NTTテクノクロスは、NTTの研究所による研究成果物を事業化するビジネスを伸ばし、2024年3月期の連結売上高は初めて500億円を突破した。独自商材を外部の一般ユーザー企業へ販売する外販ビジネスの比率が高まり、NTTグループ向けの受託ビジネスとほぼ半々になるまで拡大している。6月で就任から1年を迎えた岡敦子社長は、「生成AIの活用を積極的に進めてきた」と話す。NTTテクノクロスが強みとする顧客接点や映像、音声の領域と生成AIは相性がよく、NTTの研究所が開発した独自の大規模言語モデル(LLM)「tsuzumi」の応用も推進し、外販ビジネスを一段と伸ばしていく方針だ。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
初の連結売上高500億円超え
――社長に就任して1年を迎えました。振り返りを。
23年は生成AIが注目を集めるようになり、まずは生成AIの活用に取り組みました。当社はコンタクトセンターをはじめ顧客接点の領域に強いことから、生成AIとの相性はとても良いと手応えを感じています。tsuzumiを自社の製品やサービスに反映し、市場競争力を一段と高めていきます。
――直近のビジネスの状況を話していただけますか。
当社のビジネスはNTTグループからの受託ビジネスと、外販ビジネスの大きく二つに分けられます。前者は当社の前身となる旧NTTソフトウェアの時代に手がけていたビジネスで、17年に旧NTTアイティと合併し、NTTアドバンステクノロジから一部事業を受け継いで今のNTTテクノクロスの体制となってからは、後者のNTT研究所発の技術を応用した自社商材を一般の顧客向けに販売する外販ビジネス拡大に努めてきました。
24年3月期は連結売上高で初めて500億円を突破し、NTTグループからの受託ビジネスと外販ビジネスが半々の比率にまでなりました。NTTテクノクロス発足時の外販ビジネスが4割ちょっとでしたので、売り上げ全体を伸ばすとともに外販ビジネスを積極的に伸ばしてきたことがお分かりいただけると思います。
――NTTテクノクロスの独自商材、注目商材を教えてください。
顧客接点の領域ではコンタクトセンター向け業務システムの「ForeSight Voice Mining(フォーサイト・ボイス・マイニング)」は、金融や通信、自治体のユーザーを中心に500カ所余り、約5万6000席に導入いただいています。映像分野ではNTTが開発した超高臨場感通信技術「Kirari!」を活用して、遠隔地の臨場感をそのままリアルタイムで映像を配信する「超高臨場映像ソリューション」を開発しています。松竹とドワンゴによる、歌舞伎とボーカロイドが融合した公演「超歌舞伎」の基盤技術として採用されたことで話題になりました。
健康医療の分野では、NTTと東レが協業して「hitoeウェアラブル心電送信システム」を開発。胸にセンサーが入ったベルトを巻き、心電の様子をスマホで表示、記録できるようにしました。農業分野では、酪農家が飼育している牛にセンサーを取り付け、牛の行動を24時間体制で監視する「U-motion」を製品化しています。牛に発情や疾病の兆候が見られたらすぐに駆けつけられるよう、酪農業務の効率化や業務負荷軽減をITの側面で支えています。畜産分野では、専用端末で豚の外観を撮影し、そのデータをもとに豚の体重を推定する「デジタル目勘」もあります。重量計に乗せなくても実体重との誤差4.5%以内での計測が可能で、経験豊富な熟練者に匹敵する精度を出しています。
映像・音声系の領域に強み
――超高臨場映像の分野では、NTTが開発を進める次世代通信基盤「IOWN」との組み合わせもできそうです。
IOWNの活用は早くから取り組んでおり、直近ではデジタルツインの切り口でIOWNの活用を進めています。製造業ユーザーにおけるデジタルツインは、仮想空間で製品を設計、試作品までつくり、その中の選りすぐりを実物で試作する用途での活用が進んでいます。自由度の高い仮想空間で完成度を高めることで製品化までの期間短縮や品質向上に役立ちます。この分野は低遅延、大容量のIOWNの特性を生かせる分野であり、当社では4月から「IOWNデジタルツインサービス事業部」と「IOWNデジタルツインプラットフォーム事業部」の二つの事業部体制へと移行し、ビジネス拡大に努めています。前者は仮想空間などを活用したサービス領域、後者はデータ活用など基盤領域のビジネスを担っています。
――話をうかがっているとNTTテクノクロスは仮想空間や映像、音声系の技術に長けたソフト開発会社という印象を受けます。
ご指摘の通り、映像・音声系の領域は当社の強みであり、特色を出していく上でも重要視しています。超高臨場映像やForeSight Voice Miningなどは、まさにそうですね。23年にこの会社に着任して真っ先に感じたのが、連結従業員約2000人のうち技術者が8割を占めており、新しい技術に対して俊敏に対応ができるという点です。生成AIが登場すれば、すぐに手を動かして自身が担当する製品に反映しようと行動を起こしています。
直近では生成AIを利用して技能継承を図る支援システムもつくっています。技能を抽出し、コンテンツ化するNTT独自の手法「MEISTER」をベースとしたもので、熟練者の経験知である暗黙知を文書化した「勘どころ集」を生成することで技能継承を支援しています。生成AIはさまざまな製品やサービスに組み込まれる汎用性が高い技術ですので、将来的に生成AI関連で100億円規模のビジネス創出を目指し、NTTグループのAI関連ビジネスの一翼を担う決意で臨んでいます。
――自社商材はどのような販路で販売しているのですか。
NTTコミュニケーションズやNTTデータなどグループ事業会社を経由して販売したり、映像や健康・医療、農業などそれぞれの業種や業態に強いビジネスパートナーと組んでいます。例えば、hitoeウェアラブル心電送信は東レ・メディカルや機器メーカーのパラマ・テック、養豚場向けのデジタル目勘は伊藤忠飼料と組んで販売するといった具合です。NTTの研究所で生まれた要素技術は、当社が持つ業種ノウハウと掛け合わせることで、独自性の高い商材になり得ます。販売面でも販売ターゲットとなる業種と関係の深いパートナーと組むことで売り上げを伸ばしていきます。
研究職からビジネス開発へ転身
――岡社長のこれまでのキャリアについても教えてください。理系の大学を卒業してからは技術者としての仕事が長いのですか。
学生のときにプログラムを書くアルバイトをしていたこともあり、NTTに入社してからは研究所でソフト開発の生産性向上や、既存のプログラムを改修した際の影響範囲が分かる仕組みなどの研究開発に従事していました。転機が訪れたのは、1996年に国際協力の一環でマレーシアでのビジネス企画に配属されたときでしたね。
当時、マレーシアのマハティール・ビン・モハマド首相が推進したルック・イースト政策の絡みもあって、現地では日本の経済発展のノウハウを取り込む動きが背景にあった時代です。技術者の私にとってはビジネス企画は畑違いでよく分からないことだらけだったのを覚えています。その後に米国のビジネススクールで学び直すなどした後は、映像配信やIoTといったネット系のビジネス企画、サービス開発がキャリアの柱になっています。
――研究所の出身で、かつビジネス企画のキャリアが長いとなれば、まさに研究所の成果をビジネス化するNTTテクノクロスにぴったりですね。
研究開発はとても重要ですが、それだけでは商品化するには不十分です。ユーザー企業の現場に出向いて実態を知って、研究所の研究成果をベースとしつつも、現場の課題を解決するサービスなり、ソリューションなりに仕上げなければなりません。先述した酪農支援のU-motionや、養豚場向けのデジタル目勘は畜産現場に出向かなければ開発できませんし、IOWN実装先として有望視しているデジタルツインも設計や製造の現場を深く理解しなければ成り立ちません。超高臨場映像もそうです。幸い、当社社員は新しい技術を学び、現場に出向くことに積極的ですので、今後も研究所由来の独自技術をベースとした製品やサービス開発に努めていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
研究職からビジネス開発へとキャリアの方向性が大きく変わった後、NTTコミュニケーションズやNTTレゾナント(現NTTドコモ)、NTTナビスペース(現NTTコムオンライン・マーケティング・ソリューション)、NTT持ち株会社などでさまざまな仕事を担ってきた。
異動がある度に新しい仕事や環境に慣れる苦労はあるが、それでも「自分1人なら絶対に選択し得ない仕事に就くことでセレンディピティ(思いがけない幸運)を得られることもある」と話す。
人との再会や新しい出会いもセレンディピティの一つで、「20年前に同じ職場だった人と異動先で偶然会ったり、初めて会った取引先の人と共通の知人がいたりすると急に親しみが湧いてくる」。人と人のつながりによってビジネスが広がったことも少なからずあった。好きな言葉は「継続は力なり」で、まじめにこつこつ積み上げていくタイプだという。
プロフィール
岡 敦子
(おか あつこ)
1963年、神奈川県生まれ。88年に慶應義塾大学理工学部大学院修士課程を修了後、日本電信電話(NTT)に入社。99年、米マサチューセッツ工科大学留学。2015年、NTTコミュニケーションズ経営企画部IoT推進室長。17年、NTTレゾナント(現NTTドコモ)取締役ソリューション事業部長。19年にNTT取締役技術企画部門長。その後、執行役員技術企画部門長、常務執行役員研究企画部門長を経て、23年6月15日、NTTテクノクロス代表取締役社長に就任。
会社紹介
【NTTテクノクロス】旧NTTソフトウェアと旧NTTアイティが2017年に合併し、NTTアドバンステクノロジから一部事業を受け継いで発足。NTTの研究所発の技術をベースとした独自の製品・サービスの開発を担う。連結売上高は500億円超、連結従業員数は約2000人。