米ServiceNowの日本法人の新社長に、アドビ前社長のジェームズ・マクリディ氏が就任した。これまで日本を含むアジアで豊富な経験があるマクリディ社長は、少子高齢化による労働人口の減少が問題となっている日本では「本当の意味でのDXを推進していく必要がある」と話す。依然として「ServiceNow=ITサービスマネージメント(ITSM)」のイメージが強い中、ユーザーのビジネスプロセス変革を網羅的に支援できるITベンダーとしてブランドイメージの刷新を進める。
ITSMだけでなく、すべてのプロセスに対応
――9月にServiceNow Japanの社長に就任されました。まずは今の率直なお気持ちを教えてください。
ServiceNowについては、以前から非常に素晴らしい企業だということを知っており、敬服しながら見ていました。企業としての文化もそうですが、産業界や社会に対して与える影響力が非常に大きいビジネスを展開していると思っていました。そのため、今回、このようなポジションに就くことができたことを心から嬉しく思っていますし、敬虔な気持ちでこれからビジネスに取り組んでいくつもりです。
――ServiceNowというと、市場ではITSMという印象がまだ強いようです。これについてはどのように捉えていますか。
ServiceNowはITSMを中心に提供していました。現在、われわれが提供するPaaS「Now Platform」では、ITSMだけでなく、従業員向けや顧客向け、ローコードアプリ開発向けの各ワークフローを提供しており、組織横断的にすべてのプロセスに対応できるように大きく成長してきています。日本の市場を考えると、少子高齢化が進み、働き手の数が低下していくことが問題になる中、生産性を向上させていくためには、本当の意味でのDXを推進していく必要があります。この部分について、ServiceNowが果たす役割は大きいと実感していますので、市場での認知度向上に向けて投資を拡大していきます。
――本当の意味でのDXとは、どういった思いが込められているのでしょうか。
DXとデジタル化について混同されているケースがあります。デジタル化は単純なアナログ業務をデジタルに置き換えることです。一方、DXは、いろいろなものがデジタル化によって融合し、最終的に生産性向上という成果をあげることが目的となります。単にアナログをデジタルに置き換えるだけでは、本当の意味でDXが実現できているとはいえません。
――他社に比べ、ServiceNowはどのような優位性があるとお考えですか。
ServiceNowが、他の企業と合併して規模を大きくしてきたのではなく、一貫して成長してきたことは、他社と異なる点になります。買収はあくまでテクノロジーを補完することが目的であり、企業としては有機的な成長を続けています。そして、それでいながら、プラットフォームを提供する企業として実績を積み重ねてきたことは、他社にはない優位性だと思っています。
――日本ではServiceNowに対する注目が高まっていますが、これについてはどのように感じていますか。
パートナーが自社内で弊社のソリューションを活用し、成功事例を外部に展開する流れが増えており、市場で非常に注目を集めていることは間違いないと思います。ただ、注目度が高いからといって浮かれるのではなく、責任を負っていることを決して忘れてはいけませんし、地に足をつけてビジネスを展開していくことが大切です。企業のサイロ化された縦割りのシステムを一元化し、プロセス全体を支えることがわれわれの役目であり、お客様にとって必要なバリューを迅速に提供し、成功していただくようにしっかりと支援していきます。
しっかりと報われる企業風土づくりと人材開発に注力
――旧EMC(現デル・テクノロジーズ)やアドビと、これまではServiceNowとは少し違う領域で業務に当たっていたと思います。ServiceNow Japanの社長として、前職までの経験はどのように生かせると考えていますか。
これまでのキャリアを通じて、企業において最も重要な資産は人材だと確信しています。これは、どの企業であっても変わらないことだと思っています。日本は、優秀な人材を獲得するのがグローバルで最も難しい国であると痛感していますが、仕事をすれば、その分だけしっかりと報われるという企業風土をつくり、さらに人材開発の機会を与えてくれる企業だということを理解してもらえば、優秀な人材を獲得し、保持することができると思っています。DXの実現に取り組むのは人ですので、ServiceNow Japanでも人材にしっかりと軸足を置いていきます。
――日本の市場では、どのような領域に注力する方針ですか。
日本は、グローバルで2番目に重要な市場です。日本での成長を実現するために、力を入れていくことの一つがパートナーエコシステムの強化です。日本ではITリソースの80%がパートナー関連となっており、パートナーとの関係は極めて重要になっています。今後、DXの実装が進むことが予想される中、パートナーとしっかりと協業し、お客様のDXを支援していくことは不可欠だと認識しています。今春には「ServiceNow Assure」というプログラムを立ち上げました。これは、われわれがパートナーと共同でセールスやデリバリーをすることを柱としており、すでに何社かのパートナーが参加しています。
業界特化型ソリューションを拡充
――ソリューションの面では、どのような戦略を展開していくのでしょうか。
Now Platformで提供してきたワークフローを横軸と捉えると、縦軸となる業界特化のインダストリーソリューションも拡充してきています。これまでに通信と金融向けのソリューションを提供しており、最新版のRomeでは、製造とヘルスケア向けのソリューションを追加しています。これらを日本で本格的に展開していくためにも、パートナーとの協業強化や社内の人材拡充は非常に重要になると考えています。
――21年のビジネス戦略として、前社長は市民開発の普及を掲げていましたが、これについてはどのように位置づけているのでしょうか。
市民開発については、お客様からの引き合いも強いので、引き続き注力する領域と位置づけています。日本では、広島大学の学生を対象とした特別教育プログラム「NextGenプログラム」を提供しています。プログラムでは、市民開発に必要なスキルの習得と実践に加えて、パートナーやお客様にご協力いただきながら、さらなる実践のためにインターンシップの機会も創出しています。
――最後に今後の目標について教えてください。
日本の社会や企業が、デジタルによって競争力を獲得できるようにお手伝いすることがわれわれのミッションで、DXが最も重要な成長の原動力です。グローバルでは、現在43億ドルのサブスクリプション売上高を2024年までに100億ドル、25年までに150億ドル超まで伸ばすことを目標としています。この目標の実現に貢献できるように、日本のビジネスをしっかりと成長させていきます。
Favorite Goods
旧EMCに在籍していた10年前、アジア地域に着任したお祝いとして、家族からサプライズでプレゼントされた「モンブラン」のボールペン。書き味はもちろん、デザインもお気に入りで、毎日愛用している。
眼光紙背 ~取材を終えて~
支え合いの心でビジネスを展開する
マクリディ社長は、米国のプロ野球選手からビジネスの世界に入り、これまでにさまざまなキャリアを重ねてきた。直近の10年間はアジアで勤務し、うち7年は日本で暮らしてきた。家族そろって住み慣れた日本で働けることに喜びを感じているという。
かつてはピッチャーとして活躍したが、肩と肘を故障し、マウンドを降りた。今はゴルフに打ち込み、野球はしていないが、「野球を観戦するのは大好き」。日本のプロ野球でひいきにする球団もある。最近は、米国で活躍する大谷翔平選手に注目しており、「かつての野球仲間の間では、大谷さんの話題で持ちきり。彼は米国で最も人気があり、不世出の才能を持った選手だ」と評価する。
世界は現在、コロナ禍に見舞われているが、「日本は世界の中で最も安全な国」とみている。理由については「自分だけでなく、他の人のことを気遣い、支え合う文化があるからだろう」と指摘する。
経営者として大切にするのは「使命と目的を明確に持つこと」。当面は、日本の企業がデジタルトランスフォーメーションを実現できるように、支援を強化する方針。「われわれだけでなく、パートナーやお客様とも一緒になって、お互いに支え合いながらビジネスを展開していきたい」と語る。
プロフィール
ジェームズ・マクリディ
(James McCready)
1991年から97年までプロ野球選手として米国で活躍後、旧EMC(現デル・テクノロジーズ)に入社。日本のCOOやAPAC・日本地域のバイスプレジデントを歴任した。2018年に旧アドビ システムズ(現アドビ)の社長に就き、21年9月から現職。マサチューセッツ州ベントレー大学で理学士号と名誉博士号を取得。
会社紹介
米ServiceNowの日本法人として2013年に設立し、ITや従業員、顧客、ローコードアプリ開発向けのデジタルワークフローを提供している。米国本社は創業以来、着実に売り上げを伸ばし、20年通期の総売上高は約45億米ドル。Fortune 500が選ぶ企業の約80%を含む6900社の顧客をサポートしている。