第3次人工知能(AI)ブームに世の中が沸いている。過去2回のブームは失速感が否めなかったが、今回は「アルファ碁」などAI囲碁ソフトがブームを牽引し、「今度こそ本物だ」との呼び声も高い。しかし、長年にわたりAIの研究に携わってきた東京工業大学の長谷川修准教授は、今回もあくまで一過性のブームに過ぎないと冷静に分析する。そして、独自開発した「SOINN」が世のAIよりもすぐれていると説明。SOINNでできること、AIブームの方向性について聞いた。
「人間の脳ってすごいんです」
──まずはじめに、長谷川先生がAIに取り組むきっかけが何だったのか、教えていただけますか。
もともとは機械をやっており、大学時代はロボットの研究室にいて、ロボットの目の研究をしていました。モノを見てつかむとか、そのために何がどこにあるのかを認識するのかということを卒論のテーマにしたんですね。
そのときにすごく衝撃を受けたのが、“りんごがそこにある”ということを、(人間の目には)どうみてもりんごにしか見えないのに、コンピュータに処理をさせるとそれがわからないんです。「こんなこともできないんだ」と。ふだん何気なく過ごしていますけれども、「自分の目や脳がいかにすごいか」ということに気づかされました。
まずこの衝撃があって、「なぜ自分にはできるのだろう」という考えに戻ってくるんですね。そこから、自分のやっていることをフィードバックして、なんとかコンピュータにやらせられないかというのをずっと考えてやっていくサイクルが、自分にとってすごく刺激的でした。
──それが学習型汎用AIと呼ぶ「SOINN」にたどり着いたのはいつ頃なのでしょうか。
この大学に来てからですね。ご縁があり02年に産業技術総合研究所から東京工業大学に移ってきました。そこで学生さんと学習型のAIのことを話していましたら、若い発想で「じゃあ、ちょっとやってみましょうか」というのでやっていくうちにだんだんできてきたのがSOINNです。
──02年頃からSOINNに取り組まれていたのですね。でもその頃は、AIに対する諦めムードが漂っていたと聞きますが……。
ですので、最初の頃は論文もまったく理解してもらえませんでした。「自分で覚えて賢くなる」という、SOINNの基本原理のところを説明した論文でしたが……。海外では「こんなのは見たことない」とのことで掲載になったのですが、日本の学界では審査にすら回してもらえませんでしたね。
自分で学習して覚える「SOINN」
──AIについての本などを読むと、「機械は勝手には学習しない」ということがよく書いてあります。学習し、何かやったかのように振る舞うが、実はデータを集めているだけだと。しかし、SOINNは違うんですよね。
はい。SOINNはちゃんと学習して覚えます。
──それはどういうことなのでしょうか。
直感的には、自分たちが日頃やっていることに近いといえるかと思います。日頃、われわれはいろいろなものを見たり聞いたりしますが、それをすべてビデオで撮るように記録として残しているわけではなく、重要なところだけを取り出して記憶として留めていると思うんですよね。それがまさに学習でして、われわれの方法ですと、新しい知識や経験があると、それが細胞分裂し細胞の数自体を増やすことによって確実に捉えていくという方法です。
例えば、この間の学生の修士論文なんですが、ロボットに「ちょっと掃除しておいて」と指示すると、ロボットはまず「掃除」で検索するんです。そうすると掃除に関する検索結果がたくさん出てきますので、それを自分で解析して掃除とは一体何なのかということを自分で覚えていきます。そこには「掃除機」「モップ」「雑巾」といったものの説明がありますから、今度はそれを使って画像検索したりします。人間の指示を一つ受けると、それに関連するものを自分でインターネットで検索して、どんどん覚えていくんです。それで「掃除して」というと、自分で検索して覚えて、まわりを見渡しそこに掃除機があったとすると、それを認識してこう使うんだと答えられるんです。
この修士論文では、関連するものを一通り自分で検索して覚えるというところまでやりました。今度はYouTubeを見せようという話をしています。関連するYouTubeを自分で調べていくなかで、ものを使う順序関係も覚えていくということを、ドクターの人がやっています。
──動画を見て覚えるというと、まさに人の代わりですね。
そうですね。そういうインフラがもうすでにかなりできているので、それをコンピュータやロボットにも自分で使わせようとしています。
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