雑緩和の需要があり、企業だけでなく全国で自治体を顧客として抱えている。
現在は施設に限らず、より広域な観光地など地域のマネジメントにも取り組んでいる。各観光スポットがいつ空いているかなどを観光客に知らせたり、回遊を促進したりして、観光資源を有効に活用し、訪れる人の満足度の向上につなげる。