地方の中小ソフトウェア会社は、地域経済の衰退などとともに疲弊しつつある。この好ましくない状況に一石を投じようと、2000社弱が所属する全国地域情報産業団体連合会(ANIA)は、中村真規会長が就任してから、IT業界改革を世に訴え続けている。小さなベンダーが集まり共同企業体を組み、大型案件の獲得を狙う「IT-JV方式」は、その一端である。国内のIT産業を下支えする地方IT産業をどう立て直すのか。ANIAにはそんな期待が集まっている。
谷畑良胤(本紙編集長)●取材/文 大星直輝●写真
地域活性化と集合体の確立「下請け脱却」に妙案あり
──全国地域情報産業団体連合会(ANIA)会員の多くを占める地方の中小ソフトウェア会社の市場環境は、なぜ、ここまで厳しい状況に陥っているのでしょうか。
中村 ANIAは(大手SIerが所属する)JISA(情報サービス産業協会)の対抗とはいわないまでも、JISAに対するバランスとしてポジショニングされています。JISAの会員は、ほとんどが首都圏にある大手SIerで、従業員も1社平均700人は下らない。確かに、JISA会員のベンダーが日本のIT産業を支えているのは間違いない。しかしそれでも、情報サービス産業の全売上高の40%程度にすぎないんです。
残り60%は、数人から数十人規模の中小ソフト会社の集合体が下支えしています。国の施策は、各地方の経済産業局や総務省を通じ、地方の自治体などに落ち、その影響下に置かれています。ところが、首都圏を中心とした大手SIerの利害と地方の中小ソフト会社の利害は必ずしも一致していないんです。
──両者の利害が一致していないとは、具体的にどういうことですか。
中村 首都圏と地方では、時間や仕事上のギャップがあります。地方の場合は、顧客も中小企業です。本来、大企業と中小企業の顧客では、システム構築やソフト開発の対応の仕方が異なります。ところが国はそれを「IT」というひとくくりの施策で論じてしまっています。これは困る。どこかが、全国各地域の中小企業の意見を取りまとめ、国などに申し入れて、中小企業の悩みや現状に合ったIT施策を考えるよう訴えていく必要があります。その役割としてANIAが存在しています。
──地方の顧客の“お守り”は地場の中小ソフト会社がすべきで、いわばIT産業の「地産地消化」を進めるべきということですか。
中村 私自身は「地産地消」に異議ありです。地方のソフト会社のうち、全国平均で、地場の顧客を相手に収益を上げているのは70%程度。残りは首都圏の大手SIerなどからの「下請け」で賄っています。地域産業に元気がなくなれば、IT産業全体の元気がなくなるのはやむを得ないかもしれない。
地方のIT産業が生き残る道は、自分たちのIT技術を使って地場産業を活性化することがまず一つ。もう一つ大事なことは、地域産業が停滞するのに合わせて、地方の中小ソフト会社も元気を失っていいのかということです。これを何とかするために首都圏の大手SIerから、どんどん「下請け」で仕事をちゃんと獲得していくべきなんです。地方では、「内需拡大」と「外需拡大」を同時に進めるということです。地方の外需を拡大するには「地域から攻めていく」ことになる。首都圏を攻めることに、国は積極的ではないんですね。
──ただ、地方にも全国展開する元気な一般中堅・大手企業はありますよね。ここを“お守り”する力をもてばいい。
中村 地方にある元気のある企業を支えるには、地方の中小ソフト会社1社だけでは体力が不足している。そこが問題なんです。例えば、北海道資本で全国展開する某サービス業の大手企業は、NECや富士通などがシステムを担っているようです。こうした企業が小さい時は、地場の中小ソフト会社が関わりますが、大きくなると同時に大手SIerに担当が移ってしまう。これも課題ですね。
SaaSは「一極化」の危険 脱皮し続けて業界の変革を
──こうした現状の打破を目的に、今年7月に開催した「ANIA北海道大会」では、「ITサミット共同声明」として、「ソフト技術者の人気向上」「IT─JV(共同企業体)方式の推進」「SaaS(Software as a Service)の問題点分析」の3点を発表しました。このうち、「IT─JV方式」については後ほど伺いますが、SaaSを問題視するのはなぜですか。
中村 SaaSは、結局、首都圏集中型を招きますよね、ということで地方の中小ソフト会社がどんどん潰れるという仕組みだということを問題提起した。つまり、SaaSに賛成していません。地方の中小ソフト会社にとってSaaSは、必ずしも喜ばしくない。
(SaaSを拡大する前に)本当は、地域経済とIT産業の結びつきをさらに強化することが重要で、そのために地方の中小ソフト会社は地域密着型でIT技術を提供する必要があります。SaaSみたいに、「(導入する製品は)どこでもいい」という仕組みができると、仕事はみんな首都圏に取られてしまう。それによって、われわれの出番がなくなるということを危惧しています。
──そこで、IT業界で話題になっている「IT─JV方式」が、こうした弊害を取り除くために有効だと考えているのですね。
中村 さっきの話に戻りますけど、地方の有力企業には、首都圏の大手SIerが入り込んでいます。われわれはその「下請け」となる。その状況を打開するには、われわれ自身がジョイント・ベンチャー(共同企業体)を組み、ある程度の規模にならないと顧客は安心して発注できない。中小ソフト会社でも相手にしてもらえる体制を確立しようと考えついたのが「IT─JV方式」です。
「元請け」が受注した案件を「下請け」することは、今後も中小ソフト会社が生き残るために重要です。今までは、この肉の塊(案件)をわれわれがまとまった形で請け、この肉を仲間内でケンカしないで切る(シェアし合う)までのことができなかったんです。だから、大手SIerや自治体・官公庁が発注する場合、われわれで肉を切れないから、発注側で肉を細切れに小さくしたうえで、中小ソフト会社に出しているんです。それではダメなんです。だから、共同企業体として肉の塊を持ってきて、ケンカせずにしっかりシェアできますという存在感を示すべきなんです。
──肉の塊を公の場に示し、みんなの前で切り分ける。ANIAでは、このナイフを入れる担当者として「管理委員会」のような組織を「IT─JV」内に設け、公正中立性を保とうということも定着させようとしていますね。
中村 公正中立な「アンパイア」に徹することができる存在として「管理委員会」を設けることを求めています。ITコーディネータ(ITC)がそれに近い存在という議論も出ています。ITCはコーディネートする教育は受けていますから。あとは、「アンパイア」としての教育を施すことが必要になるでしょう。
──本当にこれでIT業界が変わりますか。
中村 今までは黙って口を開けて肉が落ちてくるのを待っていた。ですがこれからは、肉を切り分けるという経験を踏むことになります。この経験を多く経ることで、次のステージに上がり、中小ソフト会社に技術力やノウハウが溜まりレベルアップします。
──もう一つ。本当は地方にも潜在的な案件があって、地場の中小ソフト会社はそれを掘り起こしていないという見方もあります。
中村 地元の顧客にもっと積極的に関わっていくことは重要です。どうしても、目の前に案件があると安心してしまう。私は「脱皮できない蛇は死ぬ」とよく言います。何らかの形で脱皮し続けることが重要です。地域経済の衰退、中国の攻勢など、変わる環境に順応するために脱皮することが求められています。だから、ANIAのような組織があるんだからスクラムを組んでいこうと訴えています。
My favorite ドイツの老舗文具メーカーであるペリカン社の万年筆。子供の頃から「文具」が好きで、青山学院大学生の頃から通い続ける東京・南青山の「書斎館」というアンティーク文具店の直営店がある東京国際空港(羽田空港)で購入した逸品
眼光紙背 ~取材を終えて~
未来の国内IT産業の行く末を案じる論客はたくさんいる。しかし、実体が伴う解決策を持ち、それに基づき自ら行動できている人物は数少ない。ANIAの中村真規会長は、その代表格といえる。独自の考えや行動力が勝っているためか、中村会長に対するIT業界関係者の評価は毀誉褒貶が相半ばする。しかし、それも、その存在の大きさからくるものであろう。
今、地方の中小ソフトウェア会社は、低価格な「オフショア開発」体制の進行による案件の減少や「多重下請構造」の下で収益を得にくいなど、課題山積といっていい。にもかかわらず、この構図を見直そうと本気で考え、世の中をリードする人物がいない。
地域産業が疲弊しているから、だから地方の中小ソフト会社も行き場を失う──。これを当然として見過ごすことを中村会長は許さない。「IT─JV方式」は、自社で実践。それを全国へ波及させることを狙う。この行動を業界関係者は見習うべきだ。(吾)
プロフィール
中村 真規
(なかむら まさき)1947年10月、北海道小樽市生まれ、60歳。73年3月、青山学院大学経営学部卒業後、同年4月にバロース(現在の日本ユニシス)に入社。大型メインフレームやオープンシステムなどの技術者として活躍。87年8月には、独立して札幌市にソフトウェア会社、デジックを設立し代表取締役社長に就任。2003年4月には北海道内の情報サービス産業やディーラーなどの団体が統合し設立された北海道IT推進協会の初代会長になる。05年10月には、北海道情報システム産業協会(HISA)を設立し、会長に就任。06年10月から現職。
会社紹介
全国地域情報産業団体連合会(ANIA)は、地方の中小ソフトウェア開発会社を中心とした任意団体として、1986年11月に前身となる「地域情報サービス懇談会」を複数県の情報通信産業団体で発足した。その後、88年には「全国地域情報産業団体協議会」に、93年には現在の「全国地域情報産業団体連合会」に名称変更し、連合会組織に改組した。ANIAは、地域の情報通信産業の発展や情報通信インフラの整備、未来の社会インフラづくりに貢献する活動を展開。組織は、北海道から沖縄まで全国の情報通信産業団体の正会員と首都圏の特別会員団体、賛助会員で構成されている。今年4月現在では、21都道府県市の団体の正会員と賛助会員などを合わせ1955社が加盟する連合会組織になっている。