日本有数の高速ネットワークインフラ環境を誇る三重県。光海底ケーブルの陸揚げ地域という利点を差し引いても、やはり北川正恭知事のリーダーシップは瞠目すべき点がある。「インフラは前提として必要な設備だが、重要なのは、その後のソフト、サービス」と北川知事は言う。三重県にとって高速インフラ環境構築は当然の施策。その環境をベースに、民間企業との積極的な連携で多数の実証実験を推進する。「失敗の連続だが、失敗を繰り返す覚悟も必要」とめげない。
まず県庁自身を改革、県内インフラも整備
──政府によるe-Japan計画推進の動きをどう評価しますか。
北川 日本全体を最先端のIT国家にする、という動きに対しては大賛成です。三重県でも、より早く、大きく、深く計画を進行するつもりです。ただ、総論では大賛成ですが、各論ではさまざまな問題が出てくることも確かです。そろそろ各論を本格的に煮詰める時期にきていると思います。
また、傾向としては公共投資を削減する動きもあるのですが、最初の段階では大規模な公共投資は必要だとの認識をもっています。というのも、インフラが整わなければソフトもサービスもないからです。1人1台パソコンが行き渡る必要もあります。大枠の環境整備がまずは必要でしょう。三重県庁では2000年6月の時点で1人1台のパソコン環境が整いました。
情報ハイウェイを構築し、行政の縦割り構造を排除し、地方とのコラボレーションを推進していくなど、これらは例ですが、国全体の構造を同時に変革しながら進めていくことが重要になってくるのではないでしょうか。
──三重県の電子自治体への取り組みはどのような段階にあるのでしょうか。
北川 まずは県庁自身が変わらなければなりません。パソコンを1人1台配置し、県庁職員の教育を行っている最中です。各課はグループウェア環境を構築し、決裁などはネット上で行えるようになりました。従来はすべて庶務課を通していたのですが、どうしてもワークフローが鈍重だった感がありますね。また、昨年末には庁内LANネットワークを最大100Mbpsのブロードバンド環境にするなどの取り組みを行っています。
県内の状況ですが、現在県内にある民間ISP8社(CATV会社など)とジョイント事業を展開し、ブロードバンド網の構築を行っている最中です。三重県はCATVが普及しており、昨年末で85%のカバー率を誇ります。02年には95-100%を目指す予定です。このようなインフラ事業はサイバーベース・プロジェクトとして推進しています。
このインフラ環境にソフトを載せなければなりません。今、NTTコミュニケーションズ(NTT Com)やサイバーウェイブジャパン(CWJ)、日本ボルチモアテクノロジーズ、ドリーム・アーツ、ミラクル・リナックスの5社で電子商取引の基盤となるブロードバンド認証プラットフォームの実証試験を共同で実施しています。
この実証試験は、IPv6に対応した三重県下のCATV事業者8社の提供するブロードバンドネットワークを基盤に、県内のCATVユーザーに向け電子商取引(BtoBおよびBtoC)環境を提供するものです。CWJのデータセンター内に認証局を設置し、ユーザー認証を付与することで、安全で利便性の高い認証プラットフォームの実現を計画しています。
──三重県は民間企業との連携が多い印象があります。
北川 県の予算は限られています。それに県だけで全てを行えるわけでもありません。民間企業とのコラボレーションで、予算を浮かすことができるのです。
従来、県は民間企業を監督する管理型の業務を行ってきましたが、今後は経営型へシフトしなくてはやっていけないでしょう。できるだけ県の予算をソフトの分野に回すためにも、民間企業との連携は必要だと考えています。
──CATVのカバー率は85%ということでしたが、実際の利用率はどの程度なんでしょうか。
北川 県民の40%、28万世帯がCATVに接続し、CATVインターネット接続は5万世帯弱でしょう。
──ADSLについてはいかがですか。
北川 ADSLはCATVに次ぐ勢力です。ただ、山間部が多く、ほとんどが町村という地勢なので、CATVの方が優位なのです。将来的には過疎地域はCATVで、市レベルの民間ISPが競争するような地域はADSLになっていくでしょう。
02年、庁内IT化を完了、次は市町村の牽引役に
──全国の県単位でも自治体の業務IT化、つまり電子自治体化ですが、これに四苦八苦している状況です。市町村レベルではその傾向はなお顕著です。県および市町村が独自に行うのではなく、少なくとも市町村を県が牽引するという構図があれば、スムーズに行くような気がします。
北川 三重県庁で1人1台のパソコン環境を実現させたのは、実は市町村にこの動きに追随して欲しいからです。三重県の動きが市町村の動きを牽引するようになって欲しいというのが実状なのです。
三重県庁では、少なくとも縦割りの構造を廃止しようと、98年にグループ制を導入し、部・課単位ではなく、すべて政策単位で業務を動かす体制に移行し始めました。これは庁内のIT化がほぼ完了する02年で完全に移行する計画です。つまり、BPRですね。ペーパーとペーパーレスが混在する環境をまずは撤廃してしまおうということです。次長や課長などの役職も廃止してしまう考えです。
三重県の2大戦略は、政策推進システムの構築と行政経営品質向上活動の2つです。これらのBPRをITをベースに行う。その結果、ペーパーレスとなり、ナレッジの共有が実現し、業務の効率化につながる。それを6-7年前からやっています。このような動きが市町村の動きを牽引できればいいと考えています。
──そのような動きに付いていけない市町村も出てきそうですが。
北川 これまで県・市町村といった自治体は低いレベルにすべてを合わせてきました。「(すべての)県民を」満足させるのが最重要課題というわけでしたが、今後は「県民が」満足しなければならない。われわれが高みから県民あるいは市町村民を見るという構図は間違っています。サービスを向上させるには、競争原理を導入する必要があります。結果的に、サービスの質は高みに合わせる必要性が出てくるのです。
──高レベルを目指すと、さまざまな失敗もありそうです。
北川 試行錯誤の連続ですよ。失敗もたくさんしています。ほとんどが失敗といっても良いくらいです。しかし、それくらい腹をくくらないとできないですよ。数を打たないと駄目なんです。e-Japanというのはそれほどの大事業だと思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
国際海底光通信ケーブルの陸揚げ地域という地理上の利点を差し引いても、三重県のネットワークインフラ事業促進に賭ける意欲はほかの地域を圧倒する。もちろん、インフラを整備すればいいというものではない。北川知事はそのことを知悉している。「インフラがなければ始まらない」という。自治体によるe-Japan計画推進のカギはトップの意識にかかっている。ITの普及は結局、業務効率の改善にほかならない。地域経済の活性化は自治体の変化に伴って進展するものだ。ITの活用で何がどのように変わるのか。トップが意識し、変化を恐れない施策を打ち出す時、初めて地域全体が革新へと動き出す。三重県が全国の自治体から注目を集めるのは当然のことなのだと感じる。(薊)
プロフィール
北川正恭(きたがわ まさやす)1944年11月11日、三重県生まれ。57年、早稲田大学第一商学部卒業。75年から三重県議連続3期を経て、83年衆議院議員に当選。連続当選4回。この間、文部政務次官などを歴任。95年に辞職し、三重県知事に当選、2期目となる。00年芦浜原子力発電所計画を巡り、計画の白紙撤回を求める考えを表明するなど、その決断力には定評がある。
会社紹介
三重県志摩地域は、複数の国際海底光通信ケーブルが陸揚げされるエリアとして有名。同地域は日本国内でも有数の情報通信環境が整備されつつある。三重県は、この環境と県内CATV網の世帯カバー率の高さを活かして、低廉で高速・大容量の情報通信ネットワークの整備を促進し、地域の情報化、IT関連企業の誘致、ITベンチャービジネスの育成を行うことで、地域経済の活性化、地域振興を図る計画だ。この計画は「志摩サイバーベース・プロジェクト」と呼ばれており、(1)情報通信ネットワークの整備促進、(2)地域の情報化、ITベンチャー育成――を2本の柱とする。陸揚げする海底ケーブルは県内国土交通省情報BOXと光ファイバーでつながり、通信事業者などに貸し付ける。県内のほぼ全域に及ぶCATV網も将来的にはIT関連企業や自治体に開放し、先進的なモデル実験などを行うことで、県内のネットワークサービスの普及・促進を図る予定だ。