2003年10月、国内のソフト会社で初めて国際的なソフトウェア開発プロセスの品質評価基準CMMI(Capability Maturity Model Integration)レベル5の認証を取得、マンパワー依存型のシステム開発を否定し、工学的手法の採用を推進している。
マンパワーでなく、ソフト価値で勝負
──この6月に情報サービス産業協会(JISA)の副会長に就任されましたが、これまで業界活動はあまりなさっていませんでしたよね?
神山 あまり、というより、ほとんどやっていなかった。でも売上高が100億円を超えて、日本で最初にCMMIレベル5を取得した企業として、そろそろ業界のために何か貢献しなきゃな、とは思っていたんです。いま、ソフト業は「3K」なんて言われているでしょう。私からすると、何を言ってるんだ、と思いますよ。こんなに面白い仕事はないじゃないですか。ところが、そのことに反論できない部分が業界にある。少しでもいい方向に向かうようにしたいと考えていたとき、周囲から説得されましてね。
──ソフト業の「脱3K」策とは、具体的にどのようなことでしょう。
神山 要はね、技術者が技術者として、ちゃんと扱われていないことなんだな。ちゃんと扱われないから、優れた技術者が育たない。ソフト会社も目先の利益を追いかけて、長期的なスパンで人を育てようとしない。システムの企画・設計もプロジェクト管理もソフトの品質も、何もかも発注者任せでしょう?
言われるままに仕事をして、1人当り月いくらの人月単価の契約で、常に新規案件を探さないとやっていけない。自転車操業で、同じようなタイプの会社が下請けで連鎖している。これを断ち切るには、昔から指摘されていることを達成するように自助努力をするほかない。得意分野でもいいし、得意技術でもいいから何か特色を持って、発注者に提案ができて、プロジェクトや品質に責任を持てるようにする。これに限ります。
──ですが、コスト圧縮の要求はいまだに強い。受注価額が上がらないのにそんなことを言っても現実的じゃない、という声もあります。
神山 確かに当社のユーザーにも開発費を下げたい、上げたくないという企業はあります。だけど、言われっぱなしじゃない。どういうことかというと、発注者の経営方針や管理能力など50項目にわたって当社が評価させていただく仕組みがあるんです。
──受注する側が発注者を評価するのですか?
神山 だってシステム開発は発注者と受注者の共同作業じゃないですか。発注者の管理能力が高ければ、当社の管理負荷は軽減できるから、その分、受注価額を下げてもいい。反対に発注者の品質管理能力が低ければ、それだけ積算は高くなる。もう一つは、どうすれば開発費が下がるか、上がらずに済むかということを協議します。お客さんの業務フローを変えれば、システムを作らないでいい場合もある。手作りしないでパッケージを使うという方法もある。それでコストが下がったら、その一部を当社にください、という要請をすることもできる。
──CMMIレベル5の認証取得がそれを可能にしたということですか?
神山 まったく逆。そういうことができるからレベル5の認証がもらえたんです。会社を作ったときから当社が掲げてきたのは「マンパワーリースはやらない」ことと、「ソフトウェアの量と品質による価格の設定」ということです。今でも製造業向けの生産管理システムを受託していますが、長年のノウハウを応用して、ソフトウェア開発用の生産管理システムを独自に作った。それと、「1業種1ユーザー」を原則にして、顧客との信頼関係を築いてきた。ある意味でユーザー企業と当社はパートナーの関係にあって、プライムで受注できるわけですよ。だから当社は利益率が高いんです。昨年11月期は売上高が約133億円、営業利益が約15億円(営業利益率11%)、経常利益は約17億円(経常利益率13%)ですから、業界では「まあまあ」といったところじゃないですか。
──売上高130億円、従業員1000人規模でプライムのSI受注が可能になるのですか。
神山 できますよ。現に当社はそれをやっている。むろん発注額100億円というような規模は無理だけど、案件ごとの受注額でみれば、上のクラスの業界大手よりも大きな額のSI案件をプライムで受注しています。また、サブ・コントラクターで仕事をする場合でも、当社の担当領域を決めて、責任を持つ。リクスもあるけれど、それを回避することばかり考えていたら、どれくらい利益を取るかもユーザーに握られてしまう。
──当期純利益は約8億円で、前年度比22%減。この理由は何ですか?
神山 一言でいうと、外注費の上昇と先行投資です。外注費についていうと、当社の外注比率は27%ぐらいだけど、丸投げは絶対にしない。外注会社にも当社の生産管理システムや同じ開発方法論を使ってもらって、適正な利益を取ってもらう。昨年11月期は当社の売上高が増えた分だけ外注費が増えた。自社だけが儲かればいい、というんじゃ外注会社はついてきてくれません。ユーザーともパートナー、外注会社ともパートナー、社員に株を持ってもらって、社員ともパートナーという関係を作っている。そういう基盤ができているので、自信をもって「5年後に売上高250億円」を目標にすることができる。
──開発投資は?
神山 いまフランスで研究開発をやっている。それと米国の市場開拓に取り組んでいるところ。まだまだ小さな額だけれど、年間2億円ぐらい、研究開発に投資しています。
「独立系」にこだわるのは自律的であり続けるため
──ソフト業界では中国とかインドに開発拠点を確保する動きが一般的です。フランスというのは珍しいですね。
神山 安い人件費を求める海外進出やM&Aは、当社はやらない。人月単価で商売していないからですよ。M&Aをやるんなら技術を評価して、海外に出ていく。フランスでのM&Aというのは画像処理技術の研究開発をしているLTUテクノロジーズという会社です。2年前の3月に全株を取得して子会社にしました。社長も社員もソフトウェアサイエンスの博士号を持った研究者で、欧州の大手企業や政府機関から技術開発を受託して、ちゃんと利益を上げている。
──日本の会社に買収されることに、現地の抵抗はなかったんですか?
神山 それが全くなかった。調印式に行ったら、フランス政府も歓迎してくれました。自国のIT技術が国際的に評価された、という感覚なんですね。日本の独立系ソフト会社がフランス発のITで、市場を開拓してくれるんならいいじゃないか、と。そもそもソフト技術者に国境はないものなんです。
──そこでいう「独立系」の意味が問われているように思いますが。
神山 メーカー系、ユーザー系の羽振りがいいからね。資本の独立とか、プロプラエタリ(独自)な技術という意味の独立というだけじゃ、真の「独立系」じゃない。ソフト会社っていうのは、知識集約の無体物で勝負するほかないでしょう? それに価値を創造するには、誰かに言われてプログラムを作って、価値を決められていたんじゃ勝負にならない。そうなると会社として自律的でなければならない。日本ビジネスオートメーション(現・東芝情報システム)に勤めていたころから、ずっとそう考えてきました。だから私は「独立系」にこだわり続けるつもりです。
My favorite 社長室の片隅に桐のケースに収まった碁盤が置かれている。「いま買えば碁盤が300万円、石は数十万円」だそうだ。腕前は日本棋院の五段というから相当なもの。日中韓囲碁大会を主催している
眼光紙背 ~取材を終えて~
神山茂社長はパンチカードシステム時代からソフトウェアにかかわってきた。その体験が独自の開発プロセス可視化手法を生み出した。「3Kなんてとんでもない。こんなに面白い仕事はないじゃないか」と、ITの世界の奥深さを広く知らしめたい気持ちをあらわにする。
神山社長が情報処理に興味を持ったのは学生時代。物理の研究にパンチカードシステムを使ってプログラムを作ったのがきっかけだった。塚本祐造、松尾三郎といった先人(いずれも物故)の下でシステムエンジニアとして仕事をしていたとき、「ソフトウェア業とは何か、を考えた」そうだ。
「情報処理技術資格取得数を自慢するのはマンパワービジネスの証」という。齢70を超えての現役社長は何人もいないが、「発想の自由さは若い者には負けない」と目が光った。(英)
プロフィール
神山 茂
(かみやま しげる)1936年10月19日、神奈川県生まれ。60年3月、横浜国立大学物理学科卒業後、伊藤忠電子計算機(現・伊藤忠テクノソリューションズ)入社。62年、日本ビジネスオートメーション(現・東芝情報システム)に移籍し、71年、株式会社ジャステックを設立。03年、CMMIレベル5認証取得と同時にジャスダック市場に株式を公開、07年6月、情報サービス産業協会副会長に就任。
会社紹介
ジャステックが初めて本社を構えたのは東京・渋谷。1990年代の中ごろ、渋谷はインターネット系ベンチャー企業が集まって「ビットバレー」などと呼ばれた。当時、日本ビジネスコンサルタント(現・日立情報システムズ)を筆頭に、独立系情報サービス会社が相次いで設立され、第1次ベンチャーブームに沸いていた。創業当初からの10箇条から成る「企業憲章」をかたくなに守り、資本・営業・人事の独立を貫いている。06年11月期の顧客業種別売上高は金融・保険業29.9%、電力・運輸業19.9%、製造業19.3%、情報・通信業17.9%、流通・サービス業10.7%。