ジャストシステムが世界初のネイティブXML開発・実行ツール「xfy(エクスファイ)」で世界進出に賭けようとしている。一昨年、米国での製品発表時には、株価が一気に5倍まで急騰した。ようやく製品が出そろい、今年が勝負の年となる。すでに米IBMが次期DB2「Viper」のフロントエンドツールとして認めるなど、評価は確実に定着してきた。しかし、世界の最先端で本当にどこまで戦えるのか。上場以来、業績の低迷に苦しんできた同社にとって、これは乾坤一擲の大きな賭といえる。米国に腰を据えるという浮川和宣社長に、その覚悟と展望を聞いた。
XML最大の課題を解消した新技術 形式異なる文書でも自由に連携
──今年(06年)は、XMLアプリケーションの開発・実行ツール「xfy」で本格的に米国に打って出る。大きな勝負の年ですね。
浮川 構想も含め9年かけて開発してきた成果が、ようやく「xfy」という世界をリードできる技術になった。04年11月に米・ワシントンDCで開催された「XMLコンファレンス&エクスポジション2004」で発表して以来、当社に対する評価は確実に変わりました。うれしかったのは、XMLの生みの親と言われるジョン・ボサックやティム・ブレインなどの超一流の技術者が、「これはすごい」と手放しで認めてくれたこと。この技術のすごさを本当に理解できるのは、まだXMLに詳しいごく一部の人たちだけですが、確実に世界を変えることができます。私はそう確信しているんです。
──「xfy」の何がそんなに評価されているんですか。
浮川 同じXML文書でも、ボキャブラリ(タグやスキーマのセット)が異なれば、簡単にはひとつの文書に統合して表現できないんです。たとえばさまざまな企業の文書を組み合わせて表示しようとすれば、そのつど異なるボキャブラリでアプリケーションを書き換えなければならない。これには膨大な手間と時間がかかります。
ところが「xfy」は、フロントエンド側にXMLのリッチな機能を持っているので、ボキャブラリの異なる文書を組み合わせて、「コンパウンド・ドキュメント(文字、図形、音声、画像などを組み合わせた複合文書)」をワープロのように自由自在に編集できる。週、月単位の時間を要する文書のコンパウンドが、分単位で済んでしまう。こんな機能を持ったXMLの開発・実行ツールは世界のどこにもない。だから、XMLの専門家が、「今までの問題を一気に解決できる」と評価してくれるんです。
──去年11月に米IBMが次期DB2「Viper」の発表会で、「xfy」をフロントエンドの実行ツールに使ったデモを行ったそうですね。これは結構すごいことだと。
浮川 そうなんです。米IBM本社が、次世代のDB2の初めてのカンファレンスで、ジャストシステムと共同で発表会をしたいと申し入れてきた。こんなこと、普通ではちょっと考えられません。昨年9月、米IBMから、「デモをして欲しい」と要請を受けて、担当者が米国へ飛びました。その初めてのプレゼンを見ただけで、一緒に発表しようということになったんです。デモでは複数のサーバーに分散しているXMLベースの顧客情報を引っ張りながら表示したのですが、顧客名を入れ替えただけで、その後に続く文書や図表などの情報が、リアルタイムで変わる。IBMで次期DB2を開発する先端技術者が驚いて、「これ本当にいま動かしているのか」と、何度も聞き直していたそうです。
08年度には経常利益150億円を見込む フォーチュン500の大企業が相手
──「xfy」が画期的な技術だとしても、まったくの新規分野だけに、市場に認知されて本格的な導入が始まるには、時間とコストがかかりますね。「xfy」はジャストシステムの新しい基幹事業として本当に立ち上がりますか。
浮川 去年の今頃ならそういう議論もあったかもしれない。しかし、もうそんな段階じゃないんです。この先、海外事業が国内と同規模になり、全体として売り上げが2倍程度になるのか、それとも海外がとんでもなく伸びて、ケタの違う会社になるのか。そういうレベルの話です。だって、そうでしょう。全世界のドキュメントは、数年後に8割がXMLベースになるといわれています。米国のフォーチュン500の大企業では、6─7割が、取引先とのドキュメントの共有をXMLで実行しているんです。しかし、ボキャブラリの異なるXMLを自由に組み合わせられないというのが唯一の課題だった。われわれは、ここを解決できる世界初の技術として、「xfy」を世に問うんです。相手は世界なんですよ。課題があるとすれば、どこまで世界的な展開ができるか。そのために、技術者や営業、マーケティングを含め、どれだけ人材に投資できるか、この点にかかっています。
──97年の上場以降、「一太郎」のジャストから、情報検索システム「コンセプトベース」などに軸足を移して、法人向け市場の開拓に取り組んできましたね。ただ、残念ながら新しい路線が業績アップにはつながっていません。この状況を打開できる手応えは見えてきましたか。
浮川 「xfy」のビジネスは06年が勝負です。売り上げ貢献でいえば今はまだゼロです。しかし、これほどの技術が認められずに終わることは絶対にないと思っています。確かに「コンセプトベース」は思ったほどの効果を得られなかった。これは、私の判断ミスもあります。メディアや投資家にはさんざん叩かれましたね。8年くらい前には、「ジャストシステムは潰れる」と書き立てられた。しかし、その頃私は「xfy」への投資を「がんがんやれ」と指示してました。日本国内には、投資に使う資金が余るほどある。ないのは、世界をリードできる技術です。潰れると噂されたあの苦しい時期に、浮川がこの技術にすべてを賭けると決断して、ここまで育て上げてきた。その点は評価してもらいたい。
──事業計画では、08年度(09年3月期)には「xfy」で150億円の経常利益を見込んでいますね。
浮川 本当はこんなもんじゃないと思っています。ケタが違うだろうと。いままでの「一太郎」の売り上げがどうのとは、もう全然レベルが違う。私のイメージをいうと、金毘羅さんの階段の下から、ずっと上を見上げているんです。石段は山の上まで続いている。本当にどこまでいけるんだろうと。まだ見えない部分に石段は本当にあるのか。そう思いながら、足もとの一段を一歩ずつ上がっているんですよ。分かりますか、経営者としてのこの怖いような感覚が。
──リスクがあるとすれば?
浮川 失敗のリスクはない。これは確信できます。あるとすれば成功レベルのリスクでしょう。チャンスに乗れなければ、大きな成果を逃すことになる。100倍にいくのか、2─3倍で終わるのか。
──まずやるべきことは。
浮川 米国は、ITへの理解や投資への真剣さが、日本とはレベルが違う。「xfy」の技術をすごいという人がいる一方、実ビジネスを進めようとすると、「お前ら、本当に米国でビジネスをする気があるのか」と問われる。「いつ、英語のサポートがつくんだ」と。いつになれば、彼らのビジネスルーチンに安心して組み込めるのかを問われているんです。まず、米国での営業や技術者などを50人体制にします。交渉する相手は、中途半端な企業ではありませんからね。IBMやオラクルまでもが当社と手を組もうとしているんです。われわれの戦いは、前を向いていかにスピードアップできるかにかかっています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
浮川社長がBCN紙上の「KeyPerson」に登場したのは、5年前。その時すでに、「一太郎という1つのプロダクトに依存した事業体制を変える」と宣言し、「コンセプトベース」などでドキュメントソリューション分野での事業拡大に取り組んできた。
「xfy」に対する米国企業の評価は確かに高い。米IBMの技術者を瞬時に唸らせたほどだ。浮川社長の言葉は熱く、経営者としてこの新規事業にかける意気込みが伝わってきた。夢を語る口調はいつも奔放だが、今回は一味も二味も違う。
上場以来、ジャストにとっては逆風の時期が続いた。「xfy」への評価は高いが、世界のIT企業が注力するXML技術の世界で、ビジネスを成功させるには、組織力や体力が必要だ。勝負はおそらくこの1、2年。この大きな賭を乗り越えて、日本発の新技術で世界企業に名を連ねることを期待したい。(吾)
プロフィール
浮川 和宣
(うきかわ かずのり)1949年5月5日、愛媛県新居浜市出身。73年、愛媛大学工学部電気工学科卒業。その後、船内発電機などの開発を行う西芝電機に入社。79年7月、徳島県徳島市常三島町でジャストシステムを創業。オフコンの販売を開始。81年に株式会社化して、パソコン用日本語処理システムの研究開発を開始した。83年、「ATOK」の前身となる先読み単語・熟語変換システム「JS-WORD」を投入し、85年、「一太郎」を発売。日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会(パソ協)会長などを歴任。現在、コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)副理事長、内閣府の「総合科学技術会議知的財産戦略専門調査委員会」委員などの要職に就いている。
会社紹介
ジャストシステムは1979年に創業。97年10月にJASDAQに上場。04年度(05年3月期)の連結売上高は122億8100万円で、経常利益も4900万円と黒字だったが、05年度(06年3月期)通期は、売上高が126億円で、経常段階でマイナス8億円と、赤字になると予想している。
現在、売上高構成比は、日本語ワードプロセッサ「一太郎」や日本語入力システム「ATOK」など、ビジネスソフト分野で58%を占め、情報検索システム「ConceptBase(コンセプトベース)」など法人向けシステム分野が10%。しかし、一昨年11月に発表した統合XMLアプリケーション開発・実行環境「xfy」の貢献利益(売上高-直接原価)が08年度(09年3月期)170億円となり、法人向けビジネス全体が伸長するとシミュレーションしている。同年の全社の連結経常利益も150億円になると見込んでいる。
「xfy」はユーザーのデスクトップ上でXML文書のオーサリングが柔軟にできる。XMLコンパウンド・ドキュメント対応としては、世界初の対話型オーサリング・ツールだ。世界的な注目度も高く、同社のビジネスモデル自体を大きく変革させそうである。