Linuxディストリビュータの最大手、レッドハットが「プラットフォームベンダー」を標榜し始めた。OSS(オープンソースソフトウェア)分野でOSだけでなくミドルウェア領域まで踏み込み、OSSでつくる情報システムのプラットフォームを総合的に手がけようとしている。Linuxディストリビュータからの脱皮しようとする戦略の真意は何か。
OSSに対する認識が変わり、Linuxの不安感が払拭
──3月中旬に長期的な経営計画を発表されましたね。
藤田 今回の内容は、レッドハットの今後の方向性を示す重要なメッセージなんです。発表した内容のひとつにLinuxの新版「Red Hat Enterprise Linux(RHEL)5」のリリースがあったので、新機能を伝えるだけの単純な発表と勘違いする方もいたかもしれませんが、それだけではありません。レッドハットが今後どのように変わっていくか、そのために何をやっていくかを示しています。
まず強調しているのが、Linuxは企業の業務システムのすべてを動かすことができるOSに成長したということ。LinuxはUNIXに完全に取って代わるほどに品質が高まったことを訴えています。新版「RHEL 5」でそれを実現していますから。OS自体の品質が高まったことに加え、価格を据え置きながらもこれまで別に販売していた製品を同梱したことで、安定性が増した。ミッションクリティカルな場面の要求にも応えられるようになっています。UNIXは必要なくなりLinuxで全業務システムを動かせるようになったんです。
──Linuxはウェブやメールサーバーなどのエッヂ系サーバーに使うのが主流です。Linuxに不安を持っていて、止められないシステムでは使いたくないと思っているユーザーもまだ多いはずです。
藤田 状況は変わっています。確かに、私がこの会社に入った2年ほど前はユーザーが不安を抱えているのを感じていました。お客さんにお会いした時も、「Linuxって大丈夫?」「サポートが不安なんだけど」という声が非常に多かった。そのたびにレッドハットとは何者で、Linuxとはどんな代物なのか、サポートは心配しなくても大丈夫と最初に伝えなければならなかった。でも今年2月にユーザー企業を訪問した時、そんなことはもう必要なくなっていました。Linuxへの不安がだいぶなくなってきたなと実感しましたね。最近5年ぶりに来日した米本社のマシュー・ズーリックCEOも日本のお客さんと食事をした際、Linuxに対して先進的で前向きな姿勢に変わっていたことに驚いていましたよ。
エッヂ系の分野だけで使われるユーザーは確かに多い。ただ、着実にエンタープライズシステムにLinuxは普及していますし、今後は加速するはずです。
──ユーザーの認識を変えた理由はどこにあるのでしょうか。
藤田 ユーザーがOSS(オープンソースソフトウェア)をOSSとしてあまり意識しなくなった点があるでしょうね。ひとつの例が「Java」。Javaはフリーソフトライセンスの1種であるGPLです。すでにたくさんの企業が使っており、ユーザーはJavaを活用することにためらいはありませんよね。そのJavaがGPLであることに気づいたユーザーは、OSSを身近に感じるようになった。
OSSは技術者が集まって勝手につくっている印象が強い。そのため、保証がないと思われがちで、エンタープライズシステムでは使えないという考えがユーザーのなかにありました。でも、ユーザーの周りにはOSSがあちこちにあって、OSSを使うことにだんだん違和感がなくなってきているんです。エンタープライズシステムをつくる際、OSSなのかそれとも商用ソフトなのかは判断材料にならなくなってきたのではないでしょうか。
単なるOS提供だけではない、プラットフォームベンダーに
──ただ、まだLinuxはWindowsに肉薄しているレベルではない。Linuxをさまざまな用途で使ってもらうためには別の仕掛けが必要になりますね。
藤田 そうです。だから、今回の長期経営計画でレッドハットはLinuxディストリビュータから「プラットフォームベンダー」に生まれ変わると宣言したんです。
レッドハットは今後、OSだけでなくミドルウェアまでも網羅しプラットフォームベンダーとしてソリューションを提供する会社に変わります。ズーリックCEOも「ソリューションを提供するプラットフォームベンダーになるんだ」とグローバルレベルで話しています。
Linuxだけでなく、「J2EE」のアプリケーションサーバー「JBoss」、データベースの「MySQL」などの複数のOSSをカバーし、サポートをレッドハットが一括提供するんです。JBossを買収したのはその一環です。また、レッドハットの製品だけでなく、他社の製品も含めてサポートサービスを提供するセンターを設立したのもそのためです。
レッドハットはこれまでOSの話だけしかできなかった。でもシステムのなかでOSはひとつの部品でしかない。ユーザーはOSだけが欲しいのではなくて、システム全体を求めている。自動車が欲しい人にエンジンだけを売っているようなものです。OSとミドルウェアというシステムのプラットフォームになる部分はレッドハットがすべて面倒をみる体制をつくり、ユーザーの利便性を向上させます。
──プラットフォームのうえで動くアプリケーションレベルについては。
藤田 それについてはパートナーさんと一緒にやります。SIerやISVなどのパートナーさんが強い部分を把握させてもらってセグメンテーションをさせてもらっています。そのうえで、各セグメントのパートナーごとにどのような組み方ができるか、OSSを使うことでパートナーにどれほどのメリットを提供できるようになるかを考え、パートナーと協業内容を詰めている最中です。ソリューションとして提供するには、パートナーの力が欠かせません。今以上に連携を強めるつもりです。
──パートナーがLinuxを担ぐメリットはどこにあるのでしょう。
藤田 OSSは基本的にライセンス料がかかりません。ライセンスにお金をかけずにシステムを構築することができるわけです。その分、ユーザーの費用が浮くことになり、パートナーが得意とするソリューションやサービスで顧客を獲得することができる。だから、ビジネスチャンスが広がるわけです。
──オラクルが「UnbreakableLinux」を発表しており、強力なライバルになります。この対策については中期的な視点ではどう捉えていますか。
藤田 オラクルのようなソフト業界の巨人もLinuxに目を向けるんですから、Linuxも注目を浴びるようになったんだな、と(笑)。今回の話でLinuxはもっと品質の高いものになるはずです。OSSの世界では、どのベンダーが開発したものも基本的にコミュニティに広がり全員がそのメリットを享受できる。「レッドハットになくてオラクルにだけある」ような機能は原則的にありません。お互いが切磋琢磨して品質を向上させ、もっとLinuxが使い勝手の良い製品に成長するきっかけになると思います。
競合については、とくに意識してないし、目新しいことでもない。すでにレッドハットの亜流ソフトは70種類もあります。私の感覚でいえば、71種類目ができたという印象です。OSSの差別化要素はサポートサービスになる。レッドハットは93年からLinux専業でやってきました。オラクルさんがどんなサービスメニューを用意するかは興味深いですが、負けないという自信はもっています。
My favorite「鬼十則」と書かれた1枚の紙。藤田社長にとって仕事を進めるうえで心得えておくべき10の教訓が記されている。日本IBM在籍時に上司からもらった文書で、今も大切に保管している。その上司との出会いは、仕事に対する考え方や姿勢を変える大きなきっかけになったそうだ
眼光紙背 ~取材を終えて~
OSSに関して日本が他国に比べて圧倒的に欠けていることがある。それは「利用者」の数ではなく「貢献者」の人数だ。
OSSは、商用ソフトとは違いソースコードが開示されて誰でも好きなように改善ができる。その変更した情報を全世界に向けて発信し、共有することでソフトウェアの品質が高まっていく。OSSを改善する人間、つまり「貢献者」の存在がOSSを支えているわけだ。この数が日本は圧倒的に少ないと藤田社長は嘆く。
「ある調査データで、日本はOSSのダウンロード数は多いにもかかわらず貢献した実績が極めて少ない。日本の存在を低迷させる要因になってしまう」
使うばかりで貢献はしない日本人──。日本のソフト開発技術は高いと言われながら世界で成功したメーカーはほぼ皆無。OSSのコミュニティでも日本は世界に取り残されるのか。(鈎)
プロフィール
藤田 祐治
(ふじた ゆうじ)1953年石川県金沢市生まれ。78年、早稲田大学政治経済学部卒業。同年、日本IBM入社。営業職でスタートを切り、19年間にわたって営業・マーケティング業務に従事。96年、日本オラクル入社。パートナーと協業でGlobal Accountへのオラクルデータベースおよびオラクルアプリケーションのソリューション提供を進めた。01年、NTTコミュニケーションズ入社。ソリューション事業部においてホスティングサービスなどのビジネスを手がけた。05年1月、レッドハット代表取締役社長に就任、現在に至る。
会社紹介
レッドハットは、Linuxディストリビュータ最大手である米レッドハットの日本法人。1999年9月に設立された。日本でもLinux市場で圧倒的なシェアを誇り、トップベンダーに位置する。昨年6月には、アプリケーションサーバー「JBoss」を提供するJBossを買収。OSだけでなく、OSS(オープンソースソフトウェア)領域でミドルウェア分野にも進出した。
今年3月には、主力製品のLinux「Red Hat Enterprise Linux(RHEL) 5」をリリースしたほか、中長期的な経営計画を発表。サポートサービスセンターの開設やパートナーに向けた新アライアンスプログラムを明らかにした。