映画を中心としたコンテンツは、“音”を基準に大きく変わろうとしているのかもしれない。遠隔会議用スピーカーのメーカーに勤務する方と意見交換をするなかで、その想いを強くした。
同社のスピーカーは、電波やレーダーの送信先を自由にかつ正確に制御するために開発された「フェーズドアレイ技術」を応用している。音を自由にかつ正確に制御することにより、任意の方向や場所に音場(音波の存在する空間)をつくるのが目的である。意見交換を進めるなかで盛り上がったのが、米ドルビーラボラトリーズが投入した二つの技術だ。一つは「音のオブジェクト化・メタデータ化」、もう一つは「映像のダイナミックレンジの拡大」である。後者については、紙面の関係上、次の機会に紹介したい。
「音のオブジェクト化・メタデータ化」を実現するのは、ドルビーラボラトリーズのオーディオプラットフォーム「Dolby Atmos」だ。そのすばらしさは、大ヒット映画「アナと雪の女王(英語タイトル:FROZEN)」を上映する映画館で体験できる。ただし、映画館の設備がDolby Atmosに対応していなければ体験できないので、事前に確認していただきたい。
Dolby Atmosは一般的に3Dの音響システムとされているが、本質は違う。音響システムが受信した多数(最大で数百)の音源データに対して、高度なデジタルデータ処理を施し、複数のスピーカーの音量と位相を独立に駆動させることで、任意の音場を構成・構築するのが、Dolby Atmosの本質であり、これぞ「音のオブジェクト化・メタデータ化」である。各音源の位置や方向を、受信側で自由に制御することが可能なので、劇場ごとにカスタマイズするなど、これまでの音響システムとは異なる次元で音を操ることができるのだ。
映像では、すでにオブジェクト化とメタデータ化が普及している。例えば、複数の地点で撮影された映像からオブジェクトを抽出したり、任意の視点からの映像を作成したりすることが可能になっている。
これらの映像技術に「音のオブジェクト化・メタデータ化」を融合させれば、単なるコンテンツビジネスを超えた、新しいビジネスを展開できそうだ。例えば、インタラクティブな教育に応用できるのではないかと、大きな期待を抱いている。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江﨑 浩

江崎 浩(えさき ひろし)
1963年生まれ、福岡県出身。1987年、九州大学工学研究科電子工学専攻修士課程修了。同年4月、東芝に入社し、ATMネットワーク制御技術の研究に従事。98年10月、東京大学大型計算機センター助教授、2005年4月より現職。WIDEプロジェクト代表。東大グリーンICTプロジェクト代表、MPLS JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長などを務める。