Chatworkは、主力商材のビジネスチャット「Chatwork(チャットワーク)」と連携するSaaS商材の拡充に力を入れている。業種・業態を問わず日常的に使われるビジネスチャットの“顧客接点力”を生かし、主な販売ターゲットである中小企業の課題を解決する「ビジネス版スーパーアプリ」への地歩を固める考えだ。2024年12月期までの4カ年中期経営計画では、「中小企業ナンバーワンビジネスチャット」の地位獲得に向けて、年率40%の成長を目指す。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
SaaS商材の販売チャネルに
――「ビジネス版スーパーアプリ」戦略を推し進めていますが、具体的にはどのようなものですか。
当社の主力サービスであるビジネスチャット「Chatwork」は、直近で34万社余りの企業に使っていただいています。利用社数の多さを生かして、社内外のSaaS商材の販売の“窓口”になるのがビジネス版スーパーアプリの狙いです。
個人向けのチャットアプリでは、チャット以外にも小売店舗が集客用のクーポン券を配布したり、ゲームや漫画などを販売したりしています。一方、企業向けのSaaS商材を見渡してみると、営業支援や財務会計、業種向けの専門的なものなど、業務や業種に焦点を当てているケースが多い状況です。
当社のChatworkは、ビジネスチャットの性質上、業種・業態を問わず、幅広いユーザーに使っていただいていますので、この顧客接点の広さを活用して、世の中にあるSaaSアプリをユーザーに届ける販売チャネルの立ち位置をより強化していく方針です。
――Chatwork経由で販売するSaaS商材の規模はどのくらいですか。
直近では30種類ほどのSaaS商材を販売しています。こうした周辺サービスの昨年度(21年12月期)の売り上げは、前年度比39.9%増で、成長の勢いに弾みがついています。Chatworkは、無料のお試し版のコースを用意していますが、有料の周辺サービスを利用しているユーザーの約半数が、実は無料版のChatworkを使っています。Chatwork本体の課金だけに依存しない収益の多角化にも役立っています。
――どのようなSaaS商材が売れていますか。
Chatworkのユーザー層は中小企業が多く、日々の業務やビジネスに直結するSaaS商材が人気です。代表的なものでは、電話受付の代行サービスや売掛金の早期現金化、助成金アドバイスなどがあります。
電話代行は、オペレーターがユーザーに代わって電話を取り、聞き取った内容を文字に起こしてチャットで送る。早期現金化は、請求書を買い取るサービスで、手早くに現金化することで運転資金に余裕が出るメリットがあります。助成金アドバイスは、自治体の助成金制度を専門家がアドバイスするといった内容となります。
コロナ契機に従業員数を倍増
――販売はどのように進めていますか。
Chatworkのサービスを始めて間もない12年にお声がけいただいたKDDI向けのOEM提供が例外的な存在で、それ以外はほぼ直販が占めます。OEM先もKDDIが唯一で、しかも「KDDI Chatwork」と双方のブランド名を明記し、システム的な仕組みも当社が販売するChatworkと同じにしてあります。二つのChatworkが別々に存在していては混乱の元ですし、ユーザーの利便性も損なってしまう恐れがあります。このため実質的にユーザーの契約先がKDDIであるか、当社であるのかの違いにとどめています。
――Chatworkの従業員数は約250人とそれほど多いわけではありません。直販メインでは販売機会の損失につながりませんか。
ご指摘の通りで、コロナ禍が始まった20年は人手が足らず、みすみす販売機会を逃した苦い経験があります。コロナ禍が始まる前までのビジネスチャットは、一部の先進的なユーザー企業やIT系企業が好んで使うタイプの商材だったように思います。ところがコロナ禍が始まって対人距離の確保やリモートワークが強く推奨されるようになった途端、コミュニケーション手段としてのビジネスチャットが俄然注目を集めるようになりました。
Chatworkのサービスに対しても、極端な話だと「ビジネスチャットって何?」というIT活用度がそれほど高くないユーザー企業からも問い合わせが急増しました。当時の従業員数は110人ちょっとで今の半分以下でしたので、せっかく引き合いをいただいたのに対応しきれない状態となってしまいました。こうした反省から、コロナ禍期間中に積極的に採用して、従業員数を大幅に増やしてきた経緯があります。
――販売パートナーを拡充すれば、販売力も増えるのではないですか。
言わんとしていることは分かりますが、ビジネスチャットを売るのはけっこう難しいのが現状です。コロナ禍で認知度が高まったとはいえ、国内でビジネスチャットを利用している企業は全体の15%強にとどまっていると当社では見ています。つまり、約8割の企業がビジネスチャットを使っておらず、電話やメールで連絡を取り合っているわけです。そうした企業に、「電話やメールをやめて、チャットに切り替えませんか」と提案しても、「とくに困っていないのでいりません」と大抵は断られます。
「Jカーブ」を描いて成長する
――どうすれば、残り約8割の企業にビジネスチャットを使ってもらえるようになるとお考えですか。
知名度や認知度を高めていく活動を精力的に進めていくしか方法はないと思います。スマホが普及してからは、多くの人が日常生活の中でさまざまなチャットアプリを使うようになりました。電話やメールよりも便利である場面が多いことは、実体験として認識しているわけですが、個人向けのチャットアプリでは管理者機能がないため、情報セキュリティの観点からビジネスで使うにはよろしくありません。そこで管理者機能が充実したビジネスチャットを活用しませんかと、広く社会に訴えていく必要があります。当然、まとまった金額の販売促進費がかかりますので、現時点では直販のほうが馴染みやすいです。
――昨年度は売上高33億円に対して、営業損益は6億8800万円の赤字でした。かなりの負担となっているのではないですか。
当社のようなSaaS企業は、継続して課金していただくことが最も重要な指標になります。単純化して例えると、課金を継続する平均的な期間が5年間であれば、2年分の利益に相当する金額を顧客獲得のために使ったとしても、トータルで見れば3年分の利益が得られる計算です。いわゆる顧客生涯価値(LTV)の考え方です。成長フェーズにあるSaaS企業は、積極的な投資によって新規顧客を競合他社よりも早く獲得し、安定した収益基盤を手に入れることが大切です。黒字であることに越したことはありませんが、単年度ベースでの損益にあまりにもこだわると、競争に負けてしまいます。
――単年度の黒字にこだわるとSaaS事業の本質を見誤ると。
もちろん、最終的には単年度ベースでも黒字にもっていきたいと考えています。SaaS企業は、よく「Jカーブ」と呼ばれる曲線で評価されます。いったん、赤字に沈んだあと勢いよく利益が増えるという現象です。24年12月期までの4カ年中期経営計画では、Chatwork事業セグメントの売り上げを年率40%で増やす計画を立てています。初年度の21年12月期は前年度比47.9%増と計画を上回る伸び率となり、幸先のよいスタートを切れました。
ビジネスチャット普及率15%強は、マーケティング用語で言うところの「キャズムの壁」を乗り越えようというタイミングです。コロナ禍後の新しい働き方の定着に伴い、より多くの企業で採用が進むことが見込まれますので、うまくJカーブを描けると手応えを感じています。連携するSaaS商材とのエコシステムを構築した上で、ASEAN(東南アジア諸国連合)など海外市場への進出も加速させていきたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
中小企業ユーザーにITソリューションを届けるのは容易なことではない。個別のシステム構築をする予算が限られているため、大手SIerからは距離を置かれる。自らIT系のセミナーに参加するなどして情報収集をするだけの時間的余裕も乏しい中、ITソリューションの有力な販路として威力を発揮するのが「業種・業態を問わず広く普及することが見込まれるChatworkの顧客接点力だ」と語る。
Chatworkと連携するSaaS商材は、ヒト・モノ・カネの課題に直結する品揃えにこだわっている。主な販売ターゲットである中小企業が「どのような商材を求めているのか、ある程度の予測がつく」ことから、スタートアップ企業向けのピッチコンテストを開催。「売れる」と判断したSaaS商材を持つスタートアップ企業と業務・資本提携することで、課題解決の新しい手段の確保にも力を入れている。
プロフィール
山本正喜
(やまもと まさき)
1980年、大阪府生まれ。電気通信大学情報工学科卒業。2000年、大学在学中に兄とともにEC studio(現Chatwork)創業。CTOとして多数のサービス開発に携わる。11年、クラウド型ビジネスチャット「Chatwork」の提供を開始。18年6月、代表取締役CEOに就任。
会社紹介
【Chatwork(チャットワーク)】昨年度(2021年12月期)連結売上高は前年度比39.1%増の33億円、営業損益は6億8800万円の赤字。従業員数は約250人。主力のビジネスチャット「Chatwork」事業の昨年12月末のARR(年間経常収益)は37.8億円。ユーザー社数は約34万社。