創刊30周年の挨拶
BCN 社長 奥田喜久男

株式会社BCN社長
『週刊BCN』の初代編集長でもある
奥田喜久男
 皆様のおかげをもちまして、『週刊BCN』は、創刊以来、30年という節目の年を迎えることができました。心より御礼申し上げます。

 1981年8月18日、弊社BCN(創業時はコンピュータ・ニュース社)を設立したのは“パソコン黎明期”でした。会社設立から2か月後の10月15日、「BUSINESSコンピュータニュース(現・『週刊BCN』)」の第1号が誕生しました。創刊にあたって、「定量・流通・全国」という三つのコンセプトを編集方針として打ち立てました。それから現在に至るまでの30年間、国内の47都道府県を取材領域として、「売る人」の立ち位置でIT市場を捉え、定性・定量データをもって報道する姿勢を貫いてきたのです。

 実をいえば、今でいうIT業界の専門紙の記者を務めていた私は、創業する以前は新聞事業を始めることなど構想していませんでした。創業・創刊までの1年の間に、「こちらが良質な情報を発信しなければ、IT業界の上質な情報を得ることはできない」ことに気づき、新聞を発刊することで目的を果たそうと考えたのです。その目的とは、『週刊BCN』を発行し続けることであり、創業の志でもある「IT業界の発展に寄与する」ことを意味します。この理念は将来にわたって不変であることはいうまでもありません。

 日本のコンピュータ・ジャーナリズムの黎明期は、1960年代でした。『週刊BCN』を創刊した1980年代を振り返ってみると、コンピュータは軍需産業や通商産業省との関わりが深く、多くのITメディアは、政治家や官公庁、あるいはITアーキテクチャの進化といった華々しくみえる領域の報道に向かっていました。そうした環境のなかで、『週刊BCN』は地味ではあるものの、「売る人」「売る技術」に焦点を当てることで強みを発揮してきました。

 オフコンの次にやってきたのがパソコンでした。国民の一人ひとりにパソコンが行き渡る時代がくることを早いうちに予想していました。そして、「売る立場」の方々に良質な情報を提供するためには、47都道府県をくまなく巡回し、地域ごとに異なるIT産業・市場の推移を追い求めることが不可欠と考えたのです。当時の社員は、私を含めて3人。取材から執筆、広告営業、紙面デザイン、新聞発送までを、たった3人でこなしていました。今にしてみれば、能力・体力を越えた“狂気”ともいえるほどの取り組みだったと思います。全国を駆け巡って集めた取材情報は、「コンピュータ・ディーラーの夜明け(後に「コンピュータ流通の光と影」)」というタイトルのシリーズにまとめました。創刊から23年間で、全国を8回巡回した勘定になります。この活動を続けることで、『週刊BCN』はIT業界に認知されることとなったのです。

 新聞の役割の一つは、情報のギャップを埋めることにあると考えます。IT業界で働く人たちは、地域を巡回したりはしません。だからこそ、地域間で異なる情報のギャップを埋めることのできる『週刊BCN』の価値が認められたわけです。しかし、インターネットが普及し、情報の伝達方法が大きく変化しました。今や、IT業界の方々のほうがメディアよりも早く状況を知ることができる場合もあるほどです。こうしてみると、情報ギャップを埋める『週刊BCN』の役割は、日本国内に限っていえば大きく後退したと思えます。

 今、『週刊BCN』は取材領域の土俵を拡げています。日本の市場だけでなく、中国や韓国を中心にした東アジアへと──。日本経済、なかんずくIT産業は飽和状態にあります。日本の企業が成長し続けるには、発展著しい国へ進出することが不可欠です。その国の一つが、GDP(国内総生産)で日本を抜いて世界第二位になった中国なのです。ただ、一人あたりのGDPは人口比から換算すると日本の10分の1。中国の人たちの可処分所得が日本に追いつくまでの間、日本のIT産業が中国の発展に貢献できることは多いはずです。

 例えば、中国においても、『週刊BCN』が創刊時から続けてきた全国を巡って流通を取材してきたのと同じように、1級都市(18都市)を中心に巡回し、IT市場の発展と流通の進化を、まずは日本向けに報道するといったことです。日本と中国に情報のギャップが存在する状況にあって、『週刊BCN』の果たす役割はますます大きくなっていくと自負しております。

スクープで辿る「週刊BCN30年史」

1981

10/15号 創刊号(vol.1)
大手メーカーのパソコン出揃う、性能・価格はいまだ各社各様
1998

6/15(vol.748)
マイクロソフト パートナー制度を緩和、中小SIへの敷居引き下げ
1982 6/1号(vol.11)
内田洋行 全国のパソコン保守網整備、ウチダサービスの14拠点で
1999 6/21号(vol.798)
バーテックスリンク 無料パソコン本格始動、1年で投資回収へ
1983 6/15号(vol.35)
エプソン 特約店解消へプリンタ、FDDを直卸
2000 1/10号(vol.825)
富士通パーソナルズ 他社PCの販売開始、加盟店拡大へ戦略的展開
1984

6/25号(vol.76)
大塚商会 ソフト流通に乗り出す、経営相談にも応じる
2001

7/9号(vol.899)
アップル 法人直販へ、「ASEパートナー」を強化
1985

12/16号(vol.144)
日本IBM 地域密着・産業特化で再編成、中小ユーザーも積極的に
2002

4/15号(vol.937)
日本IBM BP網を再編へ、1次店、2次店の2層構造に
1986 2/17号(vol.152)
富士通 『FM16β』286搭載機発表へ、決算期商戦に標準合わせて
2003

4/28・5/5号(vol.988)
ダイワボウ情報システム 中計で売上高1000億円上乗せへ 松本新体制、強気の増収路線
1987

7/13号(vol.217)
日本ソフトバンク 仕切り率10%引き下げ、有力ソフト会社が対象
2004

9/6号(vol.1054)
弥生 弥生会計、ネットワーク対応に サービスで顧客囲い込み
1988 11/28号(vol.285)
日立製作所 OA機器販売網にテコ入れ、64年度だけで150億円
2005 9/26号(vol.1106)東芝情報機器 「TIE会」を東芝テック子会社に移管、パートナー制度を再編
1989 7/3号(vol.313)
日本事務器 ネットワーク事業を推進、“OP拡販”の柱に
2006 1/30号(vol.1123)
PCA デルのダイレクト網で拡販、SBS搭載の「オールインワンモデル」
1990

2/26号(vol.344)
ラオックス 秋葉原に大型パソコン専門店、50億円を投資し開店
2007

9/24号(vol.1204)
CSAJ、SaaS流通の実験開始、既存アプリも利用可能な基盤で
1991 10/7号(vol.422)
OBC PC-OCR会計システム発売、従来の半値以下の350~400万円で
2008

2/25号(vol.1224)
富士通系SI販社 揺れる報奨金制度、富士通から撤退の打診受ける
1992

1/13号(vol.435)
NEC商品販売 仕切り価格見直しへ、他ルートとの格差是正
2009 2/9号(vol.1271)
J-SaaS “Xデー”は3月最終週、26製品を一挙提供でスタート
1993 3/1号(vol.490)
キヤノン販売 ゼロワンショップで販売店支援、有力製品も品揃え
2010 9/20号(vol.1350)
デル “脱・箱売り”加速へとギアチェンジ~パートナービジネスも重視
1994

10/3号(vol.568)
リコー ネットワーク事業を本格展開、3年後100億円めざす
2011

10/3号(vol.1401)
リコージャパン、クラウドの商材集めをスタート 新ブランド立ち上げ、100メニューを展開
1995

1/16号(vol.581)
ソーテック パソコン流通で連合結成、エレコムほか合計3社で
   
1996 2/12号(vol.633)
大塚商会 量販店向け卸事業を本格展開、αランドも16店舗体制に
   
1997

5/26号(vol.695)
コンパック 2次店を再編、「認定リセラー」として統合