ヌーラボが次のフェーズを見据えている。主力のプロジェクト管理ツール「Backlog」はサービス開始から20周年を迎え、堅調に成長を続けている。さらなる飛躍に向けて、橋本正徳CEOは、単なるツールの提供だけでなく、チームが機能するための仕組みをデザインする「チームワークマネジメント」の手法そのものを提供する必要があるとする。そのために、AIの導入やM&Aなど、あらゆる手段を講じる方針を示す。
(取材・文/南雲亮平 写真/大星直輝)
日本の生産性を高める
──創業から20年以上が過ぎました。これまでの歩みを教えてください。
創業当時、受託開発をしている中で、もっとお客様とワンチームになってプロジェクトを完了させたい、という思いからBacklogを開発しました。発注・受注の関係では、どうしてもその間に壁を感じてしまいます。例えば、お客様の要望する機能が、それを実際に使うユーザーにとってどのように役立つのか、そういったお客様の本当の思いが見えなければ、いいものはつくれません。一方通行の関係を変えるため、同じチームに参加する体制を整えました。この考えは、当社が提唱している「チームワークマネジメント」にも通じています。
20年続いてきたのは、本当に運が良かったとしか言いようがありません。(システム開発会社だった)自分たちが使いやすいものをつくった結果、うまくニーズに当てはまったのだと思います。Backlogの提供を始めた当初、お客様から開発を請け負うたびに「うちのツール入れていいですか」と共有していたら、どんどんユーザーが広がっていきました。
──チームワークマネジメントとは、どのような概念なのでしょうか。
チームが機能するための仕組みをデザインする、という考え方です。チームを形成しても、すぐに形骸化するような何かを決めて、それだけで終わってしまうケースがあると思います。そうではなく、真剣にチームをワークさせるためにマネジメントすることが大事だと考えています。
最初は、当社が提供するツールを「どうやって使えば効果的なのか」を発信するために生まれたワードでした。しかし今では、日本全体の生産性を向上させていく、という大きな思いを込めています。そのなかで、Backlogがチームワークマネジメントで使えるツールになっていくよう頑張っていきたいと思っています。
──チームワークマネジメントの考え方が表現されている機能はありますか。
象徴的なのは、コメント欄にある「スター」機能です。何度でも押すことができるボタンで、ユーザーによっては39回押して「サンキュー」を表したり、既読確認として使ったり、組織によってさまざまな使い方があるので好きですね。
あとは、担当者を割り当てるボタン。マネージャーが、チームメンバーにコミットメントを求めるという文脈を想定して設計しましたが、チームワークマネジメントを発信し始めてからは、「私がやります」と言っているように、リーダーシップを発揮することができる機能として使ってもらいたいと考えるようになりました。
こうした機能はあらゆるプロジェクト管理ツールに搭載されていると思いますが、同じ機能でも見せ方、例えばボタンに書く文言を工夫するだけでも、最終的にその組織が発揮できる力が変わります。
実績、信頼、コミュニティーが強み
──Backlogのビジネス環境はどのように変化してきましたか。
AIの台頭は大きな衝撃でした。私たちのようなSaaSの存在を脅かすとも言われていて、危機感は持っています。とはいえ、AIとうまく付き合っていけば、私たちのSaaSも、もっと良いものになるでしょう。むしろ、AI機能がないと、今の環境では使われないツールになっていってしまう懸念があります。Backlogにも、いかに早くAIを導入できるかが重要になると考えています。
ただ、AIによって、SaaSの金額が高騰している感覚があります。多くのSaaSはユーザー単価で、そこにAIを利用するためのクレジットが乗る結果、料金が上振れしているのです。これはしんどい。社内でもしばしば、利用しているSaaSの取捨選択について話をしています。一方、当社の製品はユーザー数ではなく、プランごとに価格が決まっており、それが追い風になっています。これは「わいわいプロジェクトを進めてほしい」という思いがあるからです。「1人追加するのにいくらかかる」みたいなことを考えさせず、全員に同じ情報を共有していただきたい。「予算の関係でこのグループはBacklogを見られません」なんて、すごく嫌じゃないですか。
──国内外を問わず同様の機能を有する競合製品が提供されている中でも、特にBacklogは長年利用されています。
価格面のほかに、どのような強みがあると考えていますか。
20年という長い期間、大きな問題がなくお客様に利用していただいているという事実は大変誇らしく、自信を持っています。お客様からのフィードバックでは、エンジニアやウェブデザイナーのように専門スキルを持った人以外でも使いやすいというお声もいただいており、その実績と信頼を武器にしています。
もう一つの強みは、ユーザーコミュニティーが非常に活発な点です。プログラミング言語を選ぶ際に「コミュニティーがどれだけ発達しているか」を見るのと同じで、ツールでも使っている人たちの情報発信量が判断基準になると思います。そういった点では、Backlogはユーザーによるツールの使い方や活用事例の発信量が多いほうでしょう。
──開発者向けのツールとして生まれたBacklogの使われ方が変わってきているのでしょうか。
プロジェクトマネジメントツールとして訴求していますが、最近ではタスクマネジメントツールとも言われています。転換点になったのは、ドラッグ&ドロップでタスクの状態を更新できる「カンバンボード」を追加したタイミングでした。終わりと始まりがあるプロジェクトで使われていたものが、問い合わせ対応などの日常業務で使うユーザーが徐々に増えてきました。
「Googleフォーム」でつくった社内の問い合わせフォームに入力された内容を、Backlogに自動登録する仕組みをつくり、管理部門への相談を定型化した企業もありました。AIが入ってきたら、もっと使い方が広がって、私たちが想像していないような用途が生まれるでしょう。それが楽しみですね。
多角的戦略でさらなる成長を
──ユーザー数の増加が続くBacklogですが、ヌーラボ全体のビジネスにおいては、売り上げ面で単一製品への依存度が高くなっており、今後の課題になっていると聞いています。どのような対策を進めていますか。
ツールを開発して売る会社から早く卒業し、チームワークマネジメントを提供する会社になっていく必要があります。そのためには、プロジェクト管理ツールだけではだめで、さまざまな要素が必要になります。
ツールの拡充では、すでに提供しているオンラインホワイトボードツール「Cacoo」や、ビデオミーティングツールなどが考えられます。業界固有のニーズにも応えなければなりません。例えば、建設業であれば、プロジェクトマネジメントだけでなく、図面の共有や現場管理などもチームワークマネジメントに欠かせないでしょう。場合によっては、コンサルティングが必要になるかもしれません。そういった面には、AIでしっかり取り組もうと思います。
──AIではどのような戦略を描いていますか。
今、不足していると言われているのが、プロジェクトマネジメントができる人材です。そこに対して、まだベータ版ではありますが、「Backlog AIアシスタント」をリリースしました。AIに質問すると、現在忙しい人や、遅延している部分を教えてくれるなど、プロジェクト管理をサポートします。
ユーザーからは「仕事の質が変わってくる」との声をいただいており、2026年初頭の正式リリースが、私たちも楽しみです。
──11月にABEJAと共同開発した支援ツール「AIバックログスイーパー」をリリースされました。今後も、こうした活動は続けていくのでしょうか。
コラボレーションは続けますし、今後はM&Aも進めていきます。チームワークマネジメントを提供するにあたって、私たちに足りないパーツがあるはずなので、そこを補うためです。R&Dに加えて、新しいアイデアを社内外から募る活動もしています。
──販売戦略として、パートナーチャネルの構築などは考えていますか。
パートナー様のビジネスとBacklogを組み合わせて販売するなど、個別にはあるかもしれませんが、(再販チャネルとしての)いわゆるパートナー戦略は今のところ描いていません。ただ、マーケットの違うところにOEMは考えられる範囲だと思います。外部システムとの連携というところでは、APIを使っているケースが見られます。工数計算をする際に、もともと使っていた原価計算ソフトとBacklogを連携する、といった事例もあります。
──今後の目標は。
引き続き、「創造を易しく 楽しくする」というミッションの実現を目指します。目の前で嫌そうに仕事をしていたり、チームの仲が悪そうだったりすると、すごく気になります。そういったシーンをなくしたいです。これを価値として提供できれば、販売増にもつながり、中長期で目指している売上高100億円をはるかに超えていくでしょう。
眼光紙背 ~取材を終えて~
楽しく仕事をすることがうれしい。「プロジェクトが終わったら、ヌーラボからプレゼントが送られてくるとか、そういったことがやりたいんですよ」と笑みをこぼす。
タスクの完了時に、AIアシスタントから感動的な手紙が届いたり、ツール上でクラッカーを鳴らしたり、ビールとピザが届いたり。お祝いのアイデアは尽きない。「ソフトウェアは、もっと楽しくてもいいじゃないですか」と話す。
飲食業、劇団、建築業を経てエンジニアに転身したのは、唯一、飽きずに続けられたから。「コンピューターがすごく好き」だという。ミッションに掲げる「楽しくすること」は、自分自身でも追求し続けているようだ。
プロフィール
橋本正徳
(はしもと まさのり)
福岡県立早良高等学校卒業後、上京し飲食業に従事。劇団主宰や、クラブミュージックのライブ演奏などを経験後、1998年に福岡で家業の建築業に携わる。2001年にエンジニアに転身。04年、福岡でヌーラボを立ち上げ、代表取締役に就任。
会社紹介
【ヌーラボ】2004年設立。05年に「Backlog」をリリース。22年、東京証券取引所グロース市場上場。日本、米国、オランダに五つの拠点を構える。25年3月期の売上高は前期比12.3%増の41億円。従業員数はグループ全体で180人(25年3月31日現在)。