ソフトウェアビジネスの世界では市場最大規模のM&Aとなる、IBMによるレッドハット買収。IBMのビジネスに対して、レッドハットの製品・技術がどのようなシナジーを生んでいくのか、現時点では見通せない部分も多い。一方、被買収側となるレッドハットのホワイトハーストCEOの表情は極めて明るい。オープンソースの騎手が“ビッグ・ブルー”という巨大な力に飲み込まれるのではないかと懸念を伝えると、それを明確に否定した。
引き続き「中立性」を保つ
――IBMという特定の大きな勢力の傘下に入ることが、オープンソースのビジネスを推進するにあたって障害となる恐れはないのでしょうか。
まず申し上げたいのは、IBMはオープンソースに対して多大な貢献をしてくれた企業の1社です。初期の段階でIBMがLinuxに対して10億ドル規模の投資をしてくれなければ、レッドハットの今日はありませんでした。そして、レッドハットの価値の多くの部分は、今日まで中立性を保ってきたことにあり、私たちの従業員は全員、オープンソースの仕事をしたくてこの会社にきた人たちです。わざわざ340億ドルという大金を支払って、その文化をあえて破壊するようなことをしても、何の得にもならないことは、IBM自身がよく理解しています。OEMパートナーやクラウドパートナーの各社も、レッドハットは今までのように中立性を保ったプラットフォームとして残るものと理解しているはずです。
――ただ、「買収後も現在の体制を維持する」というのは、このようなM&Aにおいて、拒否反応を回避するための常套句でもあるように思います。中立を保つという方針が、“口約束”ではなく、将来も守られるとお考えですか。
これはいくら言っても言いきれないくらい私たちが強調したいことなのですが、レッドハットはユーザーの選択肢を非常に重視しており、Linuxの初期の段階から、オープンなソフトウェアをどこでも走らせることができるという価値を提案してきました。例を挙げると、かつてSAPをSolaris上で走らせていた企業は、数年おきにハードウェアをリプレースするタイミングがきたとき、同じSAPを使い続けたければ、それまでと同じベンダーのハードウェアを選び続けるしかありませんでした。しかし、レッドハットのプラットフォームなら、数年ごとに必ずやってくるリプレース時期に、ハードウェアベンダーを変更する自由が生まれるわけです。レッドハットを採用したエンタープライズのお客様は、この点に価値を見いだしたのです。
今は時代が変わりましたが、クラウドで同じことをやろうとしています。大前提として、IBMにとっては、オープンで複数の選択肢が存在する、ハイブリッドクラウドが次世代のIT環境になっていくという認識があります。そして、レッドハットのOpenShiftを使えば、アプリケーションをどこでも走らせることができます。このモデルを成立させるには、多くのパートナーやクラウド事業者と協力していく必要があります。さまざまな企業とパートナーシップを結んでいくためには、レッドハットの中立性を今後も保たなければならないのです。
――コンテナプラットフォームのOpenShiftに関しては、主要なパブリッククラウドとのパートナーシップを推進されていますね。しかし、クラウド事業者の各社は、顧客のIT資産を彼らのクラウドの中にロックインしようとしているようにもみえます。そういう動きは、レッドハットの考えとは相反するものではないのでしょうか。
クラウド事業者は、必ずしも顧客をロックインしようとは考えていないと思いますよ。今、各社が力を入れているのは、顧客のワークロードをできるだけクラウドへ移行することです。しかし、彼らのネイティブスタックにアプリケーションを一度載せてしまうと、なかなか他へ動かしにくくなってしまうという現象が、技術的な必然性の結果として生まれているかもしれません。
そこで、アプリケーションを自由に移せるようにしておきたいという顧客の要望に応えるため、クラウド事業者はOpenShiftの力を必要としてくれています。例えばマイクロソフトは、Azureのネイティブスタックを提供しながら、私たちのOpenShiftを使ったビジネスも展開しています。これは、他の全てのクラウドパートナーにも同じことがいえます。IBMは、顧客のワークロードのうち、まだクラウドに移行していない部分の80%をOpenShiftに載せたいという考えを持っています。OpenShiftを介することで、より多くのワークロードがクラウドに移せる形になりますから、私たちのクラウドパートナー各社にとっては朗報ではないでしょうか。ですので、大手クラウド事業者が私たちと競合する部分はあるかもしれませんが、パートナーとしての側面の方が強いと考えています。
[次のページ]「ビジネスの変革」を支援