データセンター(DC)世界大手の米Digital Realty(デジタル・リアルティ)と三菱商事の折半出資会社のMCデジタル・リアルティは、生成AIに欠かせない高性能GPUサーバー需要の取り込みに余念がない。生成AI需要を見越した高規格DCの建設も急ピッチで進めており、2025年12月には国内9棟目の最新鋭DCの開業を予定している。大手クラウドベンダーなどの大口需要から一般企業の1ラック単位での小口利用まで幅広いニーズに応えていく構えだ。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
320kVAの“熱の壁”を冷やす
――DC世界大手のデジタル・リアルティとの国内合弁事業の概況を教えてください。
国内では三菱商事とデジタル・リアルティの折半出資で、千葉県に郊外型DCを2棟、都内の都心型DCを2棟、関西に4棟の計8棟を運営しています。25年12月には千葉県郊外型DCの3棟目を開業する予定です。
――御社のDCにはどんな特徴がありますか。
関西DCの1棟が、23年7月に国内で先駆けて高性能GPU「NVIDIA DGX H100」対応のDCとして米NVIDIA(エヌビディア)から認定されました。NVIDIA DGX H100は近年需要が急増している生成AIを稼働させるGPUの役割を担っているのですが、通常の業務用サーバーで使うCPUより消費電力が大きく、DC設備側により強力な電源や冷却能力が求められています。千葉県の郊外型DCの2棟も追加でDGX H100の認定を受けており、首都圏と関西圏でそれぞれ生成AI向けの計算資源を提供できる体制を整えています。
――高性能GPUを稼働させるために、どのようなDC設備を整えているのですか。
1ラック当たり最大で70kVA(キロボルトアンペア)の電力を供給して、かつ空冷できるよう設計しています。DGX H100は1台で10kVAの電力が最低限必要になるとされていますので、1ラックに4台収納しても、まだ余裕があります。
生成AIの活用が広がる前は、電源供給量で10kVA単位の商談が多かったのですが、生成AIが絡むと一気に電源容量が増えて100kVA単位の商談に膨らんでいます。当社のDCは、そうしたユーザー企業の需要に十分に応えられる設備を整えています。
さらに付け加えると、1ラック当たりDGX H100を4台収納したものを8ラック並べて、おおよそ320kVA相当の電力を空冷で冷やすことも可能です。一般家庭の契約電力が3kVAだとすれば、320kVAはざっくり100倍の電力消費となり、これをわずか8ラック分の棚に集積するわけですので、ほぼ“熱の壁”のようになります。
――DGX H100対応に認定された三つのDCは、ここ数年内に開業した比較的新しいDCですが、それでも国内で生成AIが俄然注目を集め始めたのは23年くらいからですよね。大電力需要を予測していたのですか。
当初から今の生成AIブームを予見していたわけではありませんが、ラック当たりの電力供給が増えるのは予見していました。当社のDCは冷却や照明などを除いた純粋なサーバー用電源として1ラック当たり平均9kVAで設計しています。一般的な業務アプリを動かすCPUサーバーであれば3kVAもあれば十分ですが、当社はGPUサーバーの需要増を見越し、未来志向で先進的なDC設計をしてきました。
もちろん、電源だけでなく、冷却方式や床荷重、電源や通信の冗長性など、デジタル・リアルティグループ全体で将来必要になるであろうDC設備を予想して、高スペックなDCを目指しています。冷却方式については、空冷だけでなく、水冷技術の開発も進めており、両方式のいずれにも対応できるよう努めています。
1ラック単位の小口利用も重視
――国内でのユーザー層や販売チャネルについてお聞かせください。
国内のユーザー層は開示していませんが、デジタル・リアルティグループ全体を見渡すと、大手クラウドベンダーやSaaSベンダーなどいわゆるハイパースケーラーと呼ばれる事業者が6割、一般企業ユーザーが4割ほどの構成比です。デジタル・リアルティグループが世界各地で企業買収や合弁事業を展開していくなかで、このような構成比になりました。
国内においても、一般企業ユーザー向けの1ラック単位での小口利用から、日本市場に進出してきた世界規模のハイパースケーラーの大規模利用に至るまで幅広く対応できるのが当社の特徴であり、強みの一つです。
販売チャネルはさまざまで、ユーザー企業から直接お声がけをいただく場合もあれば、SIerや通信キャリアが顧客向けのサービス基盤として当社DCを活用していただく場合もあります。先述の通り、当社は生成AIや科学技術計算を行うような高規格なサーバーを運用できますので、AIサービスを手掛けるベンダーや科学技術計算を得意とするベンダーなどと組んでビジネスを展開するケースも少なくありません。
ハイパースケーラーの大口顧客はもちろん重要ですが、1ラック単位で利用してもらうユーザーの獲得もとても重視しています。小口ユーザーの重視は、デジタル・リアルティグループの方針とも一致しており、とくに国内ではSIerをはじめとする販売チャネルとの連携をより密接にしていきます。
――24年3月に、米テキサス州の大型DC事業で三菱商事とデジタル・リアルティが合弁事業をすることを発表しています。
デジタル・リアルティグループはさまざまな企業と合弁事業を手掛けています。国内については、不動産や電力、通信インフラの調達で三菱商事が持っている資産や知見がDC事業に役立つことから、折半出資で国内会社を立ち上げて今に至ります。三菱商事側の担当役員とデジタル・リアルティの幹部層との関係は良好で、そうした人脈が海外での合弁事業にもつながっているのではないでしょうか。
倍の計算資源の供給も視野に
――畠山社長ご自身のキャリアについてお話しいただけますか。
私は三菱商事で長らく航空機のリース事業を担当しており、米国子会社の社長を務めていた期間も合わせると20年近く航空機リース事業に従事してきました。分かりやすく言えば、米Boeing(ボーイング)の旅客機を調達して日本の航空会社にリースする仕事です。DC事業も利用料金をいただく点でリース事業と似た一面がありますが、一方で電力の確保や冷却、通信、セキュリティー、運用の業務割合がものすごく多いところは大きく違います。
――ハイパースケーラーを中心に国内投資を増やしていますが、昨今の円安や欧米のインフレで海外IT投資を国内へ誘致しやすい状況にあるのでしょうか。
国内が安いからという理由で投資しているわけではなく、むしろアジア太平洋の計算資源をどこに置くかの文脈で捉えるべきではないでしょうか。マクロ的な視点で見ても、地政学的に安定していて、インフラが整っていて、欧米との接続性のよさなどを考えると、日本しか選択肢がない場面も少なくありません。
生成AIの登場によって、企業の情報システムの在り方が大きく変わっていくのは確実で、AIの学習元となるデータや計算資源の需要はますます高まっていきます。そうした中、アジア太平洋で最も適したデータや計算資源の集約場所がどこかを考えたとき、日本が最有力候補に挙がっている状況が今の姿だと見ています。
――国内8棟合計のDCのサーバー用電源は168MVA(メガボルトアンペア)ですが、25年に千葉県の新棟が開業した後はどれくらいに増える見通しですか。
現在発表している範囲では25年に国内で計9棟、200MVAのサーバー電源の供給体制へと拡大する予定ですが、国内市場でリーダー的な立ち位置を維持していくことを考えると、近い将来、今の2倍の電源供給、冷却能力、DCの建屋にしていくことも視野に入れなければなりません。それくらい国内の計算資源の需要が大きくなり、アジア太平洋においてAI計算資源やデータ保管の中枢を担う潜在力があるということです。個人的には、2倍増では全然足りないと思っています。
ラック当たりの電力容量が今よりも増えるのか、あるいはほかの新しい要件が出てくるのかを予測するのは困難が伴いますが、市場の大きな伸びが見込める中、未来志向で取り組んでいく考えです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
生成AIの登場で「DCビジネスの潮目が変わった」と畠山社長は手応えを感じている。23年4月に着任した頃は、一時的に市場が落ち着いた時期もあったが、半年も立たないうちに生成AIが急速な進歩を遂げ、その運用で欠かせないGPUサーバーの需要が急増した。
高性能な計算資源は、自動車の自動運転で必要となる画像処理などで必要とされる可能性が高く、データ分析といった科学技術計算の利用増も期待できる。高性能化に伴い、大容量の電源や革新的な冷却技術などDCに求められる要素も変化しており、「これまでのキャリアの中で類を見ない幸運が訪れている」と、絶好のビジネスチャンスが到来していると見ている。
三菱商事グループの不動産や脱炭素、再生可能エネルギーのノウハウと、デジタル・リアルティグループの世界に展開したDCネットワーク、最新の技術動向を見極める力を融合させてビジネスを伸ばしていく。
プロフィール
畠山孝成
(はたけやま こうせい)
1977年、宮城県生まれ。99年、三菱商事入社。同社子会社で航空機リース事業を手掛ける米MC Aviation Partners Americas(MCアビエーション・パートナーズ・アメリカ)社長などを経て、三菱商事経営企画部での全社的な事業資産管理に従事、都市開発本部では戦略企画室長兼不動産事業統括部長を務めた。2023年4月から現職。
会社紹介
【MCデジタル・リアルティ】三菱商事と米Digital Realty Trust(デジタル・リアルティ・トラスト)の折半出資会社として2017年9月に設立。首都圏と関西圏に合わせて8棟のデータセンターを運営しており、総サーバー電源容量は168MVA。従業員数は約60人。