人材を育て、見い出し、生かしていく――。組織のトップに求められる資質とは言え、これほど難しいことはない。「ITはアルファベットの略語が多くて困るよ」と笑いながらも、豊富な人脈と多様な人材を生かして最先端のIT政策を次々に展開してきた。アジア、世界との競争・協調を視野に置きながら、地域活性化に向けてネットワーク社会の環境整備に力を注いでいる。
「ふくおかIT戦略」を策定、半導体産業育成にも取り組む
──2002年6月に「ふくおかIT戦略」を策定して積極的に取り組んでいらっしゃいますね。
麻生 まずインフラ整備として、高速大容量ネットワーク「ふくおかギガビットハイウェイ」を構築して民間にも無料で開放しました。次に取り組んでいるのがIDC(インターネットデータセンター)の整備で、電子県庁、電子市町村づくりと一体で進めているところです。もう1つのインフラとして、福岡県にIX(インターネットエクスチェンジ)を構築するという目標を掲げています。ギガビットハイウェイは幅広く利用されており、IDCやIXの構築も始まっていますので、これを軌道に乗せ、完成させることが、当面の大きな大きな目標です。
──これらのインフラの活用が課題です。
麻生 IT革命の本質は蕫ユビキタス﨟という言葉にも表れているように、ネットワーク社会の到来にあると思います。ネットワークがいろいろな分野で積極的に利用され、新しい価値が創造されていく。期待される分野の1つが産業活動であり、なかでも最も重視しているのが中小企業のIT化です。中小企業がネットワークに参加して活発な商取引ができる環境をつくることは、地域経済の活性化にもつながるからです。中小企業がネットワークに参加する第1歩は、ホームページを開設すること。ネットワークを通じて受発注を行い、販売活動を行うこと。そうした活動を通じて、中小企業の経営革新につながっていくことが重要でしょう。県としてもIT人材の育成や専門家の派遣などで支援しているほか、電子商取引サイト「電脳商社」を立ち上げました。中小企業約1万4000社が参加して、製品やサービスを紹介し、ネットワークを通じて商取引を行っています。この発展形態として「アジアマーケットプレイス福岡」にも取り組んでおり、国境を超えて韓国の大韓貿易投資振興公社、香港貿易発展局、台北世界貿易センター、タイ国の商務省輸出振興局と投資委員会、オーストラリア連邦政府貿易促進庁の5か国の電子商取引関連機関と連携して実験を行っているところです。
──半導体産業の育成にも力を入れていますね。
麻生 システムLSIの世界的な設計開発拠点を目指す「シリコンシーベルト計画」を推進しています。九州はシリコンアイランドと呼ばれ、世界の10%、日本全体の3分の1の半導体を生産してきました。しかし、中国などの動向を見ると、メモリなど単機能で技術が成熟したものをつくり続けたのでは、生産基地が中国に移ってしまう懸念があります。需要動向を考えれば、技術レベルが高く、用途も広いシステムLSIへと、半導体産業の重点を移していかなければなりません。すでに、産官学による約60の研究開発プロジェクトが動いています。重要なのは何と言っても人材ですから、社会人を対象とした「福岡システムLSIカレッジ」を開設しました。ベンチャーの育成や、知的財産権の取引を適正に行うための仕組みも作っています。さらに、福岡、九州だけで考えるのではなく、韓国、台湾、上海、シンガポール、香港など半導体産業に力を入れている地域とも競争していくのと同時に、連携して協力体制を構築する必要があるでしょう。いずれシリコンシーベルト地帯で、世界の半導体の半分を生産するぐらいまで発展させていきたいと考えています。
──ギガビットハイウェイの利用状況は?
麻生 ギガビットハイウェイは、県内の各地域を結ぶだけでなく、東京とも仮想専用線で、韓国・釜山市とも日韓光コリドー計画で結ばれています。このギガビットハイウェイを使えば、医療分野では画像診断が可能で、すでに一部の大学や病院などで利用が始まっているほか、福岡県メディカルセンターを通じて医療情報を提供する仕組みを構築したいと考えています。教育分野ではe―ランニングを語学教育などに積極的に活用していく環境を整備していくことにしていますし、電子自治体の推進も進めていく必要があります。ネットワーク社会では、ネットワークがいろいろな使われ方をすることで、利便性が大きく向上し、大きな社会的変化をもたらすと考えられます。ネットワークを積極的に取り入れて上手く活用することで、経済、文化、人材育成などあらゆる分野で地域発展を図っていきたいと考えています。
アジアと協調し新経済・文化圏創造へ、高度な人材の育成を目指す
──アジアとの関係を重視されていますが。
麻生 急速に発展する東アジアの経済や文化との競争と協調によって、新しい経済・文化圏を創造することが可能ではないかと考えています。戦後の日本は、過去の歴史を振り返ってみても、極端な東京一極集中が進みました。米国の強い影響を受ける一方で、中国は戦後しばらく対外的な窓口を閉ざしていましたから。しかし、いまやアジアとの関係は、経済的にも、文化的にも、安全保障上も非常に重要になってきています。これからは欧米とアジア、そのバランスが重要です。われわれは世界と競争していかなければなりません。日本国内だけ、アジアだけでなく、世界と戦っていくには、ローカル発注にこだわっても世界最先端の動きに乗り遅れる危険が出てきます。もちろん地場産業を育成したいと思っていますが、同時に世界の最新鋭の技能、技術を使って競争と協調を図っていく必要があるでしょう。人材育成の面でも、「高度IT人材アカデミー(AIP)」を立ち上げ、当初2年ぐらいは日本人を中心に、その後はアジアからも受け入れて教育していきますが、われわれが発展していくためには世界の頭脳を求めていく必要があります。
──福岡県では、電子県庁でもエンタープライズアーキテクチャ(EA)の導入など、他の自治体に先駆けた新しい試みに取り組んでいます。
麻生 最後は人材です。新しい取り組みをスタートするときに蕫概念図﨟は書けるのですが、行政の実務をIT化するのは、投資も根気もいる仕事で、それをやり切るだけの人材も必要です。私は「人材ハイブリッド県庁」を進めたいと考えています。これまで幹部候補生は新卒で採用するだけでしたが、多様な人材を入れていこうと、採用枠の3分の1を民間企業などの経験者から採用することにしたところ、5人の募集に対して1000人が応募してきました。さすがに競争率200倍の中から選ばれた人ですから、非常に優秀ですし、仕事に対する興味や情熱も高い。「福岡システムLSIカレッジ」と「AIP」という2つの学校をスタートしたのも、日本では高度人材の養成システムは大学に限られており、不足していると考えたからです。日本のIT政策は端末からスタートしがちで、パソコン教育やパソコンソフトの開発などには力を入れますが、本当に必要なのは「総合性」なのです。さまざまなユーザーが参加して利用するネットワークを安全で効率的に構築していくには、ネット全体を設計し管理できる高度人材が不可欠です。人材育成のカリキュラムが充実し実績もある外資系企業と組んで学校を立ち上げた狙いもそこにあるのです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
インタビュー前半は抑え気味だった話し振りも、後半になると「人材ハイブリッド県庁」の話題も飛び出し、“麻生節”が全開。人をぐいっと引きつける話術と明るい人柄が、人材をやる気にさせ、力を引き出す秘密なのだろう。IT分野でも民間から採用した人材がキーマンとして活躍、「非常に優秀だよ」と麻生知事も高く評価する。今年の年頭会見では、中小企業の強化などによる地域経済の活性化と、男女共同参画などによる社会の仕組みの変革を進めていく決意を示した。行政のあり方も、電子県庁の導入で大きく変わろうとしており、道州制の議論も活発化してきた。変革を生み出す源泉となる人と情報のネットワークは、さらに広がっていくことになりそうだ。(悠)
プロフィール
麻生 渡
(あそう わたる)1939年5月15日、福岡県北九州市生まれ。63年、京都大学法学部卒業。同年、通商産業省入省(大臣官房企画室)。生活産業局紙業課長、通商政策局米州大洋州課長、産業政策局民間活力推進室長、大臣官房企画室長、大臣官房総務課長、通商政策局国際経済部長、近畿通商産業局長、商務流通審議官などを経て、92年に特許庁長官。95年、福岡県知事初当選。99年、福岡県知事再選。03年、福岡県知事三選。
会社紹介
昨年4月の統一地方選挙で三選を果たした。通商産業省(現・経済産業省)時代は、自動車、鉄鋼、半導体の通商交渉を担当、最後は特許庁長官で退官しただけに、知的財産権を含めて産業政策に明るく、IT革命の本質を見抜いた的確な施策を展開してきた。最近、経産省が力を入れ始めている業務・システム最適化計画「エンタープライズアーキテクチャ(EA)」にも、他の地方自治体に先駆けて取り組みを開始。独自に開発した「共通化技術標準」を、知事の一声で宮城県など他の地方自治体にも無償提供していくことを決めた。
「最初はカネを取ると言うから、ちょっと待て! 確かに開発費もかかったけど、いずれバージョンアップも必要になるから、その時に協力してもらえば良いんじゃないか、と言ったんだよ」。財政難で苦しいのはどの地方自治体も同じ。そんな知事の大らかで柔軟な発想が、電子自治体の進展に大きく寄与することが期待される。