100万ユーザー獲得に向けてパートナーを拡充
──これまでは、おっしゃるようにTwitterなどSNSを通じたクチコミで認知度を高め、流行に敏感なユーザーを中心に広がってきたという印象です。5年間で100万事業所のユーザー獲得という目標を掲げておられますが、今後、マーケティングの方向は変化していくのでしょうか。 佐々木 あらゆる経営者が創造的な活動にフォーカスできるようにするというのが、freeeの経営理念ですので、より幅広いユーザーを獲得する施策にシフトしてきています。
具体的には、利用権とスタートガイドをセットにしたパッケージ版をAmazonで販売したり、ニフティの「ハコクラ」での展開も始めています。また、「freee」のユーザーの方が、ご自身で出版社に企画を通して「世界一ラクにできる確定申告~全自動クラウド会計ソフト『freee』で仕訳なし・入力ストレス最小限!」(技術評論社刊)という書籍を執筆・出版してくれて、これがAmazonの確定申告本のなかでトップの売り上げを維持しています。「freee」のファンがビジネスを盛り上げてくれていることが、大きな成長につながっています。
──会計事務所とも関係を構築しておられる。 佐々木 そうですね。認定アドバイザーという「freee」に対応する会計事務所・税理士のネットワーク機能もつくりました。すでに250事務所ほどの登録があり、このネットワークも拡大していきたいと考えています。実際、スモールビジネスでは会計士・税理士の存在に頼る部分は大きく、ユーザーから自社の顧問税理士が「freee」に対応してくれないので、対応できる会計事務所を紹介してほしいという依頼も多いです。
ただ、特定の会計事務所とつき合って一緒になってユーザーを囲い込もうとは考えていません。オープンなネットワークにして、「freee」に対応しなければ、会計事務所が自らのビジネスチャンスを逸してしまうという状況にもっていきたいと考えています。
──そのほかのパートナー施策は? 佐々木 クレジットカード会社や銀行との連携を強めるのはもちろん重要です。ダイナースやクレディセゾンなどは、ビジネス向けカード会員に積極的に「freee」を勧めてくれています。クレジットカードを使うと「freee」はさらに便利になるし、クレジットカードの利用額も増えるわけです。
さらに、APIを公開していて、POSレジやEコマースなど、「freee」と連携するパートナーベンダーのアプリケーションも揃ってきています。これを充実させていくことも集客という部分では非常に重要です。従来、B2Bのシステムベンダーは、オープンな連携とは逆の発想でユーザーの囲い込みを図ってきましたが、これは後ろ向きな発想でしかないという問題意識はもっていました。
「紙の会計帳簿のワープロ」から脱して
──製品戦略はいかがですか。 佐々木 iOS向けモバイルアプリを2月にリリースしました。自動化を進めても多少残ってしまう手入力をスマートフォンでやりたいという声が多いので、Android版も3月中にはリリースします。
また、今年前半をメドに、給与計算の機能をつけます。「freee」にはすでに請求書の機能があって、簡単な販売管理はこれでできますので、スモールビジネスであればバックオフィスを一貫したシステムで回すことができるようになります。これらを浸透させていくのが、今年のテーマです。
──スモールビジネスから、さらに大規模なユーザーにも訴求していく考えはありますか。 佐々木 当社が戦略として注目しているのは、日本の全企業の9割近くを占めるスモールビジネスの圧倒的なボリュームです。確かに、20~100人規模の中小・中堅企業からの問い合わせもかなり多いですし、そのレンジでも使える製品には仕上げていきたい。ただ、積極的にその市場を攻めるのはまだまだ先だとも思っています。中規模の企業には、カスタマイズのニーズなどが高く、それらにすべて対応すると、結果として使いにくい製品になってしまう可能性があるからです。freeeの発想は、プラットフォームとして強い、いいものをつくりたいというもの。そのためには、ユーザーのボリュームを重視すべきだと考えています。
──ボリュームを重視するならば、ITリテラシーの低いユーザーも取り込む必要があります。 佐々木 もちろんです。その点について不安は感じていません。まずトレンドや新しいテクノロジーに敏感な人を取り込めば、その周囲に確実に普及します。最初は、ブラウザもChromeにしか対応していなかったんですが、3か月くらいで流れが変わり、今ではInternet Explorerで使うユーザーが一番多い。ユーザー対象をきちんとセグメントして、訴求していく順番とタイミングを見極めることが大事です。最初から全方位で展開していたら、ここまでユーザーは増えなかったでしょう。
──既存ベンダーを競合として意識しますか?あるいは、協業相手になり得るのでしょうか。 佐々木 競合として意識はしませんが、「freee」のエコシステムへの参加は歓迎します。むしろそれこそが、「freee」のビジネスにとってキーになると思っています。ただ、当社がやりたいことは、いままでみんなが盲目的に従ってきた会計の非効率なプロセスを抜本的に変えることだというのは理解していただきたいです。既存の会計ソフトは、「紙の会計帳簿のワープロ」から脱していない。「freee」は、スモールビジネスの経営者が本当に経営のことを考える時間を生み出すために、まったく新しい考え方を提示しています。そういう意味で、既存のIT商材とは違うのです。

‘freeeの発想は、プラットフォームとして強い、いいものをつくりたいというもの。そのためには、ユーザーのボリュームをまずは重視すべきと考えています。’<“KEY PERSON”の愛用品>卓球用具一式 オープンな雰囲気のfreeeオフィス内には卓球台が常設され、気がつくと社員の誰かがプレーしているという。佐々木代表取締役も「いい気分転換になる」と、仕事に煮詰まったときは、迷わずラケットを握る。
眼光紙背 ~取材を終えて~
佐々木大輔代表取締役には、「オンプレミスのパッケージで売れたシステムをASPサービス化して、100や200のユーザーを囲い込もうとするビジネスとは、目指すものがまったく違う」という強烈な自負がある。市場の「面」を獲得して強いプラットフォームをつくることが何よりも戦略上重要だと考えている。一方で、「ある程度確立されたビジネスモデルとユーザー基盤がある既存ベンダーは、なかなかそうしたビジネスモデルに踏み出せないだろう」と、半ば同情しながら話す。
根底にある問題意識は、Google時代に培われた。日本の中小企業は先進国のなかで圧倒的にクラウドサービスの利用率が低く、生産性が低い。これでは世界に取り残されてしまうという危機感をもったという。100万ユーザーの獲得という目標は野心的で、容易に達成できるものではないだろう。だが、佐々木代表取締役の思考は地に足がついている。単にクラウド会計システムとしての普及だけでなく、プラットフォームビジネスとしての成功も十分予感させる。(霞)
プロフィール
佐々木 大輔
佐々木 大輔(ささき だいすけ)
東京都生まれ。一橋大学商学部卒。データサイエンス専攻。派遣留学生として、ストックホルム経済大学にも在籍。大学在学中からインターネットリサーチ会社でリサーチ集計システムや新しいマーケティングリサーチ手法の開発を手がける。卒業後は、博報堂などを経て、2008年、Googleに参画。日本市場のマーケティング戦略立案や日本、アジア・パシフィック地域の中小企業向けマーケティング統括を担当した。2012年、freeeを創業。
会社紹介
クラウド会計システム「freee」で急成長中の注目ベンダー。旧社名はCFO。2012年7月設立。東京都港区にオフィスを構える。資本金は1億6781万8044円。スタッフは約30人で、半数は開発、残りの半数はカスタマーサポートとマーケティングを担当している。