バックオフィス向けSaaS群「楽楽シリーズ」などを展開するラクスが躍進を続けている。DXや法制度対応などを追い風にクラウド事業がビジネスをけん引。2024年3月期の連結業績予想では、売上高で前期比39.8%増の382億9500万円を見込み、前期から100億円以上の上積みを図る方向だ。直近では楽楽シリーズの拡販に向けた施策を打ち出すなど、着々とさらなる成長への足固めを進めている。中村崇則社長は「魔法はない」と語り、地道な取り組みの積み重ねによってこそ、大きな成果がつかみとれると強調する。
(取材・文/藤岡 堯 写真/大星直輝)
──近年の業績をどう捉えていますか。18年ごろからの積極的な投資が実を結んでいるように見えます。
難易度が高い目標を掲げ、それを実現できるように工夫や努力をしてきました。DX関連の市場拡大でビジネス環境はよく、そこに採用や投資といった部分がうまく絡まり、いい成果が出たと受け止めています。投資については、世の中がデジタル化の途上にあり、その段階で私たちが投資をすることで、DXを推進していけると考えてかじを切りました。
今までは割とよくできたかなと思っています。ただ、(改正電子帳簿保存法、インボイス制度といった)法要件の需要がいったんは終わりとなるので、逆にこれからが定常状態と考えています。その中でいかにお客様にデジタル化や効率化の意義をお伝えして、導入していただけるかという点が今後のチャレンジになります。
組織再編で効率を高める
──23年の初めにクラウド製品部門における組織再編を行いました。狙いと成果を聞きます。
以前は、サービス別にマーケティングやセールス、カスタマーサクセスを置いていました。それを統一することで、ノウハウの共有や業務の共通化・効率化を図るために再編しました。敏しょう性の面では個別に動けるほうがいい部分もありますが、それぞれに重なっている取り組みもあり、より生産性が高まるのではないかと考えています。
実際、知見は共有されつつあり、リソースが足りなかった部分もうまく回っていると感じています。とはいえ、現場とのコミュニケーションの面でうまくいかないところも出ているので、時間をかけて解消する必要があります。
──23年10月には楽楽シリーズのブランドコミュニケーションを一新し、「よりよく、寄り添う」をブランドメッセージに設定しました。どういう意図がありますか。
マーケティングをサービスごとに展開していると、それぞれで「トンマナ」や打ち出し方が違っていました。お客様から見たときに、同じ会社のサービスであることがわかりにくくなりますし、誤解されてしまうのではないかと。お客様から見てわかりやすく、またマーケティングにかけているコストがより有効になるように取り組んでいます。
ブランドメッセージについては、お客様に寄り添いたいとの意味を込めました。実を言うと、私は設定には細かく絡んでいません。現場に権限を委譲しているので、方向性やゴールが正しければ、正しいことが行われるはずであり、基本的には信頼しています。
基本を凡事徹底する
──今後の成長に向けた戦略はどう考えますか。楽楽シリーズについては、製品が属する領域で導入社数ナンバーワンを目指す方針を示しています。
バックオフィスのSaaSを成長の中心に置き、サービスを増やしていくとともに、規模を拡大していきたいと考えています。M&Aで取得したサービスも含めて、より多くのお客様に使っていただけるように拡販したいです。
戦略については、お客様の声を開発側に反映させてよりよいものをつくり、つくったらしっかりとマーケティングでお客様に伝え、セールスの説得でお客様に納得して導入していただき、その後はカスタマーサクセスがしっかり使えるようにして差し上げる。解約になった場合は、なぜそうなったかを開発やセールスにフィードバックする。いわゆるSaaSのケイパビリティを高める循環を通じて、より多くのお客様に便利なものを提供する。基本を愚直に、凡事徹底していきます。
導入数ナンバーワンに向けても、リソースを配分して取り組んでいくだけです。問い合わせをいただいて、営業が動いて、導入していただく流れを考えたとき、どのぐらいの問い合わせが来て、営業担当1人がどのぐらい動けば、どのぐらいのお客様が入ってくるかということから逆算し、ナンバーワンを目指すためにどの程度のリソースが必要かを考えます。魔法みたいなものはありません。一つ一つの施策の積み重ねが結果として大きな成果を生みます。自社だけでリーチできるお客様には限界があるので、自社のやり方ではリーチできない部分でパートナーの皆さんとご一緒できればとも考えています。
法要件がいったん完了するので、普通の状態でお客様にいかにDXを進めていただくかが肝になります。請求書の発行一つをとっても、まだ紙を使っている企業が8、9割あるそうです。DXができていない企業はたくさんありますから、そこをこれから手掛けていきたいです。
ただ、媒体広告やマーケティングを使って、影響を及ぼせる範囲は一部に過ぎません。DXに進めない人たちをどう動かすかといえば、人間が人間に影響を及ぼすしかないでしょう。それがセールスやカスタマーサクセスの役割です。例えば、買うつもりがなかったものを接客されて買った経験はあると思います。そういった感じですね。
──もう一つの柱であるIT人材事業の現状はいかがでしょうか。最近では「ユーザー企業に属するIT人材を増やすべき」という声も一部にありますが、派遣型ビジネスに影響はありますか。
社会全体でエンジニアが足りない状況は変わっていません。23年度上半期は営業面で減速し、弱含みしたところはありましたが、この先を考えれば、ITを担う人材が足りていないのは明らかですので、営業組織を改善し、リカバリーしていきます。
ユーザー側、事業会社側に人材を置くといっても、エンジニアの採用ノウハウは今のところないでしょう。マネジメントの方法もわかっていない状態で、事業会社の中でエンジニア集団をうまくつくるのは難しいのではないでしょうか。だからこそ、プロパーの社員が数人いて、リソースが足りないからエンジニアを派遣してもらい、チームとして少し大きくして動くという状況が生まれてきます。派遣の需要は引き続きあるでしょう。
──社内マネジメントの部分で課題はありますか。
年間で500人規模の採用を行っており、人数が急速に増えているので、カルチャーが薄くなってしまいがちです。ラクスのカルチャーとは「ゴールオリエンテッド」という言葉に集約されます。設定したゴールに向けてすべての活動を逆算する。それが中心にあります。新しく入ってきた人に対して、ラクスのカルチャーをしっかり伝えていかなければ、気を抜いているとどんどんと薄くなってしまいます。これも魔法のように効く手段はなく、社内報や社員総会、アワードなど、ありとあらゆるものを使ってタッチポイントを増やし、情報を発信して浸透させることが重要です。
日本を代表する企業になる
──前身の企業を立ち上げてから、25年で創業25年を迎えます。これからの抱負は。
25年だから何かを取り組みたいということはないですが、「日本を代表する企業になる」と掲げていますので、そこに向けて可能な限り速く進みたいです。巨大な企業と比較したときに、自分たちが国内で与えられる影響はまだとても小さいです。もっともっと大きな、よい影響を与えられるようになりたいです。
ある本に「長期間成長する企業が勝つ」という内容が書いてありました。それが多分本質なのだと思います。その難しさはいったん置いておくとして、同じペースでずっと長期間成長した企業が大きくなれる。会社のいいところは人間よりも寿命が長く、成長を100年続けることも、理論上は可能なはずです。
国内でもちろんマーケットシェアを取りたいですし、日本のDXを推し進めたい。一方でこの先、人口が減っていくことを考えれば、成長し続けるために範囲を広くする必要があります。日本を代表する企業になった後は、例えば、アジアパシフィックに拡張するという話になるかと思います。もしかするとタイムスパンとしては自分の次の世代なのかもしれないですし、さらに広い地域になるとすれば、次の次の世代かもしれません。ですが、企業は寿命が長いですからね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
自社は順調に成長し、規模を拡大している。経営者として楽しいのではないかと水を向けると「高校球児みたいな感じ」と返ってきた。「試合に勝った瞬間は楽しいが、それ以外はずっと練習しているようなもの。楽しいかどうかはわからないけれど、充実はしている」という。掲げた目標に向かって努力し、それが実現できれば嬉しい。ただし「喜んでもいいけど、満足はしない」
夢はかなった瞬間に現実となり、新しい夢が生まれる。ビジネスにおけるゴールも、一度達成してしまえば、新しいゴールを設定するだけ。その繰り返しで企業は成長する。
今、目指しているのは、日本を代表する企業だ。国内SaaSベンダーとしては有力企業だが、日本の大企業と比べれば、まだまだ小さな存在である。「SaaS業界が大きくなっていくにつれ、その中から巨大な企業が誕生するはず。その一角になりたい」
その実現のための中期経営目標では、26年3月期のまで5年間で、売上高年平均成長率を27~30%と定めた。毎年の3割成長は「やり始めたら結構大変」と笑うが、地道な繰り返しが大きな成果につながると信じている。
プロフィール
中村崇則
(なかむら たかのり)
1973年生まれ。1996年、日本電信電話(NTT)入社。NTT在籍中にメールベースのコミュニケーションサービスを立ち上げて起業。2000年に楽天(現楽天グループ)に事業を売却後、ラクスの前身となるアイティーブーストを起業。
会社紹介
【ラクス】「楽楽精算」などをはじめとするバックオフィス向けSaaS群「楽楽シリーズ」や、メール共有管理システム「メールディーラー」などのフロントオフィス向けSaaS群「ラクスシリーズ」を展開するほか、エンジニアの派遣事業も手掛ける。2010年に現在の社名に変更。