開発案件の増加に追いつかないソフト開発者の数。技術者不足が深刻化している。クリエアナブキはこの慢性的問題を解決しようと、今年4月に日本企業向け韓国人技術者派遣サービスのAICONを子会社化、IT技術者派遣事業に本格参入した。人材派遣・紹介事業では20年の実績があるクリエアナブキだが、IT業界では新参者。IT業界の常識にとらわれず、どんな市場開拓戦略を描いているのか。藏田徹社長に聞いた。
海外からの人材を強みに 韓国の大学に強いパイプ
──韓国のIT技術者派遣事業を手がけるAICONを4月に子会社化しました。IT技術者派遣事業に本格参入した理由は。
藏田 クリエアナブキは、人材派遣と紹介事業の会社で2001年にジャスダック市場に上場しました。その時、アナリストから「大手の人材紹介・派遣会社とは何が違うの?」としつこく聞かれたのです。クリエアナブキにしかない強みはあるのですが、それが伝わっていないことがすごくつらくて、独自性をさらに追求する、クリエアナブキの特徴を印象づけることを私の大きなミッションと決めたんです。今回、AICONを子会社化したのは、この考えに基づいた戦略で独自色を出すためのひとつの施策です。
──AICONの独自色とは何ですか。
藏田 AICONは、韓国のソフト開発技術者を日本のIT企業に派遣する会社です。韓国のIT技術者を育成するための大学機関やキーマンとのパイプが非常に太いのが強みです。韓国有数の大学、高麗大学からも人をぜひ出したいと言われているほどです。韓国人IT技術者を集める力には長けていて、とくに日本で人手不足が深刻な組み込みソフト開発者を多く抱えている。私はIT産業界の人間ではないですが、AICONの鈴木義矩社長からこのお話を頂いた時、非常に魅力的だと感じました。最初は苦しいかもしれないが、大化けする可能性を十分に持っていると。
AICONは人の供給力はあるが、派遣先を探す営業力がない。そこは、クリエアナブキが20年人材派遣事業を手がけているノウハウと実績がある。開発以外の分野ではありますが、IT系企業への派遣実績も多い。営業力はクリエアナブキが埋められます。供給力のAICONと営業力のクリエアナブキ。この2社が組めば、存在感を示せると考えたんです。
──日本のソフト開発技術者不足は確かに深刻です。組み込みソフト開発者は日本で7万人も足らないと言われており、中国やインド、そして韓国のIT技術者に開発を委託する日本のソフト開発企業は増えています。ただ、言語や商習慣、開発文化の違いからオフショア開発に失敗したIT企業も少なくない。信頼を勝ち取るのは容易ではありません。
藏田 確かに。思ったよりも壁は厚いですね。韓国人の技術力を過小評価していたり、根本的な問題として、他国の技術者に仕事を頼むことを心配している方も思った以上に多い。価格の問題もある。日本のソフト開発企業が考えている韓国人技術者の人件費は、私の描いていた価格よりもかなり低いです。いろいろな面でやすやすとは開拓できないとは感じています。
──その状況を打破するための独自の仕掛けは。
藏田 ニーズは確実にあるし、派遣する人材のスキルも人数にも自信がある。供給体制は整っているので、あとは外国の技術者を使うことに対しての心配や不安感をどうやって取り除くかです。そのための1つの仕掛けとして、韓国人技術者だけを派遣しないという独特の手法をAICONはとっています。
派遣先となる日本のIT企業には、韓国人技術者だけでなくその韓国人技術者を束ねてマネジメントする日本人の開発者も一緒に派遣します。日本人1人と韓国人技術者5人を1つのチームとして派遣するようなイメージです。日本人のチームリーダーが韓国人技術者をマネジメントしますので、派遣先となる日本のソフト開発企業にとっては、文化や言語の違いを心配する必要はなくなります。とにかく、AICONの優秀な技術者を使ってもらいたい。なので、初年度は多少利益を度外視しても、積極的に日本のソフト開発企業に派遣し、技術力の高さを知ってもらいたいと思います。
「30分で何が分かる」一人の担当者が全て把握
──AICONの業績計画は。
藏田 今年度は痛み覚悟で基盤整備に終始することになると思いますが、来年度には黒字転換、そして3年後には数十億円規模に成長させ、遅くても5年以内にIPO(新規株式公開)を果たしてもらいたいと考えています。
──子会社となることで、20年の人材派遣ビジネスの経験を持つクリエアナブキのDNAがAICONにも移植されますね。
藏田 ソフト開発業界って、人を人としてみていない部分が多少あると思うんですよ。開発者を製品(ソフト)を作るための単なる道具としか捉えていないような。でも、決してそうじゃない。開発者も心や意思を持った「人」なんです。クリエアナブキはソフト開発企業ではなく、人材を紹介・派遣する会社です。AICONもそうです。クリエアナブキ、人材派遣会社の役割とは、派遣先の担当者と派遣される人の気持ちを考えどちらにもメリットがあるやり方を創造することです。この精神がまずAICONに移植しなければならないDNAでしょうね。
──日本のソフト開発企業のなかには、SEを派遣して開発を請け負う、半ばSE派遣会社のような企業もあります。そのような会社とは違うと。
藏田 もちろん。派遣先企業と派遣者の橋渡しをするノウハウが事業の肝であり、クリエアナブキグループ最大の独自性です。人材派遣サービスのビジネスモデルは、時間給2000円の人材を派遣して、3000円を派遣先企業から頂いて、1000円の利益を得る。この1000円の価値を提供することが重要であり、クリエアナブキはこのポイントを大変重要に考えている。ソフト開発企業ではなく、人材派遣会社だからこそ意識できる点だと思います。
──1000円の価値とは、具体的に言えば。
藏田 大手の人材派遣企業では絶対にない1つの例を紹介しましょう。人材派遣には、派遣者の募集から面接・登録、派遣先企業への紹介・マッチング、派遣後のサポートというように複数の工程があります。この一連の流れを大手は募集担当、サポート担当というように分業しているんですね。そのほうが、効率的でコストも少なくてすみますから。でも、クリエアナブキはそうはしない。すべてを1人が担当します。派遣者1人には1人のコーディネーターがすべて面倒をみます。そうすれば、派遣者も派遣先企業も1人の担当者にすべて相談できますから、非常に顧客満足度が高い。面接時間も他社は「30分のスピード面接」をうたい文句にしている会社もありますが、「30分で何が分かるんだ!」と言いたい。当社は長いときは3時間は費やします。時間と手間、コストはかかりますよ。でも、派遣者、派遣先両方が満足してくれなければこの仕事は絶対に長続きしない。両方の満足度が1000円の価値だと思っています。
クリエアナブキはこれまでこの精神を一貫して守り続けてきた。利益だけを考えれば経営者として失格かもしれませんが、今後も変えるつもりはありません。この精神をAICONにも横展開して、クリエアナブキグループの一員として存在感を示していきたいと思います。。
My favorite 恩人からもらった「Cartier」の腕時計。20代の時に譲り受けた。20年以上肌身離さず身に付けているため、いくつか傷もあるが今でも愛用している
眼光紙背 ~取材を終えて~
藏田社長がリクルートの営業マンから一転、人材派遣会社の立ち上げに参画したのは20代後半。営業先の穴吹工務店で、当時社長室長だった穴吹英隆氏(現・穴吹工務店社長)に気に入られ、引き抜かれたのがきっかけだった。
一度は断ったものの、「穴吹さんから毎日のように電話がかかってきて、根負けして転身を決めた」という。「穴吹さんにとっては、かなり思い切った賭けだったと思うが、私のほうからひとつ条件を出した」。
それが「経営に口を出すな」。経営経験のない20代後半の営業マンがなかなか口に出せるセリフではない。この強気の姿勢が藏田社長の持ち味だろう。
インタビュー中も、明確なビジョンをはっきりと語る口調が印象的。立ち上げから20年、社長として今年7月で10年を迎えた今でも、20代後半のスピリッツは変わっていないようだ。人材不足に悩まされるソフト開発業界に一石を投じようとしている。(鈎)
プロフィール
藏田 徹
(くらた とおる)1959年1月21日生まれ、広島県出身。リクルートを経て、86年に人材派遣・紹介事業の穴吹テンポラリーセンター(現・クリエアナブキ)設立。89年取締役。91年常務取締役、95年専務取締役に就任。96年7月、代表取締役社長に就任。子会社のAICON取締役と穴吹トラベル代表取締役社長を兼務する。
会社紹介
クリエアナブキは穴吹テンポラリーセンターとして1986年に設立された(00年に現社名に変更)。人材派遣および人材紹介を主事業とし、人材派遣サービスが全体の約8割を占める。西日本地域に強く、特に四国地方で売上高の5割ほどを稼ぐ。登録派遣スタッフは約4万3000人で派遣・取引先企業はおよそ1000社。
今年4月には、韓国技術者を日本のITベンダー向けに紹介するAICONを子会社化。IT系人材派遣ビジネスに参入した。
昨年度(06年3月期)の業績(非連結)は、売上高が前年度比10.3%増の70億8000万円、営業利益が同102.6%増の1億3100万円、経常利益が同110.5%増の1億3600万円、当期純利益が同150.8%増の8700万円と増収増益を果たした。
01年12月に東京証券取引所ジャスダックに株式を上場。穴吹興産が親会社で株式の56.6%を所有する。従業員は約110人。本社は香川県高松市で、東京や大阪、名古屋など全国に合計12か所の営業拠点を持つ。