マルチクラウドは
地に足のついた戦略
――IBMはハードやソフトのメーカーでもあるし、大手クラウドベンダーでもある。さらにSIも、コンサルも、運用サービスもあるわけですが、山口社長は何の会社だと定義しておられますか。
「お客様の課題を解決し、夢を一緒に実現するために寄り添うパートナー」ですかね。量子コンピューターのような新しい技術も、IBM Cloudやレッドハットの技術も、人材も、各種サービスも、全てはお客様の目的を実現するためにあるということです。
――19年はIBMを含め複数の主要クラウドベンダーがマルチクラウドに大きく舵を切った年だったという印象があります。
お客様は近年、いろいろなクラウドを利用されて、オンプレミスも含めてそれぞれに一長一短があることを理解されている。先ほど申し上げた多様性を受け入れてソリューションをつくっていく方向に進んでいます。マルチクラウド戦略は地に足のついた戦略だと思いますよ。
――その中心にはコンテナ技術があって、Kubernetesベースのコンテナ基盤「OpenShift」を持つレッドハットの買収もまさにそうした文脈の中にあると理解していますが、8月に発表された「IBM Cloud Paks」などは具体的な両社の融合の成果と言えますよね。
IBMが持っていたさまざまなミドルウェア製品群をコンテナ化して、Kubernetesで動かす準備は2年半前から始めていたんです。だから、レッドハットの買収完了からわずか1カ月でIBM Cloud Paksを発表することができました。みなさんに驚かれましたが、社内でもかなり驚きの声がありましたね。世の中がコンテナを利用したシステムのモダナイゼーションの方向に動くと見て手を打ってきたんです。
IBM Cloud Paksは、IBMはもちろん、主要なパブリッククラウドサービスやオンプレミスのどこでも動きます。「Build once, Deploy anywhere」がコンセプトです。
――まさにマルチクラウド戦略の要ですね。
IBMはお客様との議論を基に、一番いい提案をすることを重視しています。そのために、「IBM Services Cloud Center(ISCC)」という組織を10月に立ち上げました。サービス事業自体はコンサルとインフラに分かれているんですが、もはやそういう垣根がないほうがいいケースも多くなっている。特にクラウドについては両方一緒の方がいいということで、日本がグローバルに先駆けて始めた取り組みです。サービス部隊がお客様視点で、どういうシステムを提案、構築するのがいいのか真剣に考えて提案する。オンプレミスがあって、IBM Cloudがあって、AWSやAzure、グーグル・クラウドも選択肢に入る。当社のIBM Cloud事業担当者は、ISCCには他のクラウドベンダーと同じ立場で自分たちの強みを売り込まないといけないんです。
――IBM Cloud単体の成長にとってはIBMの全体方針が向かい風になりませんか。
IBM CloudはIBMがSIをやる案件だけで使われるわけではありません。エンタープライズ向けのクラウドサービスとして差別化できる強みがあり、それを大手SIerやISVが評価して、新たなパートナーのエコシステムが生まれている。ハードの販売やシステム開発でお付き合いのあった従来のパートナーにも、AIやコンテナなど新しい技術のスキルを身につけてもらい、IBM Cloudのエコシステムに入ってもらおうという取り組みは積極的に進めていきます。
――いずれにしても、もはや垂直統合的に顧客を囲い込んで成長していく戦略ではない。
ITが毛細血管のように浸透した今の社会では、新しいソリューションを考えるにもシステムの多様性を許容しないというのは無理がある。そうした時代の変化に対応するには、強みを持ったベンダー同士が水平に連携していくというのは自然なことですよね。IBMは独自の競争力のある技術を持ちつつ、他社の技術の目利きもできて、それらをインテグレートしてお客様にとっての価値に変えて提案できる。水平連携型のエコシステムの時代だからこそ、強さを発揮できると思っています。
Favorite
Goods
ちょっとした挨拶の原稿やアイデアをメモする際は、紙に書き込む。「スマートフォンに入力したりするよりも頭の中が整理しやすい」という。ポケットに入れやすい薄めのメモ帳に、常時メモ用紙を数枚忍ばせている。
眼光紙背 ~取材を終えて~
やるべきことは明確に整理できた
エンジニアとして顧客の課題解決に寄り添ってきたという自負が言葉の端々に滲み出る。プロダウトアウトの発想がまったく感じられないのは、その経歴故か。日本IBMがどんなポジショニングでこれからの市場に向き合っていくのかと問うと、「お客様の課題を解決し、夢を一緒に実現するために寄り添うパートナー」と答え、やるべきことも明確に整理できていると言い切る。
親しみやすさを感じさせる語り口が印象的だ。そんなキャラクターが反映されてか、就任後、社内のコミュニケーションも活発になったという。「Slackに自分が考えていることややりたいこと、経験したことをガンガン書いて、全社員が見られるようにしている」という。これまでの日本IBMの社長にはなかった取り組みだ。「いいか悪いかは別にして、フランクに自分を発信していくのが私のスタイル」と笑う。水平連携で価値を創出するクラウド時代にはフィットする経営者像と言えるのかもしれない。
プロフィール
山口明夫
(やまぐち あきお)
1964年8月生まれの55歳。87年、大阪工業大学 工学部を卒業後、日本IBMに入社。エンジニアとしてシステム開発・保守に携わった後、2000年問題対策のアジア太平洋地域担当、ソフトウェア製品のテクニカルセールス本部長、米IBMでの役員補佐などを歴任。07年以降はグローバル・ビジネス・サービス事業を担当し、理事、執行役員、常務を務めた。17年、取締役専務執行役員、グローバル・ビジネス・サービス事業本部長に就任。併せて米IBM本社の経営執行委員にも就いた。19年5月より現職。
会社紹介
米IBMの日本法人として1937年に設立。2018年12月期の業績は、売上高が9053億円、営業利益が844億円。米本社は1911年設立。コグニティブ・ソリューションとクラウドプラットフォームの提供を核に事業の変革を推進中。