ブラザー販売は、レーザーやインクジェット、熱転写などフルラインナップで印刷に関わる技術を持っている強みを生かした産業向けビジネスに力を入れる。製造物流と小売、医療、金融の四つを重点業種に設定し、各業種に強いSIerなどと連携したソリューション販売を伸ばす方針で、4月1日付でトップに就任した安井宏一社長は「特定の業種市場で成長率ナンバーワンを目指す」と意気込む。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
ソリューション販売にも注力
──4月1日付でブラザー販売の社長に就任するとともに、ブラザー工業のグループ執行役員を兼務しています。まずは足元の経営方針について話してください。
当社は、ブラザー工業グループの製品のうち、プリンタや家庭用ミシンの国内販売を担っています。グループ全体では、ほかにも産業機械や工業用ミシン、通信カラオケ機器など幅広く手がけていますが、それらはほかの販社や販路で販売しています。
コロナ禍を経て、とりわけ一般オフィスでの業務のデジタル化、ペーパーレス化が進んだことから、オフィス向けのトナーやインクといった消耗品の市場の成熟度が一段と高まったとみています。一方で小売店舗や医療、製造の現場で使うプリンティング需要は底堅く推移しており、そうした用途に向けた販売に力を入れていく方針です。
当社の強みは、レーザープリンタやインクジェット、ラベル、モバイル、熱転写、複合機、布に印刷するガーメントプリンタに至るまで、フルラインナップで技術を持っていることです。これをいかにユーザーに適したかたちで届けて、特定業種の市場で成長率ナンバーワンを実現するかが腕の見せどころです。
──特定業種はどのように想定していますか。
製造物流、小売、医療、金融の四つを重点業種に位置づけています。例えば工場や倉庫の整理のためにバーコードを印刷する用途では、生産管理や倉庫管理のシステムと連動する仕組みを構築したり、金融業の集金業務用の端末にモバイルプリンタのエンジンを組み込んだりといったケースを想定しています。
医療や小売向けも同様で、プリンタ単品の“箱売り”だけでなく、業務システムとの連動のほか、他社機器に組み込むソリューションを切り口とした売り方に力を入れます。そのためにSIerなど当該分野のソリューションに長けたベンダーとの協業強化を進める方針です。
──製品を各業種向けにカスタマイズしてソリューション売りを拡大する際には、製造元のブラザー工業ともより密な連携が求められそうです。
メーカーの協力が不可欠な部分が増えるのは間違いありません。この点については、ブラザー工業とは以前から密接な連携をとっていますし、当社もソリューション案件の規模の拡大によって、それなりの台数を扱えるようになっています。製販を担う会社が、互いにはっきりモノが言い合える関係をより深めていきます。
「ミシン一筋」の経験を生かす
──安井社長のキャリアについても教えてください。
担当製品という意味では、ほぼミシン一筋でやってきました。よく冗談で「自分の体に流れているのは血ではなくミシン油だ」と言っているほどです。ブラザー工業に入社して3年ほどたった25歳のとき、海外赴任の機会が巡ってきて米国赴任が決まりました。当時の私はとにかく海外で仕事をしてみたかったので、渡りに船とばかりに率先して手を挙げました。米州での工業用ミシンの販売を指示され、以後、およそ10年間、米国で仕事をすることになります。これがミシン販売を経験する本格的な始まりです。
帰国後は、「米国で10年もいれば、欧米人との付き合い方も身についているだろう」と思われたのか、ブラザーグループの広報やブランド戦略などを担当しましたが、2011年に再びミシン担当に戻り、家庭用ミシンのアジア市場への販売を担うことになります。ブラザー工業が言う「アジア」は「欧米以外」とほぼ同義で、アジア近隣諸国はもちろん、遠くは南アフリカ、タンザニア、ドバイ、インド、オーストラリア、ニュージーランドまで足を伸ばして、現地の家電販売店やホームセンターの幹部にブラザーの家庭用ミシンの魅力を直接訴えて回りました。
──ブラザー販売の売り上げの主要部分はプリンタ関連が占めているとうかがっています。これまでのキャリアと距離がある気がしますが、いかがでしょう。
確かにプリンタとミシンでは製品特性が違う部分もありますが、例えば、私が米州で担当していた工業用ミシンは、衣料品・服飾品メーカー向けのBtoBの商売です。各業種向けのプリンタの販売では、ユーザー企業の業務に合わせてカスタマイズをするといったソリューションの要素や、万が一、不具合が発生してもできる限り機械の停止時間を短くして、ユーザーの業務を止めない仕組みをつくるなど、工業用ミシンのビジネスと通じる部分が意外に多いと気づきました。当社単独の力では、ダウンタイムの短縮にも限りがありますので、ビジネスパートナーとの協業を深めて、ユーザーの業務を支えるビジネスの形態も似ています。また、当社は小型プリンタを中心に家電販売店やホームセンターなどでも販売してもらっていますが、こちらでは家庭用ミシンを担当していた経験を生かせます。
データ分析基盤の構築を推進
──22年5月に発表したブラザーグループの中期戦略では、24年度と30年度の売り上げ構成比の予想を示していますが、プリンタ製品の売り上げがほぼ横ばいとなる一方で、産業用の機械の割合が増える見通しです。
まず前提としてグループ全体で産業向けのビジネスに力を入れていくことを示しており、プリンタを伸ばさないと言っているわけではありません。私はブラザーのプリンタが世界市場で存在感が低下しているとは思っていませんし、当社が担当する国内市場でも伸びる余地は大きいと見ています。
確かに国内の一般オフィス市場向けの複合機は、大手コピー機メーカー3社に勢いがあり、なかなか入り込めない側面はあるものの、産業向けやSOHOの市場はシェアを拡大できる可能性が高い。欧米市場を見渡してみると、タイプライターで開拓した事務機の販路を受け継ぐかたちでブラザープリンタの存在感を発揮していますし、国内でもやりようはいくらでもあると感じています。
──国内プリンタ事業の内訳はどうなっていますか。
売り上げ構成比はインクジェットプリンタが全体の約60%、レーザープリンタが約25%、その他ラベルプリンタやモバイルプリンタなどが約15%となっています。国内ではSOHOや家庭用のインクジェットがよく売れていますが、欧米ではA4レーザープリンタが一般オフィスやSOHOでよく使われる傾向が見られ、地域によって好みの違いがあります。業種・業務別でもインクジェット、レーザー、モバイルの需要に違いがあり、市場の要求に丁寧に応えていくことでシェアを伸ばしていきます。
──需要に応えるための施策を説明してください。
まだ完成はしていませんが、法人向け、SOHO・個人向けの各種プリンタや家庭用ミシンから得られるデータを分析できるプラットフォームを構築中です。プリンタやミシンをIoTの端末の役割を担わせ、ユーザーの同意を得た上でデータを集めて分析し、ユーザーにより大きな価値を提供する仕組みづくりを目指しています。これは当社が独自に構築しており、相当な投資をしている最中です。いわゆる先進的なデジタル技術でビジネスを変革するデジタルトランスフォーメーションの一環でもあり、こうした取り組みにも力を入れて国内ビジネスの成長を狙います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
長年にわたって米州やアジア、アフリカ、オセアニアなどの地域を担当し、世界の主要市場に深い知見と広い視野を持つ安井社長は、日本市場に成長の可能性を感じている。アジアの勢いや米州のダイナミックさに比べれば地味なところがあるものの、「生産財としてのプリンタ技術は伸びしろが大きい」と産業向けに照準を合わせる。
産業分野を重点的に伸ばす方針は、ブラザーグループの中期戦略でもある。今後はインクジェットやトナー、熱転写の各印刷方式に加え、布やラベルへの印刷など、フルラインナップの技術を製造工場や物流倉庫、小売店舗の現場に提供する。ビジネスパートナーと協業したソリューション展開にも力を入れ、これまで“箱売り”の比率が高かったビジネスモデルの転換を目指す。
プロフィール
安井宏一
(やすい こういち)
1967年、岐阜県生まれ、名古屋市育ち。90年3月、上智大学経済学部経営学科卒業。同年4月、ブラザー工業入社。14年、ブラザー販売ホームファッション機器事業部長。16年、取締役ホームファッション機器事業部長。21年、常務取締役ホームファッション機器事業部長。23年4月1日付で代表取締役社長に就任。ブラザー工業のグループ執行役員を兼務。
会社紹介
【ブラザー販売】インクジェットプリンタや複合機、ラベルプリンタ、モバイルプリンタといった各種のプリンタ製品と家庭用のミシンなどの国内販売を担う。ブラザー工業の100%子会社で、従業員数は約350人。本社は名古屋市。