IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱

<IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱>第7回 技術者派遣の裏にあるもの

2007/05/21 16:04

週刊BCN 2007年05月21日vol.1187掲載

 これまでの6回では、1960年代から70年代にかけて情報サービス業の形成に尽力した人物の「志」や「夢」に焦点を当ててきた。それに比べ、現在の受託開発型情報サービス業は“派遣ありき”で成り立ち、80年代に喧伝された「知識集約・技術集約型の高付加価値産業」とはほど遠いようにみえる。情報サービス産業協会やIT関連のメディアはこぞって“ダメ論”を展開し、技術者派遣を「業界の質的劣化の元凶」のように糾弾する。しかし、「需要があるから供給がある」という現実は揺るがない。技術者派遣の需要にはどのような要因があるのだろうか。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

“自産自消”の原点に戻れ

■IT部門の子会社化が原因

 「第一の原因は、ユーザーにある」

 東京・中央区の社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)本部。専務理事・細川泰秀氏はこう切り出した。

 「ユーザー企業は、本来なら情報システムのオーナー。そのユーザーが自分たちのものである情報システムの設計を外部に放り出している。これではいいシステムもできないし、いい人材も育たない」

 メインフレーム全盛の80年代。日本IBM、富士通、日立製作所、NECといったメイフレーマーは、「いまのうちに大口ユーザーを確保しておこう」と、情報システム部門の分離を働きかけ、共同出資の専門会社を設立した。ユーザー企業の経営者にも、将来性が期待できるIT分野に投資することで、事業の多角化を図るねらいがあった。

 ところが20年余りの間に、IT子会社は本体の役員や定年退職者を受け入れる再就職先に位置づけられ、戦略的な地位を失っていく。分離直後の姿と異なり、IT子会社は親会社の下請けとなって、経営陣は任期を無難に乗り切ればいいと考えるようになる。

 むろん、金融、証券、流通など、情報システムが大きなウエートを占めている企業のなかには、IT企画部門を本社に残すところもあった。その場合でもシステム開発の現場が子会社化された結果、コストや開発スケジュールの管理が主な仕事になってしまった。営業や生産の現場が望む情報システムについて、要求を定義し設計する当事者能力をユーザー自身が失ったのだ。

■受託契約の本質を理解せよ

 「そこを補完するのがITの専門会社であるSIerではないか」という言い方がある。90年代に、しばしば話題になったSIer論だ。業種・業務のノウハウを蓄積、ユーザーに代わってシステムを構築する。そのためにIT技術者はシステムコンサルティングやヒアリングの能力を高めなければならない、とされた。

 「何をバカなことを言っているのか、と思いましたね」というのは、富士通で契約モデルの体系化に取り組んだ武藤敏夫氏だ。現在は情報システムコンサルタントとしてユーザー企業の相談に応じるかたわら、ソフト分野における国際協調の拡大に取り組んでいる。

 「業種・業務ノウハウは、情報サービス会社が逆立ちしたってユーザーにかなうはずがない。それと受託である以上、要求仕様書が固まらない限り契約が成り立たない。その要求仕様書はユーザー自身が作るほかないんです。ITの提供者側がユーザーに成り代わって、というのは、受託契約の本質を理解していない思い上がりでしかない」

 なるほど、ユーザーの発注を受けない限り受託できないのが理屈だが、実態は違っている。ユーザーが何をしたいのか、どのようなシステムを求めているのかを見定めないまま、システム開発が見切り発車で動き出す。あとになって要求仕様と違うと手戻りが起こり、そこで発生した経費を受託側が負担することになる。これが不採算プロジェクトの発生原因だ。

 「ITに関して不思議なのは、システム開発の手戻りや不採算プロジェクトの責任が、ITベンダー側にだけ求められること。その片務性に対して、情報サービス会社が沈黙しているのはなぜなのか」

 片務性のリスクを回避しようとすれば、受託契約を結ぶのは得策ではない。ましてハード、ソフト、ネットワークまで一括して請け負うSI契約は、収益を低下させることはあっても高めることはない。ITサービス業界で“有力”“大手”と形容される企業が相次いで「SIからの撤退」を表明し、主要業務に「技術者派遣」を盛り込んだのは、以上のような事情によっている。

■「常駐」の恒常化こそ問題

 問題は技術者の派遣ではなく、要求仕様書と契約にある。また派遣という行為そのものではなく、派遣を業として営むことが問題なのだ。見積もり手法が確定していないため、技術者の対価は人月単価で算出せざるを得ないが、それは技術対価であって労務対価ではないはずだった。それが派遣、人月単価が前提となってしまったことが問題なのだ。

 現状では、常用雇用の技術者をユーザー企業に常駐させざるを得ないとして「常駐」という言葉を創出したのは、前回登場したCSKの大川功氏だった。また労働者派遣事業法が制定された84年、ソフト業界では、「現状分析や要求定義のためSEが短期間、ユーザー先に常駐しなければならないことがある。これを技術者派遣業と同類にされてはかなわない」という言い分があった。すると今度は、「常駐」が派遣の言い換えとして使用され、派遣という実態の隠れ蓑になっていく。

 再びJUASの細川氏に登場してもらおう。

 「ユーザーも情報サービス会社も、数値的な評価尺度を持たないまま、何となく契約を結んでいる。あいまいなまま開発業務がスタートし、発注者も受注者も責任を取らない体制ができてしまった」

 ユーザー系のIT子会社は「無難にそこそこの利益を確保する」ことに関心を奪われ、プライムで受託するコンピュータ・メーカーや大手SIerは利益の確保とリスク回避に汲々とする。常用雇用者を増やした結果、92年秋以後のバブル経済崩壊でイヤというほど痛い目をみた。足りない技術者を外部から調達する外注政策が重視され、なかには全売り上げの8割が外注費というソフト会社も出てきた。

 景気の長期回復を受けて、07年3月期決算の株式上場企業は、相次いで増収増益を発表している。だがその好業績は表向きにすぎない。

 ここ数年、大手SIerは受け入れる派遣技術者の単価を切り下げ、下請けへの発注価額を抑制して利益を搾り出してきた。昨年から今年にかけて「外注費」は3-5%の上昇に転じたが、単価切り下げの矛盾が噴出するのはこれからだ。無責任体制のツケは最終的にユーザー企業に回っていく。
  • 1