改善だけでは新興国に勝てない
──特定サービス産業動態統計にもとづく情報サービス業の売り上げは、2011年3月まで22か月連続の減少が続いています。リーマン・ショックから3年目。本来なら今年度はプラス成長が期待されていたのですが、震災で一気に不透明感が強まりました。
浜口 私はそれほど心配していません。世界経済の成長を見据えた大手ユーザー企業の設備投資の意欲は衰えていませんし、夏の電力不足が一段落した9月以降、復興に向けた需要も本格的に強まってくるとみています。下期に入る10月からは前年同月比での伸びが顕著になり、通期(2012年3月期)でもプラス成長に転じる可能性が十分にある。世界的な経済の回復基調の流れのなかで、2012年度(13年3月期)においても、日本だけ二番底に落ちるとは考えていません。
──震災後の情報サービス業は、どうあるべきでしょうか。
浜口 日本人は、インプルーブ(改善)することは得意ですが、突破口を開くようなイノベーションがどうも弱い。東京電力の原発はあのような大事故を起こしてしまいましたが、一方で、東北新幹線は地震の揺れをすばやくキャッチして安全に停止しました。阪神・淡路大震災、新潟県中越沖地震の経験を経て、橋脚の補強や地震検知システムを地道に改善してきた結果であり、世界に誇ることができる取り組みです。
ただ、インプルーブだけでは、いずれ新興国に追いつかれ、追い越されてしまう。これは情報サービス業にもあてはまります。もっと広い視野をもって、自由な発想でイノベーションを起こさない限り、将来の情報サービス業、ひいては日本の発展はありません。
──カイゼンが得意で、イノベーションが苦手なのは、今に始まったことではないと思いますが……。
浜口 どういわれようとも、イノベーションは必要です。例えば、高い放射線量のなかでも活動できるロボット。今回の原発事故の直後、国産ロボットはまったく役に立たなかった。原発は絶対安全という神話による思考停止も指摘されていますが、高線量下で動けるロボットは軍事転用をも連想させる。そこで想像力が萎えてしまったようなことは、けっしてないと言い切れるでしょうか。同じことが人工衛星でもいえますよね。心情的なアレルギー反応がどこかに感じられます。災害復旧にもっと人工衛星を活用したり、技術検討が進むITS(高度道路交通システム)なども応用できるはずです。軍拡をしようなどとは思っていませんよ。民生用途でも、イノベーションを起こすには、それくらい踏み込んだ研究開発が必要だということです。
──従前と同じことを続けていては、成長はない、と。
浜口 そうです。震災復興にしても、ただ復旧するだけでなく、スマートグリッドなど先進技術の導入・発展、太陽や地熱など、自然エネルギーを活用した新エネルギーの開発など、真の復興に取り組んでいく必要があります。被災地はまだそれどころではないのかもしれませんが、復興需要の波に乗って技術革新に果敢に挑んでいく姿勢が重要ですし、政府や関係省庁のみなさんにもイノベーションを後押ししてもらうような施策を望みます。
・お気に入りのビジネスツールイタリアの万年筆ブランド「AURORA(アウロラ)」。グループ会社の役員退任時の記念として贈られた。「驚くほど書きやすい」(浜口友一会長)とお気に入り。ただ、「近年は手書きが減って、漢字も忘れがち。パソコンで下書きして、手書きで清書することも」と苦笑する。
眼光紙背 ~取材を終えて~
イノベーションの壁には、浜口友一会長自身も幾度となく突き当たってきた。先駆的なシステムとして注目を集めた気象庁の地域気象観測システム「アメダス」の開発に携わったときには、「豪雨で観測装置が流されたり、通信が途絶したりした。そのつど、無線と有線で通信を二重化するなどの地道な改善を繰り返した」と振り返る。今回の震災被災地で携帯電話基地局が壊滅的打撃を受けたのを目の当たりにして、当時の記憶が呼び覚まされたようだ。
スマートグリッドについても苦い経験をもつ。今でこそ横浜や北九州などでようやく実証実験の段階に入っているものの、「かつて電力会社にこの話をもって行ったときは、『日本の電力網は十分にスマートだ』と門前払いだった」と、立ち上げ段階での苦労を明かす。震災後の電力事情の悪化は、くしくも真の“スマート”とは何なのかという重い課題を情報サービス業に突きつけている。(寶)
プロフィール
浜口 友一
(はまぐち ともかず)1944年、徳島県生まれ。67年、京都大学工学部電気工学科卒業。同年、日本電信電話公社入社。95年、NTTデータ通信(現NTTデータ)取締役産業システム事業本部第一産業システム事業部長。96年、取締役経営企画部長。97年、常務取締役公共システム事業本部長。01年、NTTデータ副社長。03年、社長。07年、取締役相談役。09年、相談役。07年、情報サービス産業協会(JISA)会長に就任。
会社紹介
有力SIerなどで構成する情報サービス産業協会(JISA)。日本の情報サービス業を代表する団体である。東日本大震災の発生直後には経済産業大臣宛でデータセンター(DC)のバックアップ電源用燃料に関する優先供給を要望。今夏の節電についてもDCの運用上の特性を訴えるなど、危機に直面した情報サービスベンダーの悲痛な叫びを代弁する。並行して震災復興に関連する情報関連政策の要望を出すなど、業界を挙げて復興に取り組む姿勢を明確に示す。