経営革新!SMB 新フェーズを迎えるIT施策

<経営革新!SMB 新フェーズを迎えるIT施策>17.フルイチ

2005/11/28 20:29

週刊BCN 2005年11月28日vol.1115掲載

 金型メーカーのフルイチ(埼玉県、古市民雄社長)は、ITを活用して自らのビジネスモデルを変革した。1990年代、バブル経済が崩壊し、たび重なる大手元請けメーカーからの値下げ要求に耐えられず、同業の下請けメーカーは次々に潰れていった。

IT活用で下請け構造から脱出

 「このまま続けても体力を消耗するだけ」と判断した古市社長は大手元請けとの取り引きを打ち切り、自社のインターネットを活用して新規顧客の開拓に乗り出した。

 ホームページを開設したのは96年。同業の金型業界では最も早い時期にあたるが、当時は“会社紹介”の電子版にとどまっていた。ネットを活用して新規ビジネスを積極的に拡大するという意識はなかった。系列に属した下請けメーカーに甘んじ、自ら進んで情報を発信する方向性を打ち出せなかったからだ。こうしている間にも、製造拠点の多くが中国など海外へ流失し、大手元請けの系列重視が幻想であることを証明するかのように、同業他社は次々と姿を消した。

 先行きが見えないなかで、フルイチは系列のしがらみを断ち切る決断を下す。00年5月、大手元請けからの仕事を打ち切り、独自に顧客を開拓する動きに出た。営業ツールとして、まず目をつけたのがホームページだった。

 これまでは、新素材の加工技術を発案しても、元請けへの気遣いから外部に公表できなかった。元請けメーカーも競合と激しいシェア争いを繰り広げており、部品を加工する技術ひとつでも競合に知られたくないという意向が、見えない圧力となってのしかかっていたからだ。

 ところが、フルイチはすでに大手系列の枠組みから自分たちの意志で飛び出している。大手メーカーからの圧力はすでにない。これまで公表しにくかった自社の優れた技術をホームページ上で公開したところ、予想を上回る反響が寄せられた。下請けから抜け出した翌月の売り上げはほとんどゼロに落ち込んだが、翌々月は下請け時代の7-8割、それ以降は前年同期比並みへと急速に回復した。初めて取り引きする顧客からの受注が大半を占めた。

 下請けを脱してからの業績は年商2億円あまりと安定して推移したが、昨年度(05年4月期)は約1億7000万円に落ち込んだ。これはより付加価値の高い仕事へシフトする過程で起きた現象だった。人件費の安い海外メーカーにはまねのできない、フルイチでしかできない仕事を追求するために、単価が極端に安く、技術的にレベルの低い仕事は意識的に断った。「安い仕事をどんどん受ければ売り上げは伸びるかも知れないが、それでは技術の蓄積もままならず、消耗していくだけだ」と判断した。

 この間、コツコツと希少金属を使った金型製作や、加工が難しい素材を使った新技術の開発に力を入れた。例えばマグネシウム。材料費が高いのに加えて、加工が難しく、歩留まりが悪い。しかし、軽くて丈夫な素材であるため、ハイビジョンカメラなど最先端の精密機器に使われることが多く、付加価値の高い仕事である。こうした仕事を優先して受けることで、社内の技術を蓄積し、必要となる設備投資も積極的に行った。

 売り上げが落ち込んでも付加価値の高い仕事しか受けない方針を貫き、他社が消耗していくなかで、自社の技術力の温存と向上に努めたことが評価され、今年度(06年4月期)は、複数の自動車関連メーカーから難易度の高い仕事の受注に成功した。売上高は一気に3倍の6億円ほどに跳ね上がる見通しだ。自動車業界はハイブリッド車などのエコカーの開発にしのぎを削っており、競争に勝ち残るために加工が難しい新素材も積極的に採り入れている。技術を磨いてきたフルイチの姿勢が認められ、今回の受注につながった。下請けではなく「大手メーカーと対等な立場」での取り引きだ。

 受注が拡大しても、特定の受注を継続するための人や設備の増強はしない。経営戦略がない企業は下請けと変わらないからだ。今期の大型受注でも、作業効率を高めたり、同業他社と連携したりすることで、大規模な人や設備の追加投資は行わない予定。人員計画や設備投資は経営戦略に基づくべきであり、「特定企業や個別案件のためだけに投資するべきでない」と考えるからだ。

 本来、大手元請け自ら行わなければならない投資を下請けに肩代わりさせ、下請けは自社の経営戦略とは無縁なところで肥大化させられたみじめな歴史がある。市場環境の変化で受注が止まると、途端に経費の重みに耐えきれず沈んでいく。こういう下請けの姿を何度も見てきた。

 採算が合わない安い仕事は受けず、仕事がなくてもじっと耐える。大手の肩代わりや設備を増やして太る下請け体質では、仕事がなくなったときに立ち行かなくなる。経済は生き物のようであり、「寒くなったら身を縮めて小さくなれる柔軟さ」が勝ち残るポイントだと指摘する。

 需給バランスの波を受けて売り上げが増減しても、柔軟に適応できる自主独立の経営を行ってこそITの戦略的な活用もまた生きてくる。(安藤章司)
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