ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映す NEWSを追う>始まった「地域通貨の流通」

2007/04/16 16:04

週刊BCN 2007年04月16日vol.1183掲載

住基カード普及の打開策

紙幣型からIT活用型に

 1990年代の後半から、特定非営利活動(NPO)法人の設立とともに、全国各地で発行され始めた地域通貨。子ども銀行券のような紙幣型、専用メダルを使う擬似コイン型、地域商店街の振興やボランティアへの謝礼と形態も目的もさまざまだ。総務省も住民基本カードの伸び悩み打開策として、自治体主体の地域通貨を支援している。その地域通貨が、ITを活用した電子マネー型に移行したのをきっかけに、九州地方で地域を越えた流通が始まろうとしている。第3の電子マネーになるかどうか、地域通貨の周辺を追った。(中尾英二(評論家)●取材/文)

■市町村の財政を救う

 早くから地域通貨に着目していたのは、総務省の外郭団体、地方自治情報センターの林克己監事だった。バブル経済が崩壊した1993年ごろ、同氏は「近い将来、確実にやってくる市町村の財政逼迫や少子高齢化を緩和するのに、地域通貨が有効ではないか」と提唱していた。

 「強いていえば、江戸時代の藩札みたいなもの。藩札は藩が発行した債券だから債務が生じるけれど、地域通貨には債務や利息はない。ボランティア活動や文化活動の謝礼として発行しても、直接的な支出は生じない。結果として市町村は歳出を抑制できる」

 先見の明、といっていい。

 ただ、当時はあまり議論されなかったことがある。それは通貨を「経済的な交換価値(対価)を証明する情報を付加した紙や金属」と定義すれば、法定通貨も地域通貨も同列ということ。ICカード内蔵の住基カードをきっかけに、地域通貨が電子化され、地域の枠を越えて流通するとは、15年前には想像さえできなかった。

■別府市と阿蘇市が協定

 昨年7月7日、大分県別府市。

 JR別府駅から海に向かう緩やかな下り坂の途中にある竹瓦温泉で、「泉都まちづくりネットワーク交流会」が開かれた。参加したのは総勢約120人。同市内の住民や立命館アジア太平洋大学の学生たちに混じって、熊本県阿蘇市の市民団体代表が挨拶に立った。

 というのは交流会に先立つ7月5日、阿蘇市の佐藤義興市長と別府市の浜田博市長が「ツーリズム交流協定」に署名、両市の市民交流を促進するほか、地域通貨の相互流通を宣言したのだ。両市の市民が参加する交流会を七夕に設定、両市長が握手を交わしたのはそこから逆算した結果だった。

 阿蘇市が発行する「Grass(グラス)」と別府市で流通している紙幣型の「湯路」、電子マネー型の「泉都」を〝両替〟できるようにし、双方の温泉や商店で使えるようにする。いずれも地域のボランティア活動やイベントに参加すると、1時間当たり100単位(100円相当)が取得できる。商品やサービスの割引に使えるほか、趣味のサークルが作った手芸品と交換できる。

 別府市の泉都は大分市のレストランや喫茶店、サッカー(大分トリニータ)やバスケットボール(大分ヒートデビルズ)の観戦にも使えるので、阿蘇市の人からすると流通地域が格段に広がった。

 地域通貨で先行していたのは別府市だ。03年4月、地元有志による「別府八湯竹瓦倶楽部」が、温泉に入った人にポイントを与え、市内の店の飲食代を割り引くサービスをスタートさせた。

 ただのクーポン券では面白くない、どうせなら「紙幣」の形にしよう。「紙幣」にするなら、単位は湯の町らしく「湯路(ゆうろ)」がいい。熱い湯元のシャレで発行元は「い~湯(いい湯=EU)」の「あちち中央銀行」。市内の店に6か月2000円の会費を負担してもらい、1湯路=1円相当で使えるようにした。折から、IC型住基カードの交付が始まっていた。

 「温泉でまちづくり」を企画していた別府市役所のONSENツーリズム局は、湯路を参考にICカード型地域通貨「泉都」を考案した。「湯路のメンバーも参加して、一緒に構想を練った」と同局の川又順二室長は説明する。

 湯路は温泉に入るともらえるが、泉都は地域ボランティア活動に参加した人に発行し、温泉の利用料の一部として使えるようにする。

 ところが同市内には住民票を置いていない人が大勢いた。アジア太平洋大学に通う外国人留学生だ。ほかにも別府大学、溝部学園などの学生、15歳未満の市民がいる。市の出身者で福岡市や大阪市など遠方で暮らしている人もいる。若い力を地域づくりに参加してもらうには、住基カードだけでは限界があった。「それなら泉都専用のICカードを発行したらいいじゃないか」という話がまとまった。

 カードには最大2000泉都まで貯めることができ、他の人からサービスを受けたとき、泉都で謝礼をすることもできる。ICカードなので、他の人のカードにデータを移すことが簡単だ。ただし一定期間内に使わないと“湯ざめ”(減価)する。

■交換できるグッズを集めた

 地域通貨の運営には、通常、金融機関と同じようにシステム側に口座を開設し、所有者を認証して管理する、とされている。所有者を認証するには個人情報が欠かせず、これが普及のネックになっているケースが少なくない。それにサーバーに負荷もかかる。

 「ところが、よく考えたら地域通貨は電子マネーじゃない。ICに泉都のポイント・データを記録するだけでいいわけです。万一、カードを落としたところでクレジットカードでもないし、個人情報は入っていない。他人に使われたとしても、現金を失うわけでもない。だったら複雑な口座処理の機能は要らない、と考えました」

 口座管理機能を採用しない発想に立つと、システムは簡単だった。本庁や出張所、公民館、市営温泉などに設置するカード読取装置をネットワークで結ぶだけでいい。場合によってはスタンドアロン型でもいい。

 「それより重要なのは、使える場所を増やすこと」というので、川又氏は市職員らしからぬ行動に打って出た。泉都で入れる温泉を増やし、お店で購入(交換)できるグッズを揃え、泉都を扱ってくれるよう店主を説得する〝営業〟活動を始めたのだ。浜辺の清掃ボランティア団体から誕生した「アトリエ来来」が、ガラスの箸置きやバッジを提供してくれたり、国体事務局がクリアファイルを出してくれた。市の旅館組合が作ったガイドブック『温泉本』、内成という棚田の村が黒米の提供を申し出た。温たまクンの幟旗がある店に行けば、泉都グッズが手に入る。

 07年3月末現在、スタンプカード参加者は約4000人、住基カードの発行枚数は1年間でほぼ倍増した。

 今後の展開について、川又氏は次のように展望する。

 「市がいつまでも主体であっていいとは考えていません。財政上、市が専任職員を置くことができないので、運営を少しずつNPO法人に移管していき、われわれは市民活動を支援する本来の役割に戻るべきでしょう」

 実は、大分県にはほかにも地域通貨がある。豊後高田市の「會古(えこ)」、湯布院の「yufu」、昨年スタートした日出町の「カレイ」。このうちカレイは仕組みが似ていて、地理的に近い。さらに沖縄県浦添市の「察渡(さっと)」も制度がよく似ている。川又氏は日出町、浦添市と情報交換を進めていることを否定していない。カレイ、察渡が参加し、九州・沖縄地域通貨連合が発足する可能性もないではない。
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