中国の南京で不思議なソフトウェア会社を発見した。現在、上海では最低賃金が月額2万6000円、平均賃金は月7万円である。ソフトウェアエンジニアだと月10万円はする。加えて昨年からのアベノミクスで元高、円安である。私の体験では、一昨年は1万円が820元、昨年は580元。日本から発注されたソフト開発の単価はずいぶん高くなった。場合によっては、日本の単価のほうが安いケースもある。
こんななかにあって、不思議なことに、日本からのソフト開発の受託単価が変わらない中国の会社がある。電力・ガス・通信などのライフラインの施設管理、情報管理、文化財などのソフトウェアの開発を行うナカシャクリエイテブ(本社=名古屋市、山口寛社長)の南京の子会社「中日合資南京八重桜有限公司」がそれである。
南京の子会社の総経理を務める韓金龍氏は、「コストが上がる分だけ生産性を高めるのです。日本からの要請は絶対です。要はこれをいかにクリアするかです」と、まるでひと昔前の中国企業のようなことを言う。しかし、元高・円安の勢いはすさまじく、対円ベースで30%もコストが上がり、平均賃金は20%近く上昇している。これで単価を据え置きというのはどう考えても無理だと思われる。
こんな難題の解決法をナカシャクリエイテブの山口社長が説明してくれた。「言い方が難しいのですが、中国と日本国内で仕事を取りあっている感があるのです。中国側が元高だ、ベースアップだとコストを上げると、仕事が回っていかない恐れがある。だから必死になるのです」。
中国側は、日本から同じかたちのソフトウェアの仕事が来るので、体系化しておく。急ぎの仕事や日本がお盆や正月などの長期休暇中の仕事を取り込む。計測データの入力などの単純な仕事を受ける。それだけではなく、納期に比較的余裕があって、ボリュームのある地図入力の仕事を行うなど、南京でしかできない仕事をつくり出したというのだ。
前出の韓総経理は、南京桜花文化語言学校という日本語学校も経営している。この学校できちんと社員を教育しているから、受託単価を変えないビジネスが可能となる。彼が社員に口癖のようにいう言葉は、「自分の位置を確認せよ。目の前の仕事を全力でこなせ」である。これは、今の日本人が胆に銘じておかねばならない言葉でもある。
アジアビジネス探索者 増田辰弘
略歴
増田 辰弘(ますだ たつひろ)

1947年9月生まれ。島根県出身。72年、法政大学法学部卒業。73年、神奈川県入庁、産業政策課、工業貿易課主幹など産業振興用務を行う。01年より産能大学経営学部教授、05年、法政大学大学院客員教授を経て、現在、法政大学経営革新フォーラム事務局長、15年NPO法人アジア起業家村推進機構アジア経営戦略研究所長。「日本人にマネできないアジア企業の成功モデル」(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。