日本郵便は「住所のDX」を掲げ、既存の住所をコード化して多種多様なサービスで活用する「デジタルアドレス」の普及に取り組んでいる。1月には、業界の枠を超えた七つの企業・団体とともに共創コンソーシアム「デジタルアドレス・オープンイノベーション」を発足させた。デジタルアドレスは住所のあり方をいかに変え、社会にどのような価値をもたらすのだろうか。
(取材・文/藤岡 堯)
英数字7桁のコードに
デジタルアドレスは英数字による7桁のランダムコードで、日本郵政グループの共通顧客ID「ゆうID」に登録された住所にひもづき、その組み合わせはおよそ783億通りに及ぶ。ランダムコード自体は住所ではなく個人のIDごとに発行されるため、同じ場所に住む家族などでも、別々のデジタルアドレスを取得できる。現時点では個人を対象にしているが、今後、早い段階で法人の利用も可能となる見通しだ。デジタルアドレス自体には住所や利用者の情報が含まれていないため、プライバシーも担保されている。
利点は多岐にわたる。例えば、ECサイトなどWeb上で住所を入力する際の簡略化を図れる。大量の書類に住所を手書きする必要がある場合でも、提出先がデジタルアドレスに対応していれば、負担を軽減できる。引っ越しに伴って住所が変わっても、ゆうIDの登録住所さえ修正すれば、同じデジタルアドレスを引き続き使えるため、変更手続きの手間も減らせる。
デジタルアドレスは2025年5月にサービスを開始し、併せて、「郵便番号・デジタルアドレスAPI」もローンチした。事業者がAPIをWebサービスや業務システムに組み込むことで、エンドユーザーが入力した郵便番号やデジタルアドレスから住所情報を取得できる仕組みを整えた。
西郷佐知子 担当部長
サービスの開発経緯について、日本郵便のDX戦略部の西郷佐知子・担当部長は「住所にまつわる、さまざまな“苦痛”があった」と語る。西郷担当部長は日本郵政グループと資本・業務提携を結ぶ楽天グループから21年に出向しており、以前は楽天市場の事業に関わっていた。その際にユーザーによる住所記入の不備を起因としたトラブルや、出店店舗の住所管理の難しさなど、住所に関わる課題を経験。自身としても、子育ての中で住所の手書きを何度も求められるなど、住所にかかわる不便さを体感していた。
他方で、日本郵政グループへの参画以降、郵便事業の大きなアセットである住所を生かした新規事業の可能性も感じており、ゆうIDを活用した新サービスを議論する中で、住所がもたらす苦痛を解決する方策として、デジタルアドレスのアイデアがかたちづくられていったという。
プラットフォーマーへの変革
日本郵政グループにとって、デジタルアドレスを推進する意義はどこにあるのか。西郷担当部長は二つの方向性を挙げる。
一つは郵便事業の高度化だ。郵便事業は、全国約3000万カ所へ毎日配達する大規模なインフラ事業であるが、郵便物の仕分けや配達といった人力に頼る作業が多く、デジタル技術による効率化の余地が大きい。ただし、西郷担当部長が「全てがデータ化され、処理されていく世界の中で、文字列で記される住所は取り扱いにくい」と指摘するように、デジタル世界に住所を持ち込むには、なんらかの方法で住所をデータとして使えるようにしなければならない。
データ化するには、住所をユニークなかたちで正規化する必要があるものの、既存の状態では難しい。それは住所の表記がさまざまな理由によってゆれてしまうからだ。簡単に言えば、「BCN市1丁目1番1号」という住所の場合、「BCN市1丁目1の1」「BCN市1の1の1」「BCN市1ー1ー1」といったように、人によって表記が変わってしまう。また、住所に関する制度の都合上、同じBCN市内に「BCN市1番地1」が混在する可能性があり、「BCN市1」の表記が1丁目を指すのか、1番地を意味するのか判断がつきにくい。
デジタルアドレスであれば、文字列で示された住所を一意のコードとして表現できるため、仕分けのAI処理やロボットによる配送といった自動化の可能性が広がる。このように、郵政グループの土台となる郵便事業に大きな変革をもたらすポテンシャルがある。
さらに重要な点として、西郷担当部長は「プラットフォーマーになれる」ことを挙げる。デジタルアドレスは日本郵便が発行主体であり、APIの提供も担う。チャットツールや電子決済ツールのように、消費者や事業者が集うプラットフォームによるビジネスは大きな可能性を秘めている。住所という郵便事業のアセットの力をデジタル技術によって最大限に引き出す取り組みは、まさにDXであり、「事業モデルの変革につながる」(西郷担当部長)。郵便・物流に並ぶ新たな事業の柱が求められている中で、デジタルアドレスには大きな期待が寄せられているのである。
社会貢献の面でもデジタルアドレスが果たせる役割がある。一例として、ガス会社は火災発生時に火元となった住居のガス供給を止める必要があるが、提供された住所が表記ゆれなどで不正確だった場合は対応が遅れかねない。別の例では、災害時にデジタルアドレスを持っていれば、避難所の住所をデジタルアドレスにひもづけることで、被災者がどこに避難しているかを迅速に特定できる。
成長に向けては、デジタルアドレスを取得するユーザー、APIを活用する事業者双方の開拓が急務だ。日本郵便では、さまざまな業界のリーダー企業にデジタルアドレスを活用してもらい、ユースケースを集積することで、その有用性を広くアピールする考えだ。
共創でユースケースを磨く
産学官が連携して発足したコンソーシアムでも具体的な活用事例の共創・実証は主要な取り組みとなる。共創のテーマは大きく二つに分かれる。「機能別テーマ」では、デジタル庁が整備する、住所・所在地の標準化されたマスターデータベース「アドレス・ベース・レジストリ」と連携し、表記・表現が統一化された住所を社会共通で活用するための手段を検討する。また、緯度・経度など住所以外の情報を付与するなど、より利便性を高める手段も探る。「産業別テーマ」では、業種固有の住所課題を抽出し、実証実験を通じて社会への実装を目指す。4月以降に本格活動を開始し、追加パートナーも募る予定だ。26年度は「EC・物流」「金融・保険」「宿泊・観光」の各業界を重点的に取り上げ、議論を深める方針を示している。
コンソーシアムの発足発表会に出席した参画企業の代表者
発足時に参画した企業・団体は日本郵便のほか、アパグループ、アフラック生命保険、GMOメイクショップ、セールスフォース・ジャパン、Packcity Japan(宅配便ロッカーの「PUDO」を運用)、楽天グループ、東京大学。総務省やデジタル庁はオブザーバーの立場で関わる。
アパグループはすでに自動チェックイン機での対応を開始しており、宿泊客はチェックイン時に宿泊者名簿にデジタルアドレスを入力するだけで、正確な住所情報が自動で記入され、チェックイン時間の短縮につながっている。GMOメイクショップはECサイトの構築サービスにデジタルアドレスを導入し、住所入力の手間の削減、EC事業者の効率化、配送ミスの削減に貢献している。セールスフォース・ジャパンでは、CRM領域を中心にデジタルアドレスを通じた住所DXを推進したい考えで、Packcity Japanについては、PUDOにデジタルアドレスを付与し、ユーザーがロッカーの所在地を把握しやすくする狙いだ。楽天グループでは26年春にも楽天市場へのデジタルアドレス導入を予定する。
1月23日の発足発表会には各社の代表者が出席し、コンソーシアムを通じたデジタルアドレスの浸透に意欲を示した。日本郵便の小池信也社長は「社会のデジタル化が進展する中で、住所を起点とした業務や手続きのあり方は必ずしも最適化されていない」と言及。その上で「コンソーシアムは住所にまつわる諸課題を共有して解決に向けて検証し、次につなげる共創の場だ。社会にとって望ましい住所のあり方を一つ一つかたちにしたい」と抱負を述べた。
社会実装を進める上では、APIを活用したシステムを構築するITベンダーへの期待も大きい。小池社長は発表会で「ユースケースを通じて、(APIを)どのように改良していくべきか見えてくるだろう。その点を踏まえて、SIerにお声掛けをするなどして、コンソーシアムを拡張していきたい」と語った。
西郷担当部長もサービス開始以降、多様な企業・団体と対話を重ねる中で「さまざまな場面で使われている住所が、ゆれのないデータとして共有できるとなれば、いろいろな処理や、AIを使った新しいことなどができる可能性が広がることが分かった」とし、ITベンダーにとっても活躍の機会は多いとみる。
その上で「SIerの皆さんは業務を通じて住所がマルチバイト文字であることの苦しさを理解されていると思う。住所に関わるプロダクトを手掛けていた人であれば、そのペインポイントが分かるはず。それを解決するため、事業者側からデジタルアドレスを広めることに協力いただければ嬉しい」と呼び掛ける。