受託開発の階層を縦から横に変えていく
──会員は中小企業が多いとのことですが、その企業規模ゆえの課題があると思います。 酒井 まずは、何かと話題になる階層構造化ですね。元請け、下請け、孫請け、ひ孫請けと、階層を下るほど中間搾取が多くなって、最終的にエンジニアの報酬が少なくなるという多重下請けの問題があります。仕事内容は、孫請けもひ孫請けもあまり変わらない。違いは、人件費の搾取の割合です。だから、そこは解消しなければなりません。
──どのように解消するのでしょうか。 酒井 直取引を誘発するようにしています。
──元請けになるということですか。 酒井 簡単に元請けになることはできないので、孫請けまではよしとしています。ひ孫請け以下をなくして、縦の構造を横に広げるイメージになります。JIETには元請けになる大企業の会員もいるので、実現できると考えています。JIETは、全国の支部で定期的に商談会を開催しています。そこで紹介する案件を孫請けまでとすることでも、中間に入っている企業を不要にできます。
──下請けからの脱却を目指して、自社製品やサービスをリリースする小さな会社は称賛されます。JIETはそこを目指さないのですか。 酒井 実現できればいいのですが、会員企業にその体力があるかどうかです。
──簡単ではない……。 酒井 よくいわれることですが、90%強の会社は起業から10年以内で倒れてしまう。原因は、いきなり勝負をかけているからだと思います。システム開発は、地道な労働集約型産業ですよね。パッケージソフトをつくっている会社もありますが、多くは受託のシステム開発をやっています。労働集約型は、人工(にんく)の計算になるので収益を確保しやすい。脱人工には、リスクが伴います。
──脱人工で成功する会社もあります。 酒井 勝負をかけるのはいいのですが、ドーンと急成長して話題になっても、長続きしない会社が多い。成功すればもてはやされますが、大切なのは安定した経営の下で地道に人材を育てること。日本のソフトウェア産業には、地味ながらも人材を大事にしながら経営している会社がたくさんあります。JIETが仕事と人を結びつける役目を担っているのは、そうした企業をサポートするためなのです。
──クラウドにいち早く取り組んだことで、システム開発を手がけている小さな会社が一気に大手SIerと肩を並べるケースも出ています。 酒井 やはり、同じだと思いますね。クラウドによって生まれたチャンスはあるでしょう。チャンスがあれば攻めればいい。ただし、経営者はリスクをヘッジしないといけません。それができないようでは、ただの勝負師になってしまいます。
将来は会員の海外展開をサポート
──景気がよくなったことで、システム開発の案件が増えているといわれます。実際に、案件が増えたという実感はありますか。 酒井 案件は多くなりました。ただし、人件費の単価はまだ安いままです。
──“まだ”ということは、人件費が上がりそうな雰囲気はありそうですね。 酒井 これから徐々に上がっていくでしょう。単価だけでなく、いわゆるエンジニアの価値も上がっていくと思います。それほどエンジニアが不足しています。
──エンジニア不足が、IT業界の階層構造を解消するかもしれません。 酒井 そう思います。階層構造の上に行くチャンスです。
──景気のいい話を続けたいところですが、エンジニア不足が続くのは2~3年後までで、その後は案件が減って、IT業界は厳しくなるともいわれています。 酒井 IT業界の危機説は、これまで常にいわれてきました。少し前は、2015年以降に開発案件が急減するという「2015年問題」がありました。最近は、「2016年以降問題」に変わって、「2017年問題」という人もいます。東京五輪が決まってからは、2020年までは大丈夫といわれるようになりました。
──いろいろいわれてきたが、結局のところ仕事は減っていない、と。 酒井 減ってはいませんが、将来は受託の仕事は減っていくと思います。それが10年先か、20年先なのか。グローバル化の影響はあるでしょうね。日本の企業は、海外の企業よりも、パッケージソフトを使うことが少ない。パッケージソフトのほうが、コストを抑えられますから、いずれそうなっていくと思います。
──ただし、それは10年以上も前からいわれてきました。 酒井 そうですね。でも、ITに慣れた若い人たちへと世代交代が進めば、日本企業の古い考え方は崩れてくるでしょう。
──JIETは、どう対応しますか。 酒井 例えば、海外進出は一つの選択肢です。従業員数が5~10人の中小企業は簡単には海外に展開できませんが、一社でできなければ数社で協力すればいい。JIETならできるのではないでしょうか。未来には、そうした役割も出てくるだろうと考えています。

‘ドーンと急成長して話題になっても、長続きしない会社が多い。大切なのは地道に人材を育てることだと思います。’<“KEY PERSON”の愛用品>父の形見のボールペン モンブランのボールペン。父の形見として譲り受けてから、書類のサインなどでは必ず使っている大事なパートナーだ。半分だけきれいなのは修理に出したからで、「買ったほうが安い」ほどの費用がかかったという。
眼光紙背 ~取材を終えて~
酒井理事長は、起業家である。代表取締役社長を務めるバリューソフトウエアは、自身で立ち上げた会社で、JIETと同じく19期目になる。いわゆる起業家にありがちな派手さは、酒井理事長にはない。大手SIerの下請けをメインに、エンジニアの育成に注力しながら地道に会社を経営しているからだろう。
JIETは、下請け企業の中小企業が集まる団体ではない。たとえ小規模でも、元請け企業の場合もある。それを承知しつつ、下請けを中心とするIT業界の課題をうかがったのは、JIETでの人事は酒井理事長の実績が買われてのことだと考えたからだ。
日本の製造業は、下請けの中小企業がもつ技術力に支えられている。日本を代表する大企業でさえ、下請け企業の技術がなければ成り立たない。IT業界も同じではないか。下請け企業を含む業界の構造は、日本のIT業界における強みでもある。ただし、高くなりすぎたピラミッドの構造は、横に広げて適正化しなければならない。その取り組みに期待したい。(弐)
プロフィール
酒井 雅美
酒井 雅美(さかい まさみ)
1962年5月、神奈川県横浜市生まれ。1983年4月、ソフトウェア会社に入社。1984年3月、一社目のソフトウェア会社設立に参画。1986年3月、フリーのエンジニアになり、金融システム開発事業に従事する一方、取締役として二社目の会社設立に参画。1996年3月にバリューソフトウエアを設立し、代表取締役社長に就任した。同時に中小企業経営者団体などの役員を歴任。2013年6月、JIETの理事に就任。2014年4月、二代目理事長に就任した。
会社紹介
1996年に任意団体として設立。2005年に、広く一般市民の利益を追求するためにNPOとなる。現在の会員数は、法人と個人合わせて、ソフトウェア開発関連企業を中心に約700で人数はおよそ3万5000人。日本全国に9支部を展開し、全国主要都市で開催する会合などを通じて開発案件や企業情報などを活発に交換する「場」づくりを18年以上にわたって行ってきた。2014年4月に就任した酒井理事長による新体制の下、これまでの活動の下地を生かしながら新たなサービス提供を志向し、挑戦する。