強まるクラウドのニーズ
――大震災直後には、クラウドを求めるユーザー企業が増えたと、複数のITベンダーから聞きました。ですが、それは一時的な現象で、5月頃からは問い合わせが減少してきているとも聞いていますが……。
山本 富士通はそんなことはないですよ。クラウドを求める声は引き続き強くて、上期のクラウド事業は、前年同期比50~70%増で伸びています。被災の有無にかかわらず、全国的にクラウドに関心を示すユーザーは増えています。
――クラウド事業の強化に向けて、データセンターの増強など、富士通もかなりの費用を投じておられますね。投資に見合うビジネス規模になってきたのでしょうか。
山本 クラウド事業の今年度の目標売上高は1000億円と定めていますが、上期を振り返れば順調で、成長のカーブにしっかりと乗っています。下期も引き続き好調に推移していて、通期でみても達成は十分可能、上乗せもできる感触を得ています。長期的には2015年にソリューション事業のうち、30%をクラウドビジネスで占める計画を立てています。
――そうなると、次の年度も主役はクラウドになりますか? まだ少し気が早いですが、クラウド事業を含めて2012年度の方針を聞かせてください。
山本 国内でいえば、復興も含めて、政府が社会インフラの整備に資金を投じますから、そこにどれだけ貢献できるかがポイントになると思います。また、SMB(中堅・中小企業)向け事業も重要だと捉えています。富士通は、2010年10月に富士通マーケティング(FJM)を発足させ、FJMが全国のSMB向けビジネスの指揮を執る体制を敷きました。試行錯誤を経て、このような体制をつくりましたが、中身が重要です。SMBのユーザーは、大手企業のようなSIサービスよりも、「この悩みにはこのITソリューション」というパッケージを提供するほうが向いていると判断していて、そのソリューションづくりを進めています。クラウドも利用価値が高いと思っており、そのメニューづくりを強化しています。大切なのは、FJMだけでなく、全国のパートナーとともにその商材づくりと拡販を進めることです。
――海外については?
山本 海外進出する日本企業は増えていますから、日本と同じように海外の日系企業向けの製品販売とITサービスを提供することは当然行っていきます。また、全世界で共通のクラウドサービスを提供することにも力を注ぎます。その提供施設をイギリス、ドイツ、オーストラリア、アメリカ、そしてシンガポール、東京の6拠点に設置し終わりました。海外に多くの拠点をもつ企業は、そのすべての拠点に共通するITサービスを提供してほしいと考え始めていますから、そうしたニーズに対応します。
――最も成長している中国は、どう攻略していこうと思っていますか?
山本 中国市場については、「これをやれば絶対にうまくいく」という戦略があるとは思っていません。さまざまなビジネスに挑戦している段階ですね。日系企業向けビジネスも当然やっているし、プロダクト販売も行っている。2012年にはデータセンターも稼働する予定です。地道に富士通のブランド力を上げて、さまざまな可能性を探っていきたいと考えています。業績目標で言えば、今年度は1000億円を目指し、13年度にその2倍に2000億円に到達する目標を掲げています。目標額が多いか少ないかという議論はあるかもしれませんが、私は善戦していると思っています。
――最後に2012年のキーワードを教えてください。
山本 大震災からの復活の意味も込めて、「新生の年」という言葉を掲げます。
・お気に入りのビジネスツール 富士通製のスマートフォンとタブレット端末「ARROWS」。自信作のようで、拡販に意欲を示している。「CMには『EXILE』を起用して、お金もかけているしね」と山本社長。ちなみにスマートフォンと相性のいいソーシャル系アプリについては、「情報漏えいが怖いので、使わない」とか。
眼光紙背 ~取材を終えて~
恒例として毎年年末に行う富士通の社長インタビュー。山本社長は、昨年に続き、2回目の登場となった。この原稿を書く前に、2011年の記事を読み返した。1年前も市場環境は不透明で、しかもあの時は野副州旦元社長との確執が表沙汰になり、富士通に対する社会の目は厳しかった。そして2011年は、東日本大震災にタイの洪水。取り巻く環境は、年が変わっても厳しい。
ただ、山本社長は、後ろ向きな発言を一切しない。これも前の年との共通点だ。本文で書いたように、2012年のIT産業の見通しについては、「楽観視している」と断言した。「よい時もあれば悪い時もある」とも。後ろ向きの発言を控えるのはトップとして当然だとは思うが、山本社長のポジティブな言葉に、無理をしているような感じは受けなかった。
2012年。「千年に一度の惨事」を経験した翌年、強い精神力と前を向く姿勢の大切さを山本社長に学ぶことができた。(鈎)
プロフィール
山本 正已
(やまもと まさみ)
1976年、富士通に入社。99年、パーソナルビジネス本部モバイルPC事業部長。02年、パーソナルビジネス本部長代理。05年、経営執行役。07年、経営執行役常務。10年1月、執行役員副社長。10年4月に執行役員社長に就任し、10年6月、代表取締役社長に就いた。