ここ数年、大手のITベンダーの間では、ユーザーの業種ごとに戦略を立てたり、組織を再編成したりするケースが目立つ。ユーザーの業務に適したITソリューションを提案するためには、ユーザーによって異なる仕事の流れや知識が必要だからだ。どの業種にもあてはまる汎用的なソリューションは受け入れられない。ユーザーの業種に最適な商品づくり、販売方法を知ることが大切になってきた。この連載ではユーザーの業種ごとにITベンダー、ソリューション、そしてユーザーの現状を図表を用いて解説する。第一回は、病院・一般診療所を取り上げる。(構成/木村剛士)
【User】20床以下の診療所がボリュームゾーン
2012年時点で、日本には病院と一般診療所が合計10万8717ある(厚生労働省)。これは学校と比較すると2倍弱の数値だ。病院と診療所の違いは病床数で、医療法では「ベッドがないまたは19床以下」が診療所で、「20床以上を病院」と定めている。ここ数年の増減傾向は、病院が減少して診療所が増加。ボリュームゾーンは病床数10~19床の診療所で、全体の35.6%を占める。
一般企業と異なり、病院と診療所は全国にまんべんなく存在する。企業の場合、東京や大阪、名古屋に集中するが、病院や一般診療所の場合は、学校と同じように県立、市立といった公立が存在するので、地方にも広がっている。
企業と同じで、大規模な組織(病院)ほどIT投資額が多くIT化が進んでおり、小規模ほど投資額は少なくIT化が遅れている。大規模な病院は「大手ITベンダーがすでに入り込んで蜜月関係を築いているケースが多いので、参入障壁は非常に高い」(中堅SIerのJBCC)。
こうした状況を考えれば、今後病院・診療所向けビジネスを手がけるITベンダーにとっては、中小規模の病院と診療所をターゲットにした製品開発と販売方法を練るほうが、ビジネス拡大につながる可能性が大きいことになる。
病院・診療所のIT投資額は決して多くない。公共機関の自治体、学校と比べると数自体は病院・診療所のほうが多いが、ITの投資額は自治体・学校よりも少ない。これは、政府のIT施策によるところが大きい。「e-Japan」「e-Japan ll」では、電子自治体、高度情報化教育を標榜し、政府が費用を負担して促進させた。だが、病院と診療所は後手にまわり、諸外国よりもIT化が遅れた。例えば、電子カルテの普及率。米国は70%なのに対し、日本は20%強。日本の病院・一般診療所のIT化の遅れは大きな課題になっている。
【Vendor&Maker】際立つ地方の独立系SIerの存在
病院・一般診療所に強いITベンダーは、主に三つに区分けできる。一つは大手メーカー系。NECや富士通、日立製作所、東芝、キヤノンを中心にした大手ITベンダーを指す。
本社が直接病院・診療所に対してビジネスを展開する場合のほかに、子会社が手がけるケースもある。NEC系ではNECネクサソリューションズ、富士通系では富士通エフサス、日立製作所系では日立システムズがそれにあたる。ITベンダーによっては、病院に特化した子会社を設置する場合もある。東芝系の東芝メディカルシステムは、その典型だ。また、他の業種ではITを得意にしていなくても、病院と診療所だけには情報システムの構築や運用サービスを提供し、ある程度のシェアを取る企業が存在する。オリンパスが好例だ。オリンパスは、手術で使う内視鏡など、医療機器を開発・販売しており、その流れでITも手がけるようになった経緯がある。こうしたメーカー系IT会社で、先頭集団をつくっているのがNECと富士通だ。この2社のシェアが圧倒的に高い。
二つ目のカテゴリは、全国区系のSIerだ。さまざまな業種を展開しているなかで病院・診療所向けのビジネスを手がけるケースだ。日本事務器(NJC)やJBCCがこれに当てはまる。NJCは全国に拠点を設置して全国でユーザーを獲得した。製造、流通業や自治体向けにもビジネスを展開するものの、「医療機関をメインにヘルスケア関連で全売り上げの半分以上を稼ぐ」(田中啓一社長)。
もう一つのカテゴリが、地方の独立系SIer。先に説明したように、病院や一般診療所は全国にムラなく存在する。ITベンダーにとっては、地方にまとまったユーザーが存在する数少ない業種といえるので、自然発生的に病院・一般診療所を専門にするITベンダーが誕生した。鹿児島県のソフトマックス、北海道のシーエスアイ、山形県のエヌデー・ソフトウェア、岩手県のワイズマンはその代表。とくにワイズマンとエヌデー・ソフトウェアは医療機関向けのパッケージを開発して全国展開に結びつけ、株式上場を果たした。大手のITベンダーがワイズマンのパッケージを担ぐケースもみられるほど、異色の存在になっている。
【Solution】高速回線とセキュリティは需要高く
病院運営には、企業や団体とは異なる特殊な情報システムが必要で、固有のニーズがある。「医事会計」「レセプト(診療報酬明細書)」システムがメジャーで、診療業務には必須となる。導入済みの病院・一般診療所が多い。ITへの投資に積極的な病院・診療所はそれ以外に「電子カルテ」「オーダリング」「自動受付」「医療画像管理(PACS)」システムを導入する。これがオーソドックスなシステムだ。
特殊なシステムがあるという以外の特徴が、ネットワークとセキュリティ。MRIなどを使った医療画像は高精細で、各データの容量が大きく機密性が高い。そのため、強度の高いセキュリティ対策と高速回線が必要になる。最近は病院・診療所同士が診療データを共有する仕組み(地域医療連携)を構築しようとする動きが顕著で、セキュリティソリューションと高速ネットワークの構築は、病院・一般診療所でとくに求められる分野になっている。とくに、最近はSDN(ソフトウェア・ディファインド・ネットワーク)が注目されている。地域医療連携を実現するためには、各病院と一般診療所のネットワークの見直しが必要になる。そうなれば、ソフトウェアでネットワークの設定を変更できるSDNは価値が出る。石川県の金沢大学附属病院は、「OpenFlow」を活用してSDNを構築。国内初の事例でNECが受注した。
病院・一般診療所にITを売るためには、もう一つ独特のことがある。病院でIT投資を決断する人物は、企業とは違うのだ。「大半の病院の決裁者は、院長か理事長」とITベンダーは口を揃える。病院内に情報システム専任者がいるのは稀で、IT投資の決裁権をもつのはトップだという。「MRのように、医師に近づいて現場から攻める営業スタイルは合わない。院長か理事長と関係をつくることが求められる」(同)。企業でいえば、社長にアプローチしなければ、受注に結びつかないという特殊な事情がある。