OVER VIEW

<OVER VIEW>新しいトップを迎えたIBMの課題 Chapter4

2002/06/24 20:44

週刊BCN 2002年06月24日vol.946掲載

 IBMサム・パルミザーノ新CEOの大きな課題は、売上高の大きな伸びと技術的覇権の確立だ。というのも、メインフレーム全盛時代のIBM技術はこのところしばらく鳴りを潜めているからだ。IBM技術基盤の沈下は市場プレゼンスを弱め、売上高低下を招く。IBMは巨額研究開発費を投入し続けると同時に、米国技術特許取得上位ランキングに顔を揃える日本メーカーと積極的に技術提携を推進する。IBM技術開発の究極の狙いは故障も自動修復できるオートノミック(自律的)コンピューティングの実現だ。

世界IT市場で再び技術的覇権を

●巨額研究開発費の成果を具体化

 IBMのサム・パルミザーノ新CEOの大きな課題は、売上高の大きな伸長によるIBMの実質的成長力の実証と、世界IT業界の技術的覇権をマイクロソフト、インテルのウィンテル連合から取り戻し、再度IBM技術によって世界市場を支配することである。

 IBMは、ルイス・ガースナーCEO時代に毎年50億ドル(6500億円)をR&D(研究開発費)に投入し続けてきた。この研究開発成果を具体的に1つ1つ市場に問うのもパルミザーノCEOの大きな課題だ。

 例えばIBMにとって、eビジネス中核サーバーとして定着したUNIXサーバーシェアでトップのサンに追い付くことも急がねばならない。IBMはHP、コンパックを抜いたが、HPのコンパック買収で第2位の地位も安泰ではない(Figure19)。

 当面IBMが技術的覇権を狙うだろうと推測できる分野は以下の通りだ。

 (1)SOI生産技術やブロードバンド向けプロセッサなどの半導体分野、(2)統合的ワイヤレス/モバイルコンピューティング、(3)自社の全サーバー共通OSに採用したLinux関連技術とその普及、(4)これからのハード市場をストレージとともに牽引すると期待される新超大型サーバー開発、(5)ネットワークセキュリティやテロなどによるデータセンターの物理的破壊に対する復旧技術などセキュリティ技術、(6)ゼロダウンの夢のeビジネスサーバー開発を支援するオートノミック(自律的)コンピューティング開発(Figure20)。

●日本メーカーとの技術開発提携を強化

 IBMは巨額研究開発費投入で、長い間米国特許取得件数でトップの地位を独走する(Figure21)。

 米国エンロン倒産による米企業会計不信に対応するため、IBMは02年1-3月期決算から特許料などの収入も発表し、会計の透明性を高めた。これによると年換算の同収入は13億ドル強(1700億円)で、同社R&Dの30%に達する。

 また、自社開発技術と同時に、日本メーカーの技術力を積極的に利用する。日本メーカーは米国特許取得上位10社ランキングでNEC、キヤノン以下7社が顔を揃え、相変わらずわが国の技術立国を実証するからだ。

 IBMと日本メーカーの技術開発提携は多岐にわたる。シャープとはユビキタスでの広範な提携を行い、ソニーとは同社得意の映像サーバーの共同開発を手掛ける。任天堂ゲームキューブでIBMはプロセッサを提供し、松下電器のAV機器を統合した。

 さらにソニー、東芝とはIBMのSOI量産技術を開発し、これによるブロードバンド端末用プロセッサを共同開発する。日立製作所とはメインフレーム、UNIXサーバーを含む大型サーバーの共同開発・生産の提携を結び、ハードディスク生産の合弁会社設立を発表した。日立は1トラック当たり現行10倍の容量となる垂直磁化方式ディスク開発に成功しているので、IBMも日立技術を活用する。

 さらにIBMは、同社以外世界で唯一生き残ったわが国の3大メインフレーマであるNEC、富士通、日立の4社でエンタープライズLinux技術とOSを開発し、商品第1弾は4社連名で02年1月に発表した。富士通とは01年秋、広い範囲で提携することを発表し、今後各分野で具体的共同開発が発表される見込みだ。

 パルミザーノCEOは02年3月就任1か月後の4月、秘かに来日して日立、NEC、富士通トップと会談し、その成果第1号として4月中旬に日立とのディスク事業統合を発表した。

 IBMの技術提携相手は日本メーカーに偏っていることが大きな特徴だ。米国にはメインフレームまでを手掛ける総合技術力をもつITメーカーがいないからだ。

 IBMの日本メーカーとの提携の狙いは現行ITだけではない。次世代AV、ゲーム機、モバイル機器などユビキタスコンピューティングの主力機器では、とくに日本メーカーとの提携に熱心である。IBMは自社ブランドのテレビや携帯電話を発売する意志がないことを明言している。

 しかし、IBMはこれらユビキタス時代の主役機器の裏側の技術覇権をも狙っているように見える。IBMが当面その結果を問われるのがLinuxのエンタープライズでの普及だ。

 IBMのLinux戦略第1の狙いはその特定メーカー非依存、オープンソースの特性を生かして「OSは特定メーカーに囲われることのない、社会公共財」であるという認識を世界市場で定着させることにあるようだ。この認識が定着すれば、Linux普及へ力を注いできたIBMプレゼンスが自動的に高まり、売上伸長に結びつく(Figure22)。

 同時にOSの強敵マイクロソフト、サンにも打撃を与えられるからだ。

●究極のコンピューティング、オートノミックへ挑戦

 IBMは電子トカゲを意味する開発プロジェクト「eLiza」に25億ドルを投入する。トカゲは尻尾を何度切られても生え替わる生命力の強い生き物だ。eLizaでは自己最適化、自己構成、自己修復、自己防御機能など人体の自律神経と同じ機能をもつコンピュータ開発を目的とする。このためIBMはeLizaの狙いをオートノミック(自律的)コンピューティング開発と明言する(Figure23)。

 これにより究極のゼロダウンのサーバーを開発し、グリッドコンピューティング、eビジネスITインフラでの技術覇権を狙う。eLiza技術の一部、故障部品の自動切り離しなどは既に同社UNIX最上位サーバーやIAの16-Wayサーバーに実装されている。

 IBMパルミザーノCEOが果たさなければならない課題は売上増、技術覇権確保などきわめて広汎だ。IBMは日本メーカーとの提携強化と同時に、米国に次ぐ世界第2位のIT市場をもつ日本での売上増を狙わなければならない。

 01年決算も日本IBM国内売上高は10%近く大きく伸びたが、まだ国産3大メーカー売上高に追いつくことはできていない(Figure24)。

 日立、NECとは僅差だが、国内トップ富士通売上高の半分程度だ。しかしパルミザーノCEOは日本では米国流儀の激烈な相手打倒戦略が市場に受け入れられにくいことも十分に認識している。パルミザーノIBMの日本国内戦略も注目されるところだ。
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