生成AIは、もはやIT業界にとどまらず、社会全体を巻き込んだイノベーションとして認知されている。とりわけ、米Microsoft(マイクロソフト)の生成AIブランド「Copilot」(副操縦士)は、市場で大きな存在感を有している。日本マイクロソフトの津坂美樹社長は、スローガンとして「Microsoft Japan Will Empower and Copilot Your Growth」を掲げ、日本のあらゆる「あなた」の副操縦士として、成長を支えたいと意気込む。離陸したばかりのCopilotは、日本というメインパイロットを飛躍へと誘えるか。
(取材・文/藤岡 堯 写真/大星直輝)
成長志向にあふれた企業
──コンサルティング業界からの転身となりますが、入社してからマイクロソフトへの印象は変わりましたか。
中に入ると、外で発信している通りに会社が経営されていると感じました。サティア(米本社のサティア・ナデラ会長兼CEO)自身が常にグロースマインドセットを持ち、自分をよりよい状態にすることに挑戦しています。日本法人のトップ層100人と話すと、今の仕事はもちろんですが「次はこういうことにチャレンジしたい」というイメージを皆さんが持っていて、「今はいい、仕事は面白い、けど次は(こうしたい)」とたくさん相談を受けました。
私自身も入社して数カ月後に「3年後は何をしたいか」と聞かれ、冗談抜きで「クビにならないで、3年後も(会社に)いたいです」と(笑)。とにかく、この会社は素晴らしいと感じています。ベターになったらベストを目指し、ベストの次も探していく。成長志向が定着していると実感しています。
──2023年7月から新しい期が始まるにあたり、スローガンとしてMicrosoft Japan Will Empower and Copilot Your Growthを掲げました。意図を聞かせてください。
一つ一つの言葉を考え抜いて決めましたが、特にCopilotは絶対に使いたいと思っていました。
ある社長にお会いしようとした際、先方から「うちの社長はITベンダーとは会いません」と言われました。そこで「私たちはテクノロジーパートナーです」とお伝えするとアポが取れたことがあります。私たちは「ベンダー」ではなく、Copilotなのです。パイロット1人では絶対に飛べません。必ず誰かが、いつもいます。お客様を助けたいという気持ちが、Copilotには込められています。
そして、「Your」とは「あなたの」を意味しますが、あえてあいまいにしてあります。「あなた」とは大企業かもしれないし、中小企業かもしれません。官公庁だったり、PCを使っている個人だったりもします。分け隔てなく、皆さんを支援したいとの思いがあります。
そして「Growth」。さきほどお話しした、グロースマインドセットです。成長にもいろいろあり、小学生が中学生に、中学生が高校生になるような自然に一歩ずつ伸びる方法もありますし、AIによって小学生が急に博士号を取得するようなジャンプもあり得るでしょう。ただ、成長のマインドセットがない会社はなくなってしまいます。いろいろな意味で皆さんの成長を支えるという意思をスローガンとして、社員にも世の中にも発信しています。
生成AIは「ちょっと」から
──その成長のキードライバーとなるのは、やはりAIかと思います。日本市場におけるAIビジネスの戦略をお聞きします。
生成AIのテクノロジーについて伝え、私たちがどういうゴールを設定してプロダクトやサービスに導入しているかと説明した後は、それをどこでどうやって使うかという議論になります。どういう業務に、どうやって導入すれば、今のプロセスが半分のスピード、半分のコストでできるか。必要な部分にテクノロジーを当て、効率よくアウトプットにつなぐことが趣旨でしょう。
約半年前、お客様に会社に来ていただいて、(生成AIの利用法について)ブレインストーミングをしました。100や200のアイデアが出ますが、全部できるお金や人的リソースはなく、そもそも全部する必要もありません。200のアイデアのうち、確実に結果が見え、本当に悩んでいる部分をちゃんとつかんで簡素化することが重要です。
アイデアを出し、フォーカスし、ロードマップをつくり、フェーズを区切って考えることが、最も効率よくAIをお客様の中に入れていくプロセスではないでしょうか。100個のアイデアがあっても、全部やってはうまくいかない。一方で、様子見というのもだめです。その間に競合が使っていれば、置いていかれます。まずは「ちょっと」からでいいので、始めていただきたいです。
──「Copilot Microsoft 365」の提供が始まりました。市場の期待感が大きい一方、先行ユーザーから「まだまだできることは少ない」との声も聞こえてきます。
筋力トレーニングと同じで、急に重いものを持ち上げることはできません。少しずつ取り組んでいくことで、「AI筋肉」が強くなっていきます。私もある日突然PCにCopilotが入り、面白いから触ってみて、ウェビナーで勉強しましたが、簡単にマスターできない部分はありました。使い始めた段階でわからないのは自然な反応です。そこをどう私たちが助けてあげられるかです。
例えば、メガバンクのお客様などでは、いち早く利用していただき「こう質問するといいよ」「このような質問はNG」といったプロンプトのライブラリーを作成しています。そうすると、初めて使った人でも、先輩方が積み重ねたTipsを利用できます。東京都が出した「文章生成AI利活用ガイドライン」もよくできています。私たちも社内での学びをオープンにシェアしており、社内で一番長く使っている人間(のプロンプト)は神業みたいですよ(笑)。
──プロンプトエンジニアリングを含めたユースケースを積み重ね、それを顧客に還元することがポイントになるのですね。では、AI以外で力を入れたい領域はなんでしょうか。
オンプレミスからクラウドへ進むことは、企業ミッションでありますし、その部分のビジネスには引き続き注力します。クラウドに移行したくないお客様もいますが、オンプレミスのままでは生成AIは使えないので、いい機会になるでしょう。エンタープライズにおけるクラウドビジネスは、Copilotのシリーズを含めて、どんどんと広がっているように感じています。
数多くあるプロダクトの中でも、(分析プラットフォームである)「Microsoft Fabric」は特筆すべきものです。どの企業もデータはたくさんあっても、(使える)「情報」になっていないのではないでしょうか。個別のPCの中のデータもありますし、財務と人事でデータマネジメントの方法が違うこともあります。Fabricはすべてのデータをそろえることなく、必要なものだけ抽出し、同じフォーマットにして共有できます。マイクロソフトの製品だけでなく、競合の製品とも一緒に動くシステムという点でユニークです。
パートナーは「最も重要なお客様」
──パートナー戦略についてはどう考えますか。
パートナーの皆さんがいなければ、私たちのビジネスは成り立ちません。ある意味で、最も重要なお客様だと考えています。パートナー自身もデジタルシフトを加速させ、AI筋トレにチャレンジしてほしい。皆さんができないことは、その先のお客様もできません。私たちもCopilotを使い倒さなければなりませんし、パートナーにもそういう気持ちで取り組んでいただきたい。
日本はIT人材の7割がSIerなどに属している国です。そのパートナーこそがテクノロジーを積極的に取り入れ、効率性をどんどん上げ、経験を外に持っていっていただくことがすごく重要になるはずです。パートナーの規模には大小ありますが、AIは必ずしもプロダクト(販売)だけではなく、例えばソフトウェア開発のプラットフォーム「Github」などを使い、自身たちの開発や顧客向けにカスタマイズしたオファリングなどに生かすこともできます。スタートアップも含め、テクノロジーを駆使し、面白いソリューションや製品を世の中に出していく時期になっています。
ただ、先ほどの筋トレの話のように、1回ですべてできるようになるものではありません。一つできるようになったら、その次、その次と、段階的に考えていただきたいですし、私たちもそういったかたちのトレーニングを提供しなければならないでしょう。今はまだラウンド1といったところ。これから、ラウンド2、ラウンド3と続いていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「パイロット1人では絶対に飛べません」。津坂社長は生成AIのブランドである「Copilot」の意義をこう説く一方、「最終的に飛行機を飛ばし、着陸させるのはメインパイロットの仕事です」とも語る。
生成AIが社会の「バズワード」と化して以降、「生成AIが仕事を変革する」といった類のフレーズが毎日のように飛び交い、ややもすると私たちは、AIさえあれば何事もうまくいくかのような錯覚を覚えさえする。
しかし、冒頭の発言を踏まえれば、副操縦士1人でも、空を飛ぶことはできない。AIは人間の代わりとして、すべての仕事をこなしてくれるわけではなく、あくまでも副操縦士として、そばでサポートしてくれるだけである。だからこそ、ユーザーは地道なトレーニングを積み重ね、副操縦士の力を引き出せるようにしなければならない。
急速に発展する生成AIを最大限に生かすためには、一人一人が「メインパイロット」としての自覚をもち、目的地への適切なフライトプランを描くことが求められる。紙飛行機のように落ちてしまうか、力強く駆けるジェット機となるか。それはユーザー次第だ。
プロフィール
津坂美樹
(つさか みき)
1984年にボストン・コンサルティング・グループ(BCG)東京オフィスに入社。88年に米ハーバード大学経営修士課程を修了し、その後、ニューヨークオフィスで20年間勤務。2008年から東京オフィスに在籍。BCGでは消費財、流通、金融、保険、製造、ハイテク、メディア、通信の各業種を担当するほか、マーケティング・営業・プライシンググループ、オペレーショングループ、組織・人材グループのコアメンバーを務める。B2Cビジネスを中心に、成長戦略の策定・実行支援、組織再編など広範なテーマのプロジェクトを手掛ける。23年2月から現職。
会社紹介
【日本マイクロソフト】米Microsoft(マイクロソフト)の日本法人として、1986年2月に設立。ソフトウェア、クラウドサービス、デバイスの営業・マーケティングなどの事業を展開。2023年6月期の売上高は1兆223億円。