オンデマンドCRMサービスを提供するセールスフォース・ドットコムが新しいステージに入った。プラットフォーム製品「アップエクスチェンジ」の市場投入により、システムベンダーとのアライアンスでCRM以外のさまざまなアプリケーションサービスを提供する環境が整った。オンデマンドサービスの先駆者として、法人向けプラットフォーム市場という新しいマーケットの創出を目指す。
既存アプリもオンデマンド型に「アップエクスチェンジ」で実現
──セールスフォース・ドットコムにとって、昨年度(06年1月期)はどんな年でしたか。
宇陀 ブレイクポイントを超えた年だといえます。ワールドワイドでは売り上げが70%増と急成長しました。なかでも日本は、ほかの地域を上回る85%増の売上高を達成しています。これは、今後の日本市場を展望するうえでも、非常に大きな成果です。
顧客層にも厚みが出てきました。金融機関や保険会社、証券会社、リース会社、一般企業など、ほとんどすべての業界を網羅しています。しかも、導入後の評価が高い。さまざまな業界で評価される導入実績を得られたことは、今後の販路開拓を図るうえで強みとなります。オンデマンドサービスのニーズは強いですから、市場はますます伸びるでしょう。
──業績も大幅な拡大が期待できるということですか。
宇陀 実は、昨年度だけで3倍以上は伸びると期待していたんです。この点からすると、私の予想と比べて昨年度の業績は半分以下ということになりますね(笑)。今年度は最低でも2倍の成長は達成したい。日本のIT市場の規模からすれば、法人向けのオンデマンドサービス市場はまだ立ち上がったばかりです。100ページの本でいえば、やっと2─3ページ目といった程度です。そういう状況からすると、当社はまだまだ“赤ん坊”ですね。国内市場でオンデマンドサービスをさらに成長させるためにも、いろいろな策を考えなければならない。
──具体的には。
宇陀 まずは、本当に信頼できる“パートナー”の獲得につきます。アライアンスメーカーや販売代理店と共存共栄のパートナーシップを組むことが重要です。SIerにとって成長のカギはメーカー次第、という関係は打破したい。それには、当社のサービスだけを“単に提供する”のではなく、各パートナーの得意とする製品やサービスを含めて提供できるサイクルを構築したい。
──今年1月に発売したオンデマンドプラットフォーム「アップエクスチェンジ」が重要な役割を果たすことになりそうですね。
宇陀 その通りです。この製品を活用することで、システムベンダーは自社開発の製品をオンデマンドサービスに適用できるようになります。つまり、オンデマンドCRMサービス「セールスフォース」の導入企業を自社製品の顧客として獲得できるようになるわけです。当社にとっては、新しいアプリケーションサービスで新規顧客開拓の機会が広がります。当社がアプリケーションを含めたオンデマンドサービスをすべて用意するよりも、パートナーとの協調関係を深めることが成長のポイントです。
──そうした意味で、「アップエクスチェンジ」を投入した効果は出ていますか。
宇陀 ワールドワイドでは、アプリケーションの数が188種類に達し、無料トライアルのダウンロード数が9万7000件、実際の導入が4400件ありました。国内では、日本語対応のアプリケーションが25種類に増えて、オンデマンド型サービスへの理解がある程度広まってきたという状況です。残念ながら、日本のアプリケーションベンダーは、パッケージ販売に慣れているため、まだオンデマンドに対する意識は低いと思います。
しかし、初期投資の導入コストが低く、運用も簡単なオンデマンド型のサービスに切り替えれば、より多くの顧客を獲得でき、付加価値の高い周辺サービスも拡大させることができます。ですから、「顧客企業のニーズに合わせて、新しいサービスビジネスをつくっていこう」と、当社から訴えていくことがオンデマンド型アプリケーション増加のカギになると判断しています。当面は、小規模なシステムベンダーとのアライアンスが主流になります。大手システムベンダーに対しては、グローバルビジネスにはオンデマンドサービスが適していると提案してアプローチをかけます。こうした取り組みで、この1年間でアプリケーションを100種類まで増やします。
「リセラーモデル」を提供 大手からSOHOまで需要は広い
──代理店を育成するための支援策は。
宇陀 数千ライセンスの販売能力があるパートナーに対して、アップエクスチェンジの「リセラーモデル」を4月下旬に提供する予定です。これは、アプリケーションを搭載していないプラットフォームに、パートナーが自社ソフトを搭載できるモデルです。アップエクスチェンジの既存アプリケーションと競合するソフトを持っている販売パートナーにも、積極的に売ってもらうことができます。
──新規顧客層は、どこを狙うのですか。
宇陀 大手企業であれば、部門ごとで導入しているパッケージソフトのオンデマンド化を提案していきます。企業のなかには、活用されていないソフトがたくさんあるはずです。ですから、オンデマンドサービスによるコストの削減という提案には理解を示してもらえるはずです。これは大手企業だけでなく、SMB(中堅・中小企業)やSOHOにも共通する課題です。ですから、需要の裾野は非常に広い。しかも、オンデマンドに適したアプリケーションサービスを導入する可能性が高いため、大きなビジネスチャンスにつながるといえます。大企業で“コストのロングテール”に着目し、SMBやSOHOという“需要のロングテール”を視野に入れれば、新規顧客を一気に増やせると確信しています。
──ほかのプラットフォームベンダーもオンデマンドサービスの提供を模索しつつあります。勝算はありますか。
宇陀 設立以来、オンデマンドをベースに事業を行ってきた当社と、ほかのベンダーを一緒にしてもらっては困りますね。オンデマンドサービスが見向きもされなかった時期から、私たちは、SFAやCRMでこうしたサービスが必要だと訴え続けてきたんです。
CRMについては、顧客ニーズに対応するために、19回もバージョンアップしています。そのたびに“顧客の知恵”を製品の機能に取り込んできました。しかも、セキュリティ面では米国公認会計士協会による「SAS70TypeII」の監査を完了しています。国内でも、金融庁の約500項目に及ぶ監査基準をパスし、個人情報保護法にも対応したセキュリティを実現しています。こうした成果が、ワールドワイドで40万ユーザーという導入実績につながっているのです。
アップエクスチェンジは、さらに既存のアプリケーションという“顧客の知恵”や、パートナー企業の“アイデア”を反映することで、他社にはまねのできない世界を構築できます。オンデマンドのニーズが高まってきたからといって、新たに参入してきたベンダーは、改めて先行する我々との距離の大きさに気づくはずです。少なくともオンデマンドサービス分野で、われわれが他社に追い抜かれるということはあり得ないと思います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
宇陀社長は、「アップエクスチェンジを核に法人市場でオンデマンドサービスを主流としたコンセプト“ビジネスウェブ”を浸透させる」と意欲を燃やす。
インターネットによるプラットフォームサービスは、ヤフーの検索サイトや楽天のショッピングモールなど、個人向けに提供している企業が多い。法人向けでも、1つのアプリケーションに特化し、ASPサービスで提供するケースはあるが、さまざまなアプリケーションを提供するプラットフォームは確かに見あたらないといえよう。
「1つのプラットフォームで多くのサービスを受けられることが業務効率化やビジネス拡大につながる」。今は、国内で提供可能なアプリケーション増加に向け、販売代理店やソフトメーカーとのアライアンス強化に専念している。法人向けプラットフォームの浸透は、宇陀社長の手腕にかかっている。(郁)
プロフィール
宇陀 栄次
(うだ えいじ)慶應義塾大学法学部卒業後、1981年に日本アイ・ビー・エム(日本IBM)入社。IBM在任中は、大手企業担当の営業部門や社長補佐、製品事業部長、理事情報サービス産業事業部長などを歴任。01年、ソフトバンク・コマース社長に就任。IT関連製品の流通促進に従事する。04年3月、米セールスフォース・ドットコム上級副社長に就任。04年4月にはセールスフォース・ドットコム日本法人社長も兼務する。
会社紹介
米セールスフォース・ドットコムの日本法人は、2000年4月に設立。CRMを可能とする「セールスフォース」をベースに、オンデマンドサービスに特化したビジネスを展開している。
オンデマンドサービスで、24時間365日、どこからでもサービスを提供できる体制を敷いている。ユーザー企業のニーズに対応したカスタマイズを行っているほか、企業規模に合わせた価格帯、1ユーザーからの利用、契約の翌日から利用可能などといったきめ細かなサービスを構築。金融や保険、食品、医療など、さまざまな業界でユーザー企業を獲得し、ワールドワイドで2万社以上、約40万ユーザーが利用している。
今年に入ってからは、プラットフォーム製品の「アップエクスチェンジ」を投入。ソフトベンダーとのアライアンスで、ERPやドキュメント管理などCRM以外のサービスを提供できるようになった。SIerなど販売代理店が自社開発のパッケージソフトをオンデマンドサービスとして提供できる環境を整えることで顧客増加を加速させ、法人向けプラットフォーム市場の確立を図っている。