中小企業や個人事業主などに業務ソフトウェアを提供する弥生が、2023年4月に新体制となった。社長に就任した前山貴弘氏は、挑戦と失敗を恐れない社内風土を醸成する考えで、会社の姿として「常に時代の変革者としてあるべきだ」と強調する。主力のデスクトップ型の製品に加え、「100%クラウド」の製品開発などにも力を入れ、事業領域の拡大を目指す。
(取材・文/齋藤秀平 写真/大星直輝)
前向きなモードが強調
──社長就任から少し時間がたちました。今の気持ちを聞かせてください。
弥生は、本当に多くのユーザーに製品を使っていただいており、それが一番の強みであり、特徴でもあるので、かじ取りをさせていただくことには大きな責任を感じています。一方、妄想に近いところも含めて現在、やりたいことなどについて役員と議論しています。いろいろな意味でインパクトがある役職として気が引き締まる部分と、未来に向けてわくわくしている気持ちの両方があります。
──弥生に入社するのは2回目で、「出戻り社員」と自己紹介しています。再入社を決めた理由や経緯を説明してください。
私のバックグラウンドが大きいと思っています。もともと会計士と税理士の資格を保有し、会計事務所の業務をやっていたことがありました。その中で「会計ソフトはこうあるべし」のような考えがあり、会計ソフトの業界には興味を持っていました。それにプラスして、11年にいったん弥生を離れた後、他社がいろいろな提案をしているのを目の当たりにして、「弥生はもっとできるはず。一緒にチャレンジしたい」と純粋に思ったことが再入社を決めた一番大きな理由です。
──株主がオリックスからKKRに変わりました。会社の方向性は今までと変わっていますか。
オリックスが株主のときは、正しいことへの挑戦を止められたわけでは全くありませんが、事業ポートフォリオの中で期待された利益をきちんと出していくことが求められていました。これに対し、投資会社のKKRは、利益に対する考え方が大きく異なり、「今期は赤字でもいい。大きく投資して、5年スパンで見たときに、今までよりも明らかに利益がプラスになるなら、そちらを選択しよう」とのスタンスです。その上で、テクノロジーの進化によって、提供者ができることは増え、ユーザーのニーズが多様化する中、「リーディングカンパニーとして、もっと積極的に変化に対応して、自分たちが市場をけん引するために必要なことは何でもやろう」と言ってくれています。将来の広がりに向けた投資は非常に加速しており、前向きなモードがものすごく強調されている感じです。とはいえ、投資するためには、堅実に稼げる部分がないといけないので、両輪で進めることが大事だと考えています。
「コンシェルジュ」は発展へ
──会社の課題についてはどのように考えていますか。
新しいことに取り組もうとする勢いとスピード感が課題だと認識しています。新しいことには今までも取り組んできましたが、取り組み方が少し中途半端だったり、やりきれなかったりする部分がありました。うまくいかなかったとしても、ほかの事業が成り立っているため、こだわりや自分事としてのアクションが少し弱かったかもしれません。スピードも同じで、失敗しても財務上のダメージはあまりなく、大きな危機感がなかったことは反省点としてあります。社員の意識を変えていくためには、挑戦を評価し、失敗を歓迎すると言い続けることが大前提として必要だと思っています。
今の状態やユーザーのニーズ、提供している性能が、未来永劫続くのであれば、いかに維持するかのアプローチは重要になります。しかし、弥生は創業以来、45年にわたって挑戦と変化の連続で成長してきたはずなのに、今まで生き残ってきた結果、挑戦と変化の重要性を忘れがちになっている部分があるのではないかと思っています。こうした状況を踏まえ、会社としては常に時代の変革者としてあるべきだと社員に伝えています。
──岡本浩一郎・前社長は「事業コンシェルジュ」を会社の方針として打ち出していました。新体制となったことで、方向性は変えていくのでしょうか。
事業コンシェルジュは、15年くらいかけて社内に浸透させてきました。ここ数年は得意とする会計や給与、販売管理以外の部分をカバーできているので、ある程度、コンシェルジュのような動きはできています。コンシェルジュは、どちらかというと、ユーザーからの求めに応じて最適な解を示す役割だと解釈できます。ユーザーが困っていることにはいくらでもお応えしたいですが、それに加えてデータや行動をベースとした自発的な提案もしていきたいです。そう考えると、コンシェルジュの概念は、今後、進もうとしている方向とは少し違ってきているのかなと感じています。ただ、コンシェルジュ自体がだめと言っているわけではないいので、より発展させていくことを目指します。
中小企業を支える姿勢が違いに
──就任会見の際は、クラウドに力を入れる方針を示していました。今後の製品開発の方向性について改めて説明してください。
会計事務所とエンドユーザーの状況を見ると、PCへのインストールが必要なデスクトップ型の製品は非常に多く使っていただいていますし、クラウドの製品が増えているからといって「明日から乗り換えます」となることはすごく少ないでしょう。従って「これからはクラウドの時代なので、デスクトップ型の製品はもう出しません」とか「クラウド型の製品に移行してください」と強要するようなことはやるべきではなく、むしろ安心して使っていただけるようにすることが責務だと思っています。
デスクトップ型の製品は、裏でたくさんのクラウドサービスが動いていますが、製品の仕様上、クラウドのよさであるつながりには限界があります。100%クラウドの製品設計では、情報の分断や、一方が変わったのに、もう一方が変わっていないという状況はどんどん解消されていくはずです。さらに弥生の製品に加え、他社の製品との連携も可能になります。よりよい製品を使っていただきたいとの思いは、デスクトップ型と同じようにあるので、両方を示して、パートナーである会計事務所や、ユーザーの判断で選択できるようにしていきます。
──100%クラウドの製品は、他社が先行している部分があります。違いはどう打ち出していくのでしょうか。
アウトプットが決まっている世界なので、製品の仕様に関しては、違いはほとんどないと思っています。他社との違いが出るとしたら、中小企業を支える姿勢になります。現在、非常に多くのユーザーが弥生の製品を使っていますし、1万2000以上の会計事務所では弥生の製品がインフラになっています。日々、さまざまな問い合わせなどを受け付けるカスタマーセンターも保有しています。これらはクラウドであっても、会計事務所やユーザーの業務を支えるために絶対に必要なピースになるので、今後も最重要との位置付けで磨いていきます。
──会計事務所については、統廃合が進むとの指摘があります。会計事務所との関係を強みとする中、今後の戦略についてはいかがでしょうか。
会計事務所は、会計士のなり手不足や職員の高齢化に直面しているので、これまで以上に会計事務所の業務が適切になるよう支援します。支援の仕方としては、ソリューションを提供したり、強みであるカスタマーセンターを最大限活用してもらったりすることを想定しています。まだ検討段階ですが、会計事務所の困りごとを集約できれば、それを別の会計事務所にフィードバックすることも可能になります。そうすれば、会計事務所との関係性をより強化でき、お互いにウィンウィンの状態がつくれるでしょう。
──今後の目標を教えてください。
具体的な数字は控えますが、方向性としてはいくつかあります。まずはクラウドの世界ではさまざまなつながりが生まれてくるので、会計や給与、販売管理にこだわらず、より広い領域でユーザーに価値を提供できるように事業開発を進めていきます。また、フィンテック領域では、まだやれること、できることはたくさんあると思っています。さらに、企業が日常的な業務としている人事の領域では、弥生の製品とのコラボレーションができるとみています。自社で製品を開発するというよりも、他社と組みながら事業領域の面を広げていくことに挑戦していきます。そして、ユーザーに対する最大限の貢献として、将来的にデータを活用して価値をフィードバックすることにも取り組みたいです。会計データは、ユーザーの経済活動が1円単位で整理されており、家計簿よりも精緻になります。その部分をユーザーときちんと共有しつつ、会計事務所にも入ってもらい、業績の分析や未来のアクションなどをAIを通じて示すことに挑戦したいです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
インタビューの終わりに趣味を聞いたところ、長年、たしなんでいるバイオリンだと教えてくれた。遊びたい盛りの子どもの頃は、レッスンに行きたくないと思うこともあったというが、しっかりと楽しむことで今まで続けられたと振り返る。
バイオリンも仕事も「人が一番、力を発揮するのは、目の前のことに没頭しているとき」だと語る。美しい音色を届けるか、製品やサービスを提供するかの違いはあるが、相手に価値を提供する点では、バイオリンと仕事には共通点があるという。
2回目の入社を経て社長に就いた今は「朝から晩まで予定が詰まっている」ものの、バイオリンと同じように仕事も「楽しくやっている」と笑顔を見せる。社員が生き生きと働けば、よりよい製品やサービスが生まれ、結果として会計事務所やエンドユーザーの変革に直結するとみる。社長として、こうした「健全な循環」を生み出すことが、さらなる飛躍につながると信じている。
プロフィール
前山貴弘
(まえやま たかひろ)
1977年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)とシンガポール国立大学の経営大学院修了。プライスウォーターハウスクーパース税務事務所(現PwC税理士法人)で国内とクロスボーダーの税務コンサルティングに携わる。2007年に弥生に入社、11年に退社。その後、デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリーで日系企業の海外子会社再建や国内事業再編などの支援業務に従事。20年に再び弥生に入社し、取締役管理本部長に就任。23年4月から現職。公認会計士で税理士。
会社紹介
【弥生】中小企業や個人事業主、起業家向けの業務ソフトウェア「弥生シリーズ」や、事業者の課題解決を支援する各種サービスを提供している。弥生シリーズの登録ユーザー数は280万以上。会計事務所向けのパートナープログラム「弥生PAP」の会員数は1万2000を突破。2022年3月にオリックスから米投資会社KKRグループに株主が変更。22年9月期通期の売上高は222億1000万円。同月現在の従業員数は派遣・契約社員を含めて850人。