2019年5月、日本IBMは生え抜きのエンジニアとしてキャリアを積んできた山口明夫氏を新たにトップに据えた。14年にx86サーバー事業をレノボグループに売却以降、米IBMはコグニティブ(AI)ソリューションとクラウドを前面に押し出してビジネスモデルのアップデートを図ってきた。19年7月にはレッドハットの買収も完了し、1カ月後にはその成果を早くも市場に投入。エンタープライズITのモダナイズに強みを持つ主要クラウドサービスベンダーとしてのポジションを確保したようにも見える。山口社長は近年のIBMの変革を、日本IBMの成長とどのようにリンクさせていくのか。7年ぶりに誕生した日本人社長にかかる期待は大きい。
営業パーソンも技術の
本質的な理解が不可欠に
――就任から8カ月が経ちました。慣れましたか。
慣れませんね(笑)。基本的にはずっとエンジニアとしてやってきたので、プロジェクトの報告書をチェックしたり、新しい技術を勉強して整理したりとか、そういう仕事が自分には向いている気はするんですが。一方で、社長になってから多くのお客様やパートナーにお目にかかる機会ができて、視野が大きく広がったとは思います。
――久しぶりの日本人社長ということで、顧客やパートナーもコミュニケーションが取りやすくて歓迎しているということでしょうか。
それはこちらからは分かりませんが、私は30年、日本IBMで日本のお客様と仕事をしてきましたから、言語の問題以上にそういう部分でコミュニケーションしやすいと感じていただいているようには思います。それは日本IBMの社員も同じですね。ただ、社員によっては自分よりもお客様のことやシステムを理解している人間が社長になってしまって厳しい環境になったと思っているようです(笑)。
――就任後、日本IBMとして始めた新しい取り組みはどんなことがありますか。
たくさんあるんですが、一番大きいのは私たちがやるべきことを改めて整理したということです。
まず、お客様に寄り添って、デジタルトランスフォーメーション(DX)を一緒にやっていかないといけない。そして、量子コンピューターや超小型コンピューター、AIなどに代表される新しいテクノロジーの基礎研究にも取り組み、これを使って今まで解決できなかった課題に対するソリューションもつくっていかなければならない。さらに、AIやITに関するスキルの教育、日本におけるIT人材育成への貢献も重要です。
――関西学院大学と共同で、文系・理系を問わずAI人材を育成するプロジェクトも立ち上げましたよね。19年は東京都などとIT人材の育成に向けた連携をするという発表もありました。
AIの時代になる中で、信頼性と透明性をいかに担保するかも重要になります。IBMは、AIが人間の代替ではなく拡張を担うことや、データはユーザー企業のものであること、そしてAIの判断の根拠を可視化することなどを重視して製品やサービスを開発・提供します。
さらに、社員がもっと輝ける環境を用意すること、そして社会貢献も重要なテーマです。
大きく分けると全部で六つのやるべきことが当社にはある。そしてその全てに取り組む十分な能力を持っていることこそ強みだと思っています。
――目下の事業成長という意味では、顧客のDX推進に向けてどれだけ有効な具体策を打ち出せるかは大きなポイントになりそうです。
営業部隊にもクラウド上での開発やデータ分析のスキルを身につけてもらおうとしています。
DXは、なんでもかんでもシステムを新しくすればいいという単純な話ではありません。変えるべきところ、新しくつくるべきところ、システムとしてそのまま残すべきところ、いろいろあるわけです。これを私たちはシステムの多様性と言っていますが、この多様性を踏まえて一つのソリューションをお客様と議論しながらつくっていかなければならない。そのためには、進化し続けるテクノロジーについて、営業ももっともっと基本的なことを経験して理解する必要があります。
――営業の仕事はよりコンサル側の上流に寄っていくべきということでしょうか。
上流とか下流という分け方をしているわけではなくて、お客様に寄り添ってDXを支援していくためには、全てのフェーズで新しいテクノロジーに対する本質的な理解が必要になっているということなんです。コンサルも、開発エンジニアも、プロジェクトマネージャーも重要な仕事ですが、最前線にいる営業がまずはお客様の課題をしっかり理解して目利きの仕事ができないと、価値を提供できなくなってきているんです。
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