三つの“強い製品”をクラウド化
──「人」の問題も重要ですが、ステークホルダーは、すぐにでも業績回復など、目に見える結果を求めたのでは? 津玉 「結果を出そうと思えば、出せるでしょう。ただし一過性になりますよ」と、申し上げました。永続的に成長するには、いま基礎教育をやらなければ、いい会社にならない。何をいわれようが、そこは絶対曲げません。
──ところで、実業の面では、大興電子通信は3年ほど前に比べて、どう変わりましたか。 津玉 当社は、長く「お客様軸」でシステム開発を手がけてきましたが、この開発自体が徐々に尻すぼみになります。これまではパッケージソフトウェア、これからはクラウドコンピューティングのSaaS事業で、「お客様軸」と別の「製品軸」で戦わなければ、IT業界の“負け組”になってしまう。当社は強い製品を三つもっています。間接材の購買業務の効率化システム「PROCURESUITE」、個別受注生産管理システム「rBOM」、小売業向けPOSシステム「RetailFocus」の三つのソリューションが、その位置づけになります。これを、クラウド化、SaaS化、グローバル化できる製品に仕上げて、積極的に販売します。
──パッケージやSaaS型のサービスを強化すると、逆に案件の単価が小さくなるので、より多くの顧客を獲得する必要がありますね。 津玉 製品がしっかりつくり込まれていれば、アドオンを最小限に抑えることができ、販売も自社だけでなく販売会社にも委託できます。今あるビジネスを3倍に広げることができると試算しています。何でもかんでも自前主義でやる時代は終わったと判断しておりますし、他社製品との連携も拡大できるでしょう。
──大興電子通信というと「富士通系列」のイメージが強いですが、その点については……。 津玉 私は、当社に入社して30年目になります。同期入社組とよく話すのですが、わが社は「商社」なのか「SIer」であるべきなのか、と、いまだに自問自答しています。ただ、よく考えてみると、何でも扱う「商社」では勝てない。特定領域で「オンリーワン」にならなければならないという結論に達しました。さらに、お客様が欲しいと思うモノを形にする、すなわちものづくりをしなければいけない。国内情報サービス産業は再編されて、ITベンダー数は激減するでしょう。その時に、「残っている理由」をもっていたい。こうした観点からすると、「お客様軸」は絶対的に弱いと判断しました。
ですので、富士通のパートナー企業の大興電子通信ではなくて、こうした製品をもっている大興電子通信はいいねと、富士通や別のメーカー系列のITベンダーが当社を利用してくれる会社に変わらないと、あっという間に消えてしまう。
富士通色は少し薄め、地域医療に本格参入
──富士通との関係は薄まるのですね。 津玉 60年間、富士通や大和証券などの株主に支えられて、ここまで来たことは間違いありません。この期待を裏切るようなことはしません。ただ、市場が大きく変化し、国内だけでなく海外へ市場を広げる方向にきている。富士通との関係は少しだけ薄め、大興電子通信という軸で戦う会社に仕上げなければ生き残れないと感じています。
──「商社」の道を選ばないという発言がありました。今後の収益構造は、変わりそうですね。 津玉 ハードウェアは利幅が薄くなっています。ただ、例えば、ロットでパソコンが大量販売できるという点は捨てがたい。パソコンを販売するなかでキッティング作業やLAN構築をするなど、少ない利幅にプラスαする工夫はできるはずですので、ロットの部分を絶対に排除してはいけない。「商社」の部分は残る。海外も展開をしたいと考えていますが、まだまだ国内でやり残したことが多くあります。
──2013年12月には創業60周年を迎えますね。新たな展開についてお聞かせください。 津玉 創業60周年を機に、新事業を立ち上げます。日本は、少子高齢化社会になり、医療と介護が軸になってくるでしょう。実は、医療領域は富士通と一緒に展開していますが、利幅が薄い。着手してから全体システムを納品するまでの期間も長い。これでは、大興電子通信が軸になったビジネスができないのではないかと考えています。奈良県で救急医療の実証実験が行われていますが、ここに関わることができ、「バーズ・ビュー」という共同出資会社を設立しました。これを中心に、iPadなどを使った映像系の仕組みを含めて、地域医療にも進出することを計画しています。
医療ビジネスを新しい柱と位置づけて、全体の事業を底上げします。その案件で、消防庁の入札案件が取れました。狙う市場は大きく、具体的な見込み案件としては30億円ほどになります。医療ビジネスだけで、短い間に100億円にできると考えています。そこに、他の部門から極めて優秀な社員を選抜して抜擢しました。大興電子通信は、60周年を目前にして、初めて生まれ変わるのです。
・FAVORITE TOOL 大興電子通信は、津玉高秀社長CEO兼COOが就任して以来、社員の基本動作を見直す全社活動「5S×5S活動」を推進。その一環として、朝の一定時間帯に全社員で社内清掃を行っている。写真は、津玉社長が社長室など身の回りを自身で磨くための年季の入った雑巾だ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
大興電子通信といえば、多くのIT業界関係者は「富士通系列のディーラー」をイメージする。2007年度(08年3月期)から3期連続の最終赤字を計上し、津玉社長は若手のホ・プとして抜擢された。
記者が同社を最後に訪問したのは、5年ほど前だ。赤字続きの頃だったが、今とは事務所の雰囲気一つをとっても違っていた。現在は、整理整頓が徹底され、社員の挨拶の声も大きい。トップが代わると、ここまで変貌するものかと感心した。
同社は、パソコンやサーバーなどハードウェア中心のベンダーで、クラウドが普及するなかでは業績が伸びにくい。取材前は悲観的な話を聞くことになると思っていたが、名刺交換からして明るい声で挨拶してくれたことに驚いた。
津玉社長は「大興電子通信色を出す」と言い切り、パッケージやクラウド、新規領域の開拓など、電光石火で改革を進めてきた。言葉も弾み、終始笑顔でインタビューに答える姿に赤字体質は過去のものに映った。次へ向かう基盤は整った。あとは前へ向かうだけだ。(吾)
プロフィール
津玉 高秀
津玉 高秀(つだま たかひで)
1959年7月、広島県生まれ、53歳。82年3月、広島工業大学工学部を卒業後、同年4月、大興電子通信に入社。主に営業畑を歩み、06年4月に執行役員に昇格。09年4月、名古屋支店長兼トヨタビジネス営業部長に就任。10年3月には、副社長執行役員COOになり、同年6月から代表取締役社長CEO兼COO。趣味は、ランニングやバレエ鑑賞、バラ栽培、人と接すること。
会社紹介
大興電子通信は1953年12月、「大興通信工業」という社名で、大和証券(現・大和証券グループ)各店舗のビルメンテナンスと通信機器の保守事業会社として設立。64年4月には、富士通と特約店契約を締結。現在、システム構築から保守までの一貫サービスを全国25拠点で展開中。2012年3月期の通期業績は、売上高が約340億円。13年3月期は売上高が351億円を予想する。