米Cisco Systems(シスコシステムズ)の日本法人であるシスコシステムズは、セキュリティー、AI、サステナビリティーを主軸に据えたビジネス戦略を推進している。1月に新社長に就任した濱田義之氏は「セキュリティーリスクの排除や、自動化や効率化による人材不足への対応などで、顧客のDXが止まらないように支援する」と意気込む。パートナーとの関係を強化し、顧客に伴走するビジネスの展開にも力を入れる。
(取材・文/大畑直悠 写真/大星直輝)
DXと切り離せない三つの領域
――国内企業のDXの取り組み状況をどのように見ていますか。
マイナス金利が終わったことはシンボリックですが、いわゆる失われた30年からようやく脱却する兆しが見えてきた中で、日本全体でDXに取り組む機運が高まってきており、ビジネスを次のステージに持っていこうとしていると感じています。
――日本法人の今後の方針を教えてください。
グローバルでは、「セキュリティー」「ハイブリッドワーク」「オブザーバビリティー」「サステナビリティー」「ハイブリッドクラウド」「AI」の六つを重点領域に位置付けていますが、日本ではセキュリティー、AI、サステナビリティーの三つに特に力を入れます。ハイブリッドワークやハイブリッドクラウドは、わざわざ注力すると言わなくても不可逆的に進んでいくとみられますが、DXを推進する上で、特に切り離して考えられないのが、この三つの領域だと考えているからです。
日本の素晴らしいところは現場力であり、さまざまな取り組みがボトムアップで進められることです。しかし、デジタル化を進め、卓越した製品やサービスをつくることは得意だとしても、セキュリティーをしっかり担保していなかったために、取り組みが阻害されてしまうことは防がなければなりません。そのため、顧客のDXを支援する上で、セキュリティーを全ての領域に包含することが重要だと考えています。
――AI、サステナビリティーについてはいかがですか。
AIについては、今後の労働人口が増加する見通しがない中で、日本ほど利活用を進めなければいけない国はありません。当社が2023年に実施した調査で、国内企業はAIに関する戦略は立てているものの、活用まで進んでいないという結果が出ました。では、どこに使いたいかというと、ITとセキュリティー環境が上位を占めました。これに応えるために、例えばネットワークに関する製品では、かつてのようにコマンドラインを覚えた専門的な人材を集めることが難しい状況にあるのに対して、構築や障害解析を効率化するために使えるようにしています。セキュリティーに関しても、人材不足に対応するため、AIによる自動化に力を入れています。
AIを活用するための基盤構築の支援も進めます。日本ならではの特化型AIをつくろうという動きがある中、グローバル標準のクラウドを基盤に用いるのではなく、場合によっては各企業で基盤を構築することが適切な場合もあります。当社はAIをはじめとした高度なネットワークを必要とする技術の活用に向けて、イーサネットの改善を推進する組織「Ultra Ethernet Consortium」の立ち上げメンバーに参画しました。計算基盤の中でのあるべきトランスポートをつくり、これを日本できちんと活用できるようにします。
サステナビリティーに関しては、国内でも真剣に取り組む企業が増えていると感じます。DXが進展する中で、AIの活用が進むと消費電力が増大するので、サステナビリティーとの間でギャップが生まれない仕組みの構築やノウハウの共有を進めています。
Wi-Fiの重要性が高まる
――ネットワークのビジネスについて、すでに大きなシェアを持っていますが、成長する余地があるのはどのような領域でしょうか。
今後、トラフィックが爆発的に増えることが見込まれますが、コストや電力消費量が比例して上がっていくことがあってはならないので、インターネットを支える基幹技術に大きな投資を続けており、国内でもニーズが高まる領域だと感じています。
Wi-Fiの重要性がこれまで以上に高まってきていることも、今後の成長機会になります。オフィスの中では、Web会議の利用などで座席から離れる機会が増加するなど、Wi-Fiに求められるスピードが高まっています。また、製造業では、ローカル5Gを用いてDXを進める動きも活発化しており、インターネットを支える基幹技術への引き合いは高まってきています。
――セキュリティーの領域で引き合いが多い商材を教えてください。
ハイブリッドワークが普及し定着する中、SSE(Security Service Edge)ソリューションの「Secure Access」やSASE(Secure Access Service Edge)ソリューションの「Secure Connect」への注目は高いです。コロナ禍でVPNの強化など、突貫工事でさまざまな製品を導入した顧客が多くいましたが、今後はどのような環境が適切か検討する中で引き合いをいただいているのだと感じています。
XDR(Extended Detection and Response)の分野も問い合わせが多いです。当社は幅広い製品ポートフォリオを持っていますが、顧客に全てを入れ替えてください、との提案は現実的ではないため、他社の製品との連携を可能にしていることが特徴です。アクションを起こさなければいけないときに、必要な情報を可視化し、脅威への対処を支援します。
――米Splunk(スプランク)の買収が完了しました。今後どのようなシナジーが生まれるとお考えですか。
それぞれの強みを相互補完できる素晴らしい買収だったと考えています。スプランクが強みとするセキュリティー分野や多様なログを集めて解析する技術と当社のネットワークなどの技術を掛け合わせ、よりレジリエントな社会を一緒につくっていけるのではないかと期待しています。
パートナーとビジネス変革を推進
――1月の就任記者会見の際には「シスコにしかできないやり方で顧客を支援していく」と話されました。もう少し詳しく教えてください。
われわれが一番避けたいのは、幅広い商材を前にして顧客が迷ってしまう状態をつくることです。ネットワークでもセキュリティーでもコラボレーションでも、それぞれをきちんとプラットフォームとして一貫したかたちで提供し、顧客を支援できることは、他のベンダーではまねできない点です。また、国内では大きなパートナーエコシステムを築き、サービスプロバイダーと強固な関係を築いていますが、パートナーと協力しつつ、なるべくシンプルで使いやすいかたちを追求するのは当社にしかできないと考えています。
――今後のパートナー戦略を教えてください。
現在、パートナーと一緒に取り組んでいるのは、われわれのビジネスのあり方の変革だと考えています。スイッチやルーターのような、ライセンスで提供し、1回納入したらそれで終わりというハードウェアを中心としたビジネスから、ソフトウェアを中心とした価値提供へとシフトしており、導入してもらった時点を顧客との関係性の始まりとして、要望に応じて必要な機能を提案するなど、伴走型のビジネスの展開をパートナーと進めています。
顧客の買い方にも変化が生まれており、具体的には月額課金のマネージドサービスを利用したいという顧客向けにビジネスを立ち上げるパートナーを支援する機会が増加しています。
顧客層の拡大も図っていきます。中小企業や教育機関、医療機関といったわれわれだけではアプローチできない顧客に対して強みを持つパートナーの獲得にも力を入れ、エコシステムの拡大を目指します。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「セキュリティーは、一丁目一番地の問題」だと語る。「当社はすべてのものをつなぐことをミッションに掲げているが、つないだ結果、知らず知らずにのうちにセキュアになっていることが理想であり、これを実現できるのは当社の特色だ」と話す。
海外でのビジネスも経験してきた中で、「良くも悪くもレガシーシステムが残っているため、顧客やパートナーとじっくりと将来の戦略を語り合える」のが日本市場の特徴とみている。時間をかけながらも「顧客を取り残さずにDXを進めることが重要」との思いを持ち、社会が着実にDXを進められるように後押しする。
プロフィール
濱田義之
(はまだ よしゆき)
日本大学理工学部電気工学科を卒業後、住友電工通信エンジニアリングやColtテクノロジーサービスを経て、2016年にシスコシステムズに入社。執行役員最高技術責任者やアジアパシフィックジャパンチャイナ地域マネージングディレクターセキュリティ担当などを歴任し、24年1月から現職。
会社紹介
【シスコシステムズ】米Cisco Systems(シスコシステムズ)は1984年に設立。ネットワーク、セキュリティー、コラボレーションといった幅広い領域で事業を展開する。日本法人は1992年に設立。