脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第8回 市町村合併が生んだ新方程式

2006/10/30 16:04

週刊BCN 2006年10月30日vol.1160掲載

OSの束縛から脱する

Web+サーバー統合+シンクラで

 ここにきて、表立ってではないが、地方公共団体の情報システムに対する考え方に大きな変化が現れている。それはダウンサイジングでも、オープンシステムでもない。〝もう一つの脱レガシー〟の手法として注目されているのが、【Webコンピューティング+サーバー統合+シンクライアント】の考え方だ。引き金になったのは、皮肉にも「電子自治体システムにブレーキをかけた」と一部で指摘される市町村合併だった。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■PCの見直しが始まる

 Webコンピューティングへの移行を前提にサーバー統合を進めている市町村が増えている。霧島市(鹿児島県)、横須賀市(神奈川県)、町田市(東京都)、浦添市(沖縄県)、南砺市(富山県)、安曇野市(長野県)、鳩ヶ谷市(埼玉県)、市川市(千葉県)、芳賀町(栃木県)、長井市(山形県)、大洲市(兵庫県)などだ。自己導入かアウトソーシングかの違いはあるが、サーバーを統合し、職員のPCにアプリケーションを置かずWebで処理する方向にある。

 この背景には、2001年を境に普及したPCベースの庁内LAN──「職員1人に1台のパソコン」──の見直しがある。別の観点から見れば、市町村における「脱レガシー」が本格化するのは来年度から、ということができる。

 市町村におけるパソコンの利用は90年代の後半に本格化し、01年を境に「職員1人1台」の時代に突入した。Windows 95、Windows XPのリリースとほぼ時期を同じくする。一方、全庁的な大量データ処理はメインフレームやオフコンで行われてきた。自治体の情報システムにはレガシーとコモディティが混在していて、これが「脱レガシー」という課題の背景にある。

 もうひとつ、「職員1人1台のPC」を推進するに当たって浮き彫りになった課題は、全庁的な情報化計画を立案・推進する担当部門が設置されていない、ということだった。情報システム部門があってもセンターシステムの運用管理に限定されており、担当原課ごとにシステムが採用されていた。実際、情報システムの運営方法や質的な相違が合併を見送る要因になったケースがある。一方は全庁的な管理体制をもとに情報化計画を立てていたのに対し、もう一方は原課が主導権を握って個別のシステムを採用していた。「これを統合するのは至難で、多額の予算が必要になる」という判断が、合併見送りに結びついた。

 市町村の現場を取材すると、「データがやり取りできない」「異動すると、それまでと全く違う操作方法を覚えなければならない」「帳票の値段や保守費が課ごとに違う」という声を聞くことが珍しくない。予算執行が原課に任される縦割りの組織運営──この問題があぶりだされたのは、平成の大合併がきっかけだった。

 つまり電子自治体システムの構築における「脱レガシー」が意味しているのは、ITアーキテクチャの問題だけではない。情報化計画を策定しても、全部局に指示する権限をどの部門が持つのか。原課ごとに実施していたシステム調達をどう一元化するか。庁内の抵抗を乗り越えることが、より大きく、より困難な課題だといっていい。こうしたなかで多くの市町村が来年以後、「パソコンのリースアップ」を迎える。さあ、どうするか。

■地域OSSグループと共同開発

 先行事例として知られたのは長崎県の呼子町。同町は全国の市町村に先駆けて職員のデスクトップにオープンソースソフトウェア(OSS)の統合OAツールを導入し、サーバー統合を図っていた。ところが外部から持ち込まれるデータが崩れるという問題があった。入札に欠かせない図面や表が崩れてしまうのだ。

 このため、職員はPCに2つのOAツールをインストールし、使い分けなければならなかった。結局、同町では使用頻度の高さからWordやExcelをOSSに置き換えることができなかった。唐津市に併合されたのを機に同町の脱レガシー計画は終結した。

 これを受け継いだかたちとなるのが沖縄県の浦添市だ。同市は長く契約していた地元情報サービス会社への業務委託を打ち切ってクライアント/サーバー(C/S)型の自己導入システムに切り替えた。次いでe-Japanがスタートした01年、「向こう5年内に情報システム部門の職員を半分に減らす」と言明した。

 「当時、庁内には計15台のサーバーが設置されていました。それを5台に集約すれば、運用管理要員を減らすことができる。それに合せて、脱レガシーを図った」と説明するのは情報政策課の上原豊彦課長だ。

 外部委託のときも窓口システムが担当部局ごとに導入され、保守管理費は固定費だった。自己導入に切り替えることでまず外部委託費を部局化し、サーバーを統合することで内部の固定費を職員の人件費に転換した。運用管理の負荷を軽減することで、人件費を低減する、という戦略だった。01年に15人だった情報システム担当職員は、現在は8人と、“公約”を達成した。

 「5年後にはさらに半減させ、4人体制にします」とのことだ。

 浦添市が注目されるのは、サーバー統合に加えて、04年にOSSを本格採用したことだ。地元のOSSコミュニティと共同研究を行い、システム構築に際して協力を求めた。この動きに注目した情報処理推進機構(IPA)が、自治体OSSプロジェクトの実証実験に指定している。

 「アプリケーションをサーバーに格納し、職員のデスクトップからブラウザでアクセスする。業務処理はWebベースで行われるので、デスクトップのOSは問わない」

 そこで地元のOA機器ディーラーと組んでLinuxベースのシンクライアントを開発し、WebでOSSの統合OAツール「Open Office」を利用できるようにした。またWindowsベースのデータをOpen Officeに移行するツールを独自に開発した。

 「WordやExcelを使い続けたい職員にOpen Officeを強制することはしません。WordやExcelで作ったデータもサーバーに登録すればOpen Officeで利用できる。結果として脱レガシーが実現する」

■旧システムを捨てない発想

 この発想にヒントを得たのが鳩ヶ谷市や市川市だ。鳩ヶ谷市は福岡県が策定しOSS化した電子自治体共通基盤システムを採用し、早ければ来年度にも一部のサーバー統合を進め、Webコンピューティングに移行する。

 プロジェクトを推進する望月昌樹課長補佐は言う。

 「Windows 3.1のパソコン向けに作ったC/Sシステムが、今でもちゃんと動いている。10年以上前のアプリケーションですが、業務に支障がないのだから、サーバーベースのWebアプリケーションに移行すれば廃棄せずに済む」

 「いきなりシンクラに切り替える必要はない。デスクトップは現行のまま使い続け、サーバーを統合することでトータルなハードウェアコストと運用管理コストを下げる」

 ここでも外注費を内部の固定費に転換し、さらに内部費を職員の人件費に置き換える考え方が見て取れる。「ダウンサイジング=オープン化=OSS利活用」という脱レガシーの方程式ではない。

 旧式システムだからダメ、オープンシステムなら問題が解決するというのは、キャンペーンとして掲げる政策理念だ。だが現実には、ステレオタイプであり過ぎる。
  • 1